ep.3 海にぃはわかってない




 弁当作りの約束から数日、再び軽音部室で顔を合わせたうみ明日花あすか



 季節は変わって五月。


 窓から室内へと差し込む日差しも、すでに初夏めいている。



「……む~」

「? どうかