ep.6 LOVE×2とらいあんぐる





 ――あたしと友達になってほしい



 その言葉を反芻しながら、眠りにつく。



 ――また会える?


 車窓から差す夕日を受けて、オレンジに染まった明日花あすかの目。



 本当は真摯に応じるべきだったのでは……。



「いやいや、」と彼は首を振って、


 考えすぎだと自らに言い聞かせて、瞼を閉じる。



「……」

「……」

「……いつまでここにいるんだ、すず?」

「えへへ、バレたか」

「全然忍んでないだろうが!」


 照れ笑いを浮かべて、妹が応える。


 一人用のシングルベッドの上で、背中からこちら向きに密着する形で抱きついている涼。

 おかげで色々と柔らかいものが当たっている。いることに気付かない方が無理だと思うのだが、それはうみの気のせいだろうか……。



明日花あすか先輩とのデート、どうだったの?」

 明るく尋ねる涼。


「デートかどうかはわからないけど……まぁそれなりに」


 涼には『明日花と出かける』とだけLIENラインを送っていた。


 申し合わせたわけでもない、思いつきの遠出。

 それが果たしてデートであったのか……当のうみ本人でさえ、判然としていない。



「そっか、」

 と何事か納得したように零すすず

「……やっぱデートだよ、うみにぃ」

「な、なんでそんなことが言えるんだよ?」


 瞬間、ふっと背中にため息。


「テーブルの上を見ればわかるっての」


 涼がなぜか呆れ気味に告げるのを聞いて、ふと海は部屋の真ん中に置いたローテーブルに目を向けた。


 天板てんばんの上には――戯れるシャチが描かれたマグカップ。

 その横に、紙袋がぴんとしたまま残されていた。いつもなら丸めて捨ててしまうのに……。



「好きなんだ? 明日花先輩のこと」

「まさか」


 言い捨てるように、海は答えた。

 恋愛になんて夢を見るもんじゃない。

 海はそのことを知っている。


「ほんとぉ〜?」

 涼が身体を起こして覗き込んで。

「ほんとにほんと?」「ほんとにほんと」

 オウム返しで彼女に答えると、


 刹那、いたずらっぽい雰囲気に変わるのを背中に感じて。


「――んじゃ海にぃはわたしがもらっちゃお♪」

「なっ……⁉︎」

 涼は背中から抱きしめる腕の力を、ぎゅっと強める。

 立ち遅れた海は、抵抗もできずに。

 涼が身体いっぱい伝える思いの熱に――なすすべなく包まれていた。



「いいよね……?」背中越しから伝わる、どこか甘い。


 ――血を分けているならば、決して感じ得ないはずの。

 心の奥底を疼かせてざわつかせる、感情の波。


「っ、いいかげんに――」

 刹那振りほどいて、彼女の方に寝返りを打てば。


「ッ、」間近で目が合った涼が、小さく肩を跳ねさせる。

 瑪瑙メノウのように黒く艶めいたまなざしが、海を射抜いた。


「っ……ヘンだっていうのは、わかってるけどさ」

 目線を離さないまま、涼がぽつりと言う。


「……ドキドキする、ね」

 口にして、頬を赤らめて。

 ――海もまた、心臓が早鐘を打つ。こちらまでヘンになってしまったのだろうか。


「っ、や、やっぱわたし、自分の部屋で寝よ」

 思い立ってむくっと起き上がり、そのまま床へと降りて。

 釣られて海も、マットレスから上体を起こした。



 ドアの前まで歩いたすずは、振り返らずにぽつりと。


「……クリスマスの時買ってくれたスノードーム、大切にしてんだ。ハコとか、袋も一緒に」


『わたしの言ってる意味わかる?』とばかり、

 こちら向きに振り返れば、涼は口元に緩やかな弧を描き、片目を閉じる。


「だから断言します。海にぃは明日花あすか先輩が好き」

 冗談めかして、彼女は告げて。


 ――同時にその言葉がはらむ意味を、確かめる間もなく。


「――ほいじゃね」

 おやすみ〜、と手を振りながら……

 涼は静かに、ドアを閉めた。



