第4話 今日から君が魔法少女だ!

 私はアナ、児童養護施設で暮らしている親を亡くした子供です。

 仕事中に魔獣に食われて亡くなったと、当時の両親を知る人達から聞かされました。


 今は施設の生活を少しでも豊かにしようと、薬草を集めています。

 培養可能なので僅かな額にはなるのですが、根気強く稼いでいかなくてはいけません。

 取った薬草は貧困層向けの薬に使われ、安値で販売されます。


 現在8歳の私は3つ程上の家族と共に薬草を摘んでいます。

 その人が突然、手を止めてプルプルと震える声で嗚咽を漏らします。


 「ま、魔獣」


 「⋯⋯え?」


 視線を同じ方向へ向けると、私達のような子供は丸呑みにできそうな程、大きな体躯をしている虎の魔獣がいました。


 獲物を捉え逃がさないと言っている鋭い眼光に私達は動けずにいます。

 これでは格好の獲物でしょうか。


 「ぐっ」


 私は自分を鼓舞して奮い立たせ、前に出ます。

 両手を広げて魔獣の視線から家族を外します。


 「逃げて!」


 「で、でもアナが!」


 「私は大丈夫です! まだ相手が警戒しているうちに!」


 生まれて間も無い魔獣なのでしょう。小さな人間相手に警戒心が剥き出しです。

 今なら私を壁に逃げられる。


 動物の虎でも怖いのに、魔獣の虎を目にする事になるとは⋯⋯。


 「早く⋯⋯逃げてっ」


 「ご、ごめん。すぐに助けを呼ぶから!」


 遠のいていく足音に安堵する。

 ここは国が近い。異変に気づいたらすぐに兵達がやって来る。

 助けを呼ぶ必要も無いでしょう。


 ⋯⋯だからこそ不思議です。

 国の近くでは魔獣はすぐに討伐されるので、あまり現れないのですけど。

 だから、子供でも薬草採取に来れるんですけどね。


 「あはは。と、虎さん。もしも慈悲があるなら、痛くしないで、ください」


 涙でボヤけた視界の先にいる魔獣はどんな顔をしているのだろうか。

 全身が恐怖で硬直しているにも関わらず、ブルブルと小刻みに揺れる。


 家族を守れたんだ。誇らしいでは無いか。

 顔も覚えてない両親に、顔向けできる人生でしょう。


 私は目を瞑り、やって来る痛みに備えた。


 「ゴガアアアアア!」


 鼓膜を破裂させる勢いの雄叫びが空気を揺るがす。

 秒針が2、3回動けば私の命は尽きるでしょう。


 そのタイミングでした。

 暖かい光と青一面の空から落雷が降り注いだのです。

 しかも、寸分違わずに魔獣を撃ち抜きました。


 「これは⋯⋯一体」


 「明るいと電気系の魔法はカッコ良さ半減だね。やはり無駄にマナを消費してでも周囲を暗くするべきか⋯⋯闇に染まる空間、突如として降り注ぐ雷⋯⋯うん。良いね」


 ブツブツと何かを呟いている、純白のオーバーコートにフードを深く被った男の人が魔獣の死骸に降り立ちました。

 逆光がそう見せるのか、まるで天より舞い降りる天使のように見えました。


 「⋯⋯天使⋯⋯様?」


 「ん? 残念ながら僕は天界からやって来た種族じゃないよ。人間だよ」


 「にん、げん?」


 先刻の衝撃が未だ脳内を駆け巡り処理能力が著しく低下している。

 それでも必死に、目の前の彼について考える。


 彼に対して何かを言わなくてはならない。

 命を助けられたのだから。助けられた?


