第13話 魔王軍の侵入者を拾ったらしい

 「くくく。我が力の前にはセンサーすら無意味」


 城壁を特殊能力を利用して駆け上がる。

 狩人の二つ名を与えられた上流魔族のカメレオンの魔族。装備する物と自身を透明化する特異の力を持つ。


 上流とは人間で言う貴族であり、強さを魔王に認められた時にのみ与えられる。二つ名の称号がその証明となる。


 狩人ヒエキに与えられた任務はスゲーゾとヤベーゾの調査である。

 前触れも無く現れた二つの組織、幼い構成員しか発見されてないがその強さは未知数。

 大人になればさらに力が上がると考え、早期に倒す事が決まった。


 (まずはスパイのメンバーと合流後情報を集める⋯⋯城壁のセンサーには引っかからなかったが熟練した強さを持った人間には看破される。警戒しなければ)


 ヒエキは透明のまま街中を移動して目的の場所を目指す。

 なるべく人気のある場所は避けている。


 「魔族ですか」


 (気づかれたっ!)


 ヒエキは能力を解除しないように注意して声のした方向を向く。

 食材を持っている女の子が立っていた。

 小さな女の子には似つかわしくない鉄の首輪、奴隷の証を着けている。


 奴隷でありながら粗末な扱いは受けていないのか、気品のある質の良さそうなメイド服に身を包んでいる。

 ツヤツヤと光る綺麗な長い銀髪はしっかりと手入れされていると思わせる。

 肌にもガサつきは見られず健康児そのもの。


 (なんだガキか。何かの幻覚でも見てんのか?)


 無視して離れようとすると、強烈な殺気がヒエキを包んで武器を取らせた。

 ヒエキの武器は弓矢。どこからともなく飛来する矢で敵を不意打ちで射止める。

 百発百中の矢を今、目の前の女の子に向けている。


 「逃げるとは関心しませんね。ゴミの分際で」


 「お前⋯⋯俺が見えているのか」


 もはや透明化は意味が無いと考え、マナの消耗を避けるためにも解除する。

 警戒心が解けないヒエキ。


 女の子の瞳を見る。

 本来ならサファイアのような美しい碧眼をしている瞳がどす黒く濁っており、奥に何を秘めているのか見透かせない壁となっている。


 (子供⋯⋯透明化を見破る力⋯⋯まさかっ!)


 ヒエキはここでとある可能性に出る。


 「貴様、スゲーゾかヤベーゾの構成員か」


 「おや? 魔王軍はご存知でしたか。道理で我らが拠点に近づいた訳ですね」


 (何を言っている?)


