第7話 魔法少女を輝かせるのは悪なり

 日常としてサシャと共に訓練している。最近の彼女は不機嫌である。

 奴隷の立場から言いたい事は言わないが、表情に出る。

 出会った頃は無表情で感情を表に出さない子だった。その時と比べたら随分と分かりやすい。


 「サシャよ。言いたい事があるなら素直に言ってくれ。僕は君を妹のように見てるし家族でありたいと思っている。奴隷と言う立場が枷となっていると思うが、気にせずに接してくれ。君が僕に対して何かをしても嫌がる事は無いから」


 「そうですか⋯⋯実妹も実弟もおられるのに⋯⋯嬉しいです」


 一瞬下腹部をチラ見した気がしたが、すぐに目を合わせたので気のせいだろう。

 格闘訓練の最中だったが、一旦休憩する。


 ちなみに彼女は多才で武術の呑み込みも早い。

 僕の記憶にある同世代の中でも飛び抜けて技にキレがある。

 マナを使わない武術を教え込むのも、必要だと思わせてくれる実力になってくれている。


 「最近、ルーシャ様は小娘に入れ込んでいます。私の相手する時間が減って⋯⋯その、寂しいのです」


 「それは仕方ない。魔法少女の育成は1番重要だからな」


 「むぅ」


 頬を膨らませ、正拳突きを予備動作を最小限に抑えて放って来た。

 身体を捻り回避しつつ、受け流して相手の体勢を崩す。

 腕を掴んで相手の力を生かした状態でクルッと回転させる。柔道っぽい動きだ。


 「私は、魔法少女を育てる意味が未だに分かりません。私が無知だからでしょうか」


 地面に倒される前に片足を地面に突き出し、そのままの体勢で踵落としを放つ。

 拳を固めて弾き、距離を取る。


 「魔法少女は必要だ。そのために僕はサシャよりも弱いアナに力を注いでいる」


 「力が必要なら私で十分では無いですか」


 距離を取れば再び肉薄され連撃を繰り出す。

 一定の距離感を保つために、こちらが引けば迫り、こちらが迫れば引く。


 物理的攻防をしながら、精神的攻防も仕掛けて来るのは流石と言える。

 魔法少女の意味か。


 崇高な目的ではあるが、他人には理解の及ばない所だろう。

 しかし、サシャは才能溢れる子だ。きっと理解してくれる。

 だから僕は理解してくれるように説明すれば良い。


 「魔法少女を育てる理由は⋯⋯秘密裏に⋯⋯」


 サシャが理解してくれる内容か⋯⋯。

 そもそも戦闘者を育てるって家業と全く関係ないんだよな。

 どうしよう。


 素直にオタクの憧れと夢の実現⋯⋯。


 「無いのですか? 妹様達や弟様をほったらかして訓練に明け暮れているので、お父様やお母様は少々怪しんでいますよ。ルーシャ様は何をしているのかと」


 「え、そうなの?」


 「はい。このままでは小娘の存在にも気づかれます」


 サシャはうちの家族を俯瞰して見守っているので、色々と知っている。

 兄弟関係は中身の年齢差もあって難しく、ルーシャと言う本来あるべき人物の身体を借りている負い目もあり、自ら接触を避けている。


 彼女は優秀だ。どうにかして仲間にしたい。

 どうすれば⋯⋯そう言えば彼女の過去話を聞いた事がある。

 村が魔王軍に滅ぼされたとか。


 「魔王軍を倒すためのエージェントを育成するためだよ」


 「エージェント? それは騎士団とかの領分では無いでしょうか?」


 「それでは守りきれないモノも出て来る。そのために僕らが支えるんだ。今、騎士団と武器もマナも使わずに戦えばきっとサシャが勝つ」


 「ルール無用の戦闘では一切役立たない勝敗ですね」


 「そうだが、一定のルール上で勝てると言う事自体珍しい。サシャのように幼い頃から強くする事で魔王軍を倒し人々を守る存在が必要なんだ」


 勇者と言う記述はあまり目にしないが、それに近いだろう。

 魔王軍は広く知れ渡っているのに、勇者の存在はあまり知れ渡っていない。

 存在しないのか、隠匿されているのか知らないが。


 どうでも良い事か。

 重要なのは魔法少女だ。


 「なるほど。確かにそれは納得せざるを得ませんね。実際、ルーシャ様の教えは他では分かりませんので」


 理解してくれたのなら後は仲間になって貰おう。