 「あ、あの。い、命を助けて頂き、ありがとう、ございます」


 まずはお礼だ。忘れていた。


 男の人は魔獣からスっと降りて、私の前に立つ。


 よくよく見ると、背丈はあまり変わらないように思えた。


 「礼を言われるのは君だろう。お友達を身を呈して守ったでは無いか。誇れる事だよ。中々他者のために命を張れる人間はいない」


 「えっと。それは無我夢中だったからと、言いますか。何とか生きていて欲しい、と思いまして」


 私は何を言っているのでしょうか。

 褒められたから有頂天になっているのかもしれません。


 ノリついでに私はこんな事を口走ってしまいます。


 「私を⋯⋯弟子にしてくれませんか」


 「え?」


 「あ、いや。わ、私もアナタくらい強ければ⋯⋯きっと家族を守れるかな、って」


 何言っているの私!

 慌てて私は否定に入る。


 「ご、ごめんなさい。いきなり厚かましい事を言ってしまって。忘れてください。意識が混濁して⋯⋯」


 私が全力で否定している間、目の前の少年は深く思考しているようだった。

 表情は分からないが、フードが風で揺れて口元だけは僅かに見えた。

 子供が新しい玩具を貰った時のような、屈託のない笑みを浮かべている様に思えた。


 「良いだろう。君を弟子にしよう!」


 「⋯⋯えっと、本当に⋯⋯良いんですか?」


 まさかの返答に私の思考は再びどこかへ行ってしまう。


 「ああ。僕は君のような正義感に溢れる少女を探していたんだ」


 「⋯⋯んん?」


 いきなり雲行きが怪しくなって来た。

 少女を探していたって⋯⋯完全に危ない人じゃないですか。


 先生に見ず知らずの人にはついて行くなとあれ程言われていたのに。

 私とした事が早まった事を⋯⋯。

 急いで断り、帰らなくては。


 「あの。やはり先程の⋯⋯」


 「君に僕のできる限りの事を教えよう。念動力、収束力、魔法力、マナの基礎を徹底的に叩き込もう。魔獣なんか怖くない、弱き人々を守れる力を与えよう!」


 「⋯⋯ッ!」


 彼の言葉が私の心を震わせる。恐怖からでは無く、興奮から来る震え。

 浮き彫りになる程眩しく見える光景は⋯⋯魔法を使い家族を守る私の姿。


 「魔法が使えたら⋯⋯家族を⋯⋯守れますか?」


 「家族を守れるだけじゃない。世界すらも救えるさ」


 「世界を⋯⋯救う」


 そんな大きな事を願っても良いのだろうか。

 ただの孤児である私が。教養も無く、マナすら感じ取った事の無い私が。


 でも、それでも⋯⋯もしも本当に魔法を教えてくれると言うのなら。

 私は教えて貰いたい。


 強くなりたい。


 魔獣を恐れず、大切な人達を守れる強い自分でありたい!


 「⋯⋯お、お願いします。し、師匠!」


 「ああ、それはむず痒いから止めて」


 私も恥ずかしい。


 「で、では。何て呼べば⋯⋯」


 「そうだな⋯⋯」


 名前をスっと言ってくれない辺り、私はあまり信用されてないらしい。

 偽名でも名乗られるのだろうか。


 「良し。僕の名前はセーギ。君を誰よりも輝かしい名誉ある魔法少女にする者だ!」


 「はい。よろしくお願いしますセーギさん! ⋯⋯魔法少女って何ですか?」


 「魔法を使う少女の事さ」


 「それでしたら普通に街中にいると思うのですが⋯⋯」


 「⋯⋯」


 セーギさんは少しの間を設けてから再び口を開く。


 「ま、まぁあれだ。あれだよあれ」


 「⋯⋯?」


 「ぼ、僕の定義する魔法少女は悪い輩と戦って街を守るヒーロー的な感じなんだよ。王国騎士的な感じ。国を守り人々を守る! それが僕の考える魔法少女なんだよ」


 早口で捲し立てられ、私は納得するしかなかった。


 正義のヒーロー⋯⋯ちょっとだけ喜びを感じている私はおかしいだろうか。


 「そ、それで私は何をすれば!」


 「少し時間をくれ。準備する事がある。必ず会いに行く。故に、今は何もできない」


 「⋯⋯えぇ?」


 この先の事がかなり不安になりました。

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