ep.7 夢見る夏へ


 連休が明けて、日常が戻る。


「アスカのピアスかわいくない⁉︎」

「えへへ、買ってもらっちゃった♪」

 きゃあきゃあと一軍たちが盛り上がっている。


 そんな華やかなやりとりを教室の後方から眺めているうみとその友達。

「やっぱ北原さんともなれば彼氏の一人くらいいるんだろうなぁ……海、俺たちはたくましく生きようぜ」

「…………そうだな」

「今の間ナニ⁉︎」

 友達のツッコミをいなして海は窓の外を見る。


 夏色の若葉が、街路樹を彩り始めていた。



     *


 お昼休みの軽音部室も、連休前より暑くなっている。

「エアコンほしー!」とブラウスの襟をぱたぱたする明日花。かたわらには脱ぎ捨てたカーディガンが丸まっていた。露わになったブラウスが、豊かな双丘によって窮屈そうに押し上げられている。そんな様を、悲しいかな海は視界に捉えていた。……一瞬だけね?


 意識して目線を切り、「こんなこともあろうかと、」と扇風機を起動。


「宮坂かみすぎっしょ!」

 すかさず明日花が、歓喜しながら風を受けて憩う。多少ぬるくても、あるとないとでは大違いだ。


 ただ、明日花が首振りに合わせて移動するので、海に全く風がいかない。これは独占禁止法違反ではないか。


 などと思っていると、ふいに明日花がこちらを向いて、


「密室で汗だくとか、アレだもんね」

 ……と意味深なコメント。


 深く考えたら一緒にいられないような気がして、海は弁当箱を取り出し、目を合わせずに、彼女へと手渡した。



「宮坂の料理おいし〜っ……神すぎてヤバ」

 本日二回目のお言葉。いずれ八百万やおよろずの神を一手に引き受けることになりそうである。


「材料代は月末でいいから」

「了解でーす」

 しかしうみは人間だ。俗世で暮らすためのお金は、丁重にいただくことで明日花と相談していた。


 もぐもぐ、とお腹を満たしていく明日花。

 幸せ〜、と書いてある顔。


「わたし絶対宮坂みたいな人とケッコンする」

「はいはい」

 どうやらお気に召したようだ。その調子で未来の旦那さんを見つけてくれれば、何も言うことはない。安心して料理番を卒業できる。


「北原を見てると、中学時代の先輩を思い出すよ」

「なぁに宮坂、元カノ?」と明日花は揶揄い気味に尋ねて、箸先でおかずを摘み上げる。つやつやとした、ごぼうのきんぴら。


「元カノかぁ。僕もほしかったなぁ、元カノ」

 しみじみとした風を装って口にすると。


「あらら、フラれちゃったんだ」

「察してくれるなんて北原は優しいな」

「じゃーフラれた同士、これからも仲良くしよ♪」

「理由悲しすぎんだろ⁉︎」――……



 予鈴に合わせて部室を出ると、明日花が歩きながら肩を寄せてくる。

「北原、ちっか……」

 いたずらっぽい顔は明らかにわざとだ。

 変な噂が立たないよう、いつもは部室を出たら、離れて歩くようにしているのに。


 しかし明日花は、

「あたし的には教室でもこのキョリがいいんだけどな〜?」

 と冗談めかしながら、こちらを覗き込む。


 絡む目線。

 刹那、唇が動いて。


「――いい恋しようね?」

「っ、」

 

 その頃近くの中学校では。



「急に暑くなってきたねー。どっかで誰かいちゃついてんじゃない?」

うみセンパイとじゃれてるときのスーのことですね♡」

「あーごめんねー毎日暑苦しくって〜……って違うわ‼︎」


 すず和葉かずはが、暑さネタで盛り上がっていた。



「――……まぁ、違わないケド?」


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