 動揺を悟られないように注意する。

 しかし、僅かな言葉の詰まりと沈黙の間で悟られる。


 「違いましたか? そうですよね。我々の情報が魔王軍に流れるにしても早すぎる⋯⋯大方情報収集か我々の暗殺にやって来たのでしょうか」


 「⋯⋯くっ!」


 ヒエキは少女に恐怖した。

 目的を見破られ、隠したはずの動揺すら見破られた。


 「お前は⋯⋯何者だ」


 「今は装備がありませんし⋯⋯サシャです。運命に導かれルーシャ様の下女となる幸運を授かった奴隷です」


 「サシャか。ここであったのも何かの縁だ。ここで殺させて貰う」


 ヒエキは矢を放つ。


 「それらしい怪人が欲しいと申していたので、丁度良いですね」


 手に持っていた食材を空に向かって投げた。

 矢を跳躍で回避すると、その先にも矢が飛来している。

 速射による偏差撃ち。一度の回避で安堵と油断を僅かに与えた瞬間に襲い来る一撃。


 熟練者でも回避は難しい一撃である。


 「小賢しい」


 「なんっだと」


 サシャは瞬きする事無く、事もなしげに矢を掴んでみせた。

 着地と同時に踏み込み懐に飛び込んだ。


 「ぐっ」


 サブ武器のナイフを抜く為に柄を掴めば、柄頭を抑えられて抜けない。

 瞬発力と判断力が異様に早い。


 「殺しはしない⋯⋯ただ、調教しつけます」


 周囲のマナを拳に集め強烈の一撃を叩き込んだ。

 空気が振動する一撃により、ヒエキの意識は刈り取られる。


 「ばけ⋯⋯もの」


 「私が化け物でしたら貴様らは何だと言うのでしょうか」


 真っ直ぐ落下して来た食材をマナを使って勢いを殺し優しくキャッチする。


 「今日はルーシャ様の好物であるカレーライスをお作りし褒めてもらう予定です⋯⋯貴様の相手は後日にしましょう」


 拠点にある『シツケ室』に拘束して放置される。

 3日後、ヒエキの元をサシャが訪れた。


 「すっかり貴様の事を忘れておりました。お久しぶりですね」


 「⋯⋯はは。餓死を狙っているのかと思ったぞ」


 「殺しは致しません。持っている魔王軍の情報を吐き出させ我々への忠誠心を植え付けますので」


 「俺は魔王様に全てを捧げた! 誇り高き上流魔族! 狩人のヒエキだ! 敵の軍門に下るぐらいなら⋯⋯」


 「舌を噛んで死ぬと? それを許すと? そもそも即座に自決を決断しない命が大切なお前が? 片腹痛いわ!」


 今のサシャはメイド服では無い。

 露出度が高く、着ているだけでも恥ずかしい裸同然の格好をしている。

 むしろ人によっては裸よりも興奮する格好だ。


 幼さがあるが、1部の人間には逆にドストライクになる。

 何が言いたいのかと言うと、今は幹部怪人『サイン』なのだ。

 ヒエキが調べに来た組織、ヤベーゾのメンバーである。


 ヒエキは猿轡を装着されて口答えができなくなった。

 情報を聞き出すつもりがあるのか、分からなくなる。


 「精々鳴いてください。許しを乞う目で懇願しなさい。ご飯を与えます。しっかり寝かします。体調管理はお任せあれ。⋯⋯アナタはただ存分に我らの色に染まれば良い。それが唯一、憩いを得られる方法と魂に刻め」


 悪魔のような、邪悪で歪んだ笑みを大きく浮かべた。

 サインの本性。この笑みを隠すためにマスクをしている。

 今はその必要すらない。


 存分に相手の恐怖心を撫でる笑みを浮かべ、己の欲望を満たすのみ。

 アナに対する嫉妬心から来るストレス、全てを奪った魔王軍への復讐心、単純に相手を痛めつける事への快楽。


 「まずはどれからにしましょうか。口は塞いだので⋯⋯下から攻めますか?」


 太く長い金棒。刺々しい見た目をしている。

 それで何をするのか⋯⋯より細かく言えばどこに入れるのか。


 「まだ情報を吐く必要はありません。軍門に下る必要もございません。己の信念を貫いて足掻いて足掻いて心の底から抵抗してください。抵抗される程に私は⋯⋯楽しいっ!」


 猟奇的笑みを浮かべる。


 「ううー!」


 ガタガタと逃げ出そうとしても拘束は外れない。大型魔獣用の拘束具でヒエキの力では壊せないのだ。

 そもそもできていたらこの場に居ないだろう。

 少しでも抵抗する事しかできない。本能的に抵抗してしまう。


 迫り来る絶望の恐怖が彼をそうさせる。それがただ、彼女を喜ばせる結果に終わるとしても。

 カメレオンの魔族ヒエキ。心が折れるまで地獄を味わった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 「アーク様。こちら魔王軍から我々に忠誠を誓った者です。カメレオン怪人とでもしておきましょう」


 拠点に呼ばれたので、アークとしてやって来た。

 突然の内容に混乱を隠しきれないが、楽しそうなサシャ⋯⋯サインの顔を見て何があったのか把握する。


 「君、名前は?」


 「わ、わたくしの名前は⋯⋯」


 「ん?」


 サインがギロリと被害者くんに視線を向けた。

 うん。怖い。


 「わ、わたくしに名前はございません! 下っ端怪人の端くれ! ゴミクズでございます!」


 「えっと⋯⋯サイン。やり過ぎじゃない?」


 「そのような事は。4日程で心が折れてつまら⋯⋯最後までやれていません。それとこちら、このゴミが吐き出した魔王軍の情報です。上流と言う貴族階級の魔族らしいので、中々の情報かと」


 えー全部話したの?

 怖いよ。なんかもうただ怖い。


 まぁでも。


 「悪の組織っぽいから良いか。良くやったなサイン」


 「はい!」


 プルプルと震える彼とは反対に、乙女の微笑みを浮かべる。

 元魔族らしいので、元の名前を教えて貰い与える事にした。


 「わたくしのようなゴミクズカスの塵に名前を下さり。感謝の極みでございます!」


 「あーうん。ちょっとずつ心を取り戻そうな。僕も手伝うから」


 「アーク様」


 涙でキラキラとした眼差しを向けられた。

 サインに色々とやられたのだろう。聞くのも恐ろしい事を。


 僕は彼に優しくしようと心の中で誓った。

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