     *


「――変態だね、みやさかは」

「ヘンタイさんですね〜」

「それ僕に言う?」


 メガネ越しの侮蔑ぶべつの視線と、もう一人のほんわかした声色。

 しかし後者の言葉も、表情とは裏腹に辛辣だ。かえってダメージを増幅している。


 海は木製の味のあるカウンター席に腰掛けながら、頬杖をついて……目の前に立つメガネの少女と小柄なメイドさんに、不満げな言葉を返した。



「で、みやさか的にはどうなの?」

 メガネの少女――成井なるい詩乃しのが口を開く。バレッタでまとめられた灰色がかった髪。制服の上着を脱いだブラウス姿にエプロンをまとって、淡々とグラスの後片付けをしている。


「どうって、何が?」

「実の妹にハマっちゃうヤバい奴になってること」

「……」

 実は去年の七夕のとき、涼が短冊飾りに義妹願望を書いていたことを詩乃に話したことがある。その時も返ってきた反応は『みやさかの頭の中どうなってんの?』だった。きのう明日花にこの話を伏せたのは、この詩乃のリアクションが頭に浮かんだからだ。


「まぁ、ヤバいよな」

 呟いてブレンドコーヒーを一口含む海。

 ここ『成井珈琲店』は詩乃の両親が営んでいて、海と詩乃は中学時代からの知り合いである。


「スーとうみセンパイは、禁断の関係なのですか⁉︎」

「んなわけあるか!」

 ツインテールの髪とメイド服の裾を揺らして食い気味に尋ねたのは詩乃の妹・成井和葉かずは

「前からアヤしいとは思っていましたが……でもかずはゎ祝福します!」

 胸の前でぎゅっと自らの両手をグーにして頬を緩める和葉。一四九センチのミニサイズで、こちらが座っていてもほどよく目が合った。

 ちなみに涼と同級生である。


「あれ? じゃぁ『みく先輩』は……」

「っ、こら和葉」

 瞬間、妹を諌める詩乃。


「す、すみません……っ」とっさに頭を下げる和葉。

「あ、いや別に……それより変な誤解をやめてくれ」海は慌てて彼女を制する。

「じゃぁかずはゎスーを全力応援しますね!」

「それのことだな⁉︎」

 楽しげな和葉を諦めて詩乃を見れば、彼女もお手上げとばかり、肩をすくめていた。



 ふと離れたテーブルの客から声がかかる。

 連休二日目とあって店内はそこそこの盛況。

 気づいた和葉が「はーい♡」と愛想よく応えて歩いていくと、詩乃はその様子を見届け、エプロンを脱いだ。


「隣座るよ」と詩乃。

「いいのか?」「三時から休憩だから」


 時計は確かに三時を指している。サボリというわけではなさそうだ。


「たまにはみやさかの恋の悩みに付き合わないとね」

 やれやれといった調子。

 脱いだエプロンはカウンター裏に置き、今は普通の高校生のルックスになっている。


「思えばみやさかが美紅みく先輩にフラれたときもこうやって隣で話聞いたっけ」

 ぼんやりと遠くを見るような横顔。

 憂いを帯びた、どこか影のある面差し。


「――で、今はクラスのギャルと実の妹の間で揺れている」

 ふ、とろうするように片側の口の端を上げる詩乃。

「みやさかって地味なくせに意外と女寄ってくるよね」

「言い方に悪意があるな……」

 問われて海は頭を掻く。別に自覚しているつもりはないのだけれど……。


「ほんと、みやさかのどこがいいんだか」

「ほんと、どこがいいんでしょうね」

 茶化す詩乃の一言に、海は唇を尖らせて応じる。


 しかし海としては皮肉をこめたつもりが、詩乃はわずかにポーカーフェイスを緩めて。


「――だから、ときどき思うんだよね。

 ……私だけが知ってたときにどうにかしてたら。今の関係も違ってたのかなって」

「はっ……?」

「ふふっ、なんてね。少し話そうよ、久しぶりに」

 まるでこちらの反応を楽しむように。

 詩乃は告げて頬杖をつき――薄く柔らかに微笑んだ。

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