 志を共にする同士は多い方が色々とできるだろうしね。


 「ああ。魔法少女をより強くするためには敵となる存在が必要だ」


 「魔王軍ではダメなのですか?」


 「適切な強化材料となる敵が必要なんだよ。魔王軍相手では強くなるきっかけが与えられない可能性がある」


 「つまり、強くするための戦闘を意図的に起こし魔法少女達を鍛える。そんな訓練方法と言う訳ですね」


 「そうそう」


 納得が早くて助かるね。


 「ルーシャ様の漫画知識で言えば、ヤラセ、でしょうか」


 「あまり好きな言い方じゃないからそれは止めて」


 「承知しました」


 「僕達は魔法少女と敵対する悪の組織を立ち上げる」


 すると、彼女の動きはピタリと止まった。


 「悪? 人々を恐怖に陥れるのですか? 命令とあれば私は問題ありませんが⋯⋯よろしいので?」


 「悪と言ってもしっかりとした信念は持つつもりだ。見境なく襲うのは獣のする事だ。僕達のあるべき『悪』とは魔法少女を輝かせるための、言わば飾りだ」


 「飾り?」


 「悪の組織と言うだけで人は悪い印象を持つ。サシャのようにね。それを倒せば魔法少女は自然と正義の味方だと思われる。人々に尊敬されれば魔法少女の力が自然と上がる。世界の摂理だよ」


 「なるほど。いずれは騎士団すら超える存在となる事でしょう」


 「ふっ。そこまで大袈裟にするつもりは無いけどね」


 騎士達の名誉や威厳に泥を被せる事はしないさ。喧嘩したくないしね。

 こうして悪の組織が訓練中に誕生した。


 「それで組織の名前はどうしましょうか」


 「組織名か。あった方が認知されやすいか⋯⋯ヤベーゾにしよう」


 ついでに魔法少女も組織化するか。名前は⋯⋯『スゲーゾ』かな。


 「悪の組織『ヤベーゾ』。記憶しました。それで私はどのようにすればよろしいでしょうか?」


 「悪の組織ヤベーゾの統括幹部だ。まだゼロだがいずれ多分きっと増えるだろう幹部達を束ねる、ボスの右腕的存在」


 「ルーシャ様の、右腕。良き響きです。私にその様な大役を任命して下さり、恐悦至極であります」


 ん〜本名はちょっとダメかな。


 「悪の組織の時は名を変えよう。決して本来の姿を見られてはならない。それがルールだ」


 魔法少女だって変身前の姿は見られるのはダメだからね。

 秘密主義、実に良き響きだ。耳が喜んでいる。


 「なるほど。では私は⋯⋯」


 チラリと普段働いている時の仕事着、ざっくり言えばメイド服を見る。


 「統括幹部、『サイン』とでも名乗りましょう」


 ノリノリなのがシンプルにツボる。そして理解力の高さに驚愕する。

 彼女がしっかりとした名前を持つなら僕も必要だろう。


 スゲーゾの名前では『セーギ』と名乗ったからな。


 「僕は⋯⋯『アーク』。我が名は悪の組織の創設者であり束ねる者。アークだ」


 「素敵ですアーク様」


 「ふむ。良し、ならば後は細部をこだわろう。サシャ、サインの名前の由来は? そこから衣装やメイン武器を考えよう」


 「畏まりました。ちなみに由来は⋯⋯」


 そうして僕達は悪の組織の設定などを考えて行った。

 旅行は計画段階が1番トキメキとワクワクをくれるように、設定を考えるのは凄く楽しかった。

 社会人では忘れてしまう少年心と青春を取り戻すかのように、サシャと語り明かした。


 「楽しみだ。実に楽しみだ」







◆補足◆

ヤベーゾの教訓

一つ、素性は知られてはならない

一つ、我らは我らの道を歩むべし

一つ、全てを我らの望む色に染めよ

一つ、無意味な殺しは禁止とする

一つ、上司にしたいランキングに乗るような部下思いの幹部になるべし

一つ、悪としての矜恃とカリスマを持て

増減の可能性あり


スゲーゾの教訓

一つ、素性は知られてはならない

一つ、正義なる行いをする

一つ、たとえ悪だろうと命を粗末に考えてはならない

一つ、人々を助け護る

一つ、どんな状況だろうと友や仲間は見捨てない

一つ、魔法少女の矜恃を持て

増減の可能性あり

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