ep.8 気付き


「あっつ〜……」

「あっついね〜」

 体育館に聞こえる女子どうしの会話。


 五月も半ばとなれば近頃は真夏日に迫る。


 うみたちが暮らすエリアも空を仰げばザ・高気圧。梅雨入り前の今は湿度がないだけマシではあるけれど、それでも晴れた日の午後の体育とあれば、少し動くだけでも汗が吹き出すのは必定だった。


「海、女子のバレー見学しようぜ」

「おう」

 男女とも屋内で実施の今日は男子がバスケ、女子がバレーボール。

 バスケ部員の独壇場をほどほどに流した後で、海は友人に誘われるまま、体育館を二つに仕切る防球ネットの前に腰を下ろした。


 中央には得点板。十四対十四。


「次取った方の勝ちだよー!」

 とジャージ姿の女性教師。一セット十五点で、デュースはなしのようだ。


 ふとこちら側のエリアの明日花あすかと目が合う。


宮坂みやさか、サボり?」と呆れて苦笑する明日花。

 告げながら彼女は白い体育着の襟元を引っ張って頬の汗を拭う。瞬間持ち上がった裾の下からつるりとしたおへそ周りが覗いて、海は思わず目を逸らした。



 遠くのエンドラインから「いくよー!」と声。一軍女子のリナ。

 きりっとした目、ミディアムショートの毛先は青色のカラーを入れて。いわゆるモデル体型というのだろうか。指先まで長い手足が、コートによく映えていた。



「決めてみな、アスカ!」

「望むところ!」

 リナが煽り、明日花が口角を上げる。


 直後、リナは柔らかくサーブを放ち、ボールが飛んできて――


「ほっ!」バスケ部の女子がレシーブ、

「明日花ちゃん!」現役バレー部がトス。

「――しゃぁ!」瞬間、明日花は跳躍。


 水面すいめんに舞うイルカのように。


 ぱしぃん、と音が響いて、

「ッ!」即座にレシーブ体勢をとったリナは、

 しかし矢のような弾道を受け止め切れず――


「――おおーっ!」刹那、歓声。


「すげぇな」

「えへへ。ぶい♪」


 思わず目を丸くした海。明日花もVサインで応えて、

 教師がホイッスルを鳴らすと、明日花サイドの面々はそれぞれにハイタッチを交わしていた。試合終了だ。



「いやー、やられた! ニブってないねぇアスカは!」

「ありがと♪久しぶりで張り切っちゃった!」

 歩み寄ったリナが讃えて、明日花も照れくさそうに微笑む。


 しかし直後、


「――宮坂みやさかくんにイイトコ見せてあげたんだから、感謝してよね?」

「、ッ――⁉︎」

 リナに耳元で何事かを告げられて、明日花はびくっと肩を跳ねさせる。


「パピポでよろしく♪」

 大人気二連式チューチューアイスを要望してコートを去っていくリナ。

「はい、じゃー今日はここまで! みんなで片付けましょう」

 と教師が号令をかけると、はーいと声が飛んで、生徒たちはそれぞれに撤収作業に入っていった。


「なんかあった?」「な、なんでもないしっ!」

 そのまま海を振り切り、後片付けの輪に入っていく明日花。


「変なやつ」

 小首を傾げて海もたらたらとバスケの片付けをし始めると。


「う、海って北原さんと仲良いんだな?」

「えっ? ……あ、」


 変な勘繰りを入れてきた友人が恨めしそうに見つめてくるのに、思わず頭を掻いて目を逸らすのだった。



――――――

……(あたし、宮坂が好きなの……?)



     *


 海が通う翠嶺すいれい高校は、二ヶ月に卒業した中学からほど近くにある。


「――? あれ、うみにぃじゃん」

 なのでこうしたバッタリも、時折起こりうるわけで。


「さっきLIENラインみたとこ」とすず

「買い物、一緒に行くか?」

「うん!」

 夕飯の買い出しの間、涼に洗濯を任せようとメッセージを送っておいたのだが、予定変更で揃ってスーパーへ。

 四時を回っても、まだまだ太陽は高い空から照らしている。洗濯は帰ってからでも大丈夫だろう。



「玉ねぎまとめ買いしとくか」

「トマトも安いよ!」

 カレーとサラダの材料をかごに入れていく二人。

「お母さん遅いみたいだし、二人でのんびりたべよっかー」

「だなー」

 もちろん、母・美咲みさきの分も用意するつもりだ。感謝の気持ちを込めて美味しく作らなくては……。



「あ、海にぃ卵忘れてるよ」

「おっといけね、」

振り向いて十個入りのパックに手を伸ばした――瞬間、


 同時に伸びてきた手と触れ合う。

 白く滑らかな手。



「ぁ、すみませ――……ぇ?」

「宮坂……に、すずちゃん⁉︎」

 見事なバッタリだ。


 そこには見慣れた――でも教室での華やかなオーラを少し日常的に変えたサイドテールの少女が、バッチリメイクの猫目をさらに丸くして立っていた。

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