ep.9 波乱の雨
「も、もういいかな?」
「
キッチンで
「硬いのはちゃんと柔らかくしなきゃ……ね?」
欲望を
「……ね、ねぇ
キッチンカウンター越しに思わず
「ルーも火を止めて、温度を下げてから入れるんだよ」
「りょーかい」
煮込みの管理を兄に任せてしゅるりとエプロンを脱ぐ妹。衣擦れ音の正体。
「明日花先輩、雑誌借りてもいいですかっ?」
「ふぇっ? あぁ、どうぞどうぞ♪ 宮坂、お料理お願いしてい?」
「おう」、と返せば明日花はリビングで涼と並んで座る。
「カレー作ってるとお腹が空くなぁ」
料理は慣れてるつもりだが、煮込み料理は気が急いてならない。
コンロの火加減を調節しながら、海は完成図を頭の中に想像し、一人はやる食欲と戦っていた。
※このあと三人で美味しくいただきました。
*
ダイニングテーブルを囲んで、食後のまったりタイム。
「
「うん?」
「――ぶっちゃけ海にぃのこと好きですkッ、っていだぁっ⁉︎ 何すんのよ⁉︎」
「いきなりナニを聞いとるんじゃキサマゎ⁉︎」
妹にやんわりチョップを落としたら涙目で抗議された。が、質問が質問だけに看過できない。
「だって、気になるじゃん!」
「
明日花がどう思っているにしても、涼にどうこうはできないのではないか。
「あたしは……――」
「?」
しかし瞬間、
明日花がひとつ、言葉をこぼして。
「――まっ、宮坂があたしを好きなら、考えたげてもいーよ♪」
「だっ、ダメだし! 海にぃはすずのだもん!」
「ちょ、、! こら、涼!」
隣の席から妹がしがみついてくる。
ぎゅっと強く。
「ほんと仲良しだこと♪」
「見てないで助けてくr、」
「わたしがオンナだぁ〜!」
修羅場る涼からわんやわんやと絡まれる海であった。
――――
……(妹特権いいなぁ……♪)
*
「さーて、そろそろお
ぐっと伸びをする明日花。出てるところが強調されるポーズだ。もちろん紳士の
と、そこに涼が何かに気付く。すたすたと窓の方へ。
「センパイ、外すごい雨!」
カーテンを手で除けて、見えた様子を明日花に伝える。
しゃっ、とカーテンを開けると、耳に入る雨音が大きくなった。
「どーしよ、折りたたみならあるんだけど……」
窓とベランダ越しに暗がりの雨空を恨めしく見上げる明日花。天気予報でも雨マークが付いていたので注意はしていたようだが、ここまで本降りになるのは予想外だったようだ。
ちなみに宮坂の母も出張先の雨が強く、大事を取ってホテルを取ったらしい。
気象情報を見る限り警報や災害の心配まではないらしいというのが救いだったが、小さな折りたたみ傘では、家に着く頃にかなり濡れてしまうのは避けられないように思われた。
外の光景を見た海は、ふとリビングを出て。
「北原、これ使う?」
玄関から傘を一つ持参し、彼女に見せる。
瞬間、明日花ははっと、目を丸くした。
「これ……」――明日花は見覚えがあった。
男女兼用のグレーの傘。
初めて言葉を交わした日――海が差し出してくれた、あの。
「明日花先輩?」
「えっ? あ、ゃ、えへ……」
海の手にある傘が全ての始まりだったことを、涼は知らない。
しかし明日花は、照れ顔の理由を
――思えば、海を巡る二人の少女の因縁は。
この時すでに、始まっていたのかもしれない。
「ん? タンマ、母さんから
――――ぇ゛?」
みさ『男なら――攻めなさい。あすかちゃんにはワタシのパジャマを貸していいから』
「どうしたの海にぃ?」
「な゛ッ、涼、のぞいちゃ……」
「――へぇ」
瞬間、涼の表情が暗黒面に堕ちる。
「明日花先輩、耳貸してもらっていい?」
「ふぇ?」
「こしょこしょ……」「……ッ⁉︎」
なぜか『ちら、』とこちらを流し見て涼が明日花から離れると、みるみる明日花の頬が赤く染まっていく。
「……宮坂、電話借りてもい?」
「え? あぁ、」
海は手にしたスマホを明日花に渡す。
明日花はふぅっと一つ深呼吸をすると、画面に指先を這わせて、スマホを左の耳に当てた。
「……宮坂君のお母様ですか? こんばんは、北原と申します。いつも宮坂君には……はい、先日は大変ありがとうございました」
見えない相手にも頭を下げて、丁寧に言葉を選び通話をする明日花。
通話の相手は宮坂の母――美咲のようだ。電話機越しに漏れ聞こえる声がやたらきゃぴきゃぴしている。
「――すみません、ご厚意に甘えて……はい、すずちゃんにも伝えます。お母様もお気をつけて……失礼します」
恭しく告げて、電話機を耳から離す。
通話を切って、こちらを向くと。
「……外堀埋めちゃった」
ちらりと舌先を覗かせて、スマホを差し出した。
「だ、大丈夫だよ宮坂。別になんもしないし。――LIENだって読んでないし」
「絶対見ただろそれ⁉︎」
ふいっ、と目線を逸らす明日花。
もじ、と両肘を抱いて頬を朱に染めている。
「よかったね、海にぃ?」
ふと妹が、寄り添うようにくっついて。
「――勝負だから」
瞬間、眼差しを細める。
悪戯に艶めく、
刹那にっと笑って、ぱっと離れると。
「――ねっ、明日花先輩っ! お風呂沸いてるよ、一緒に入ろ?」
「ふぇっ⁉︎ う、うんっ……!」
年下の方が腕を引き、連れ立って……浴室のほうへと向かっていく。
海は頭を掻くと立てかけた傘を再び手に取り、そっと玄関に戻して。
扉の向こう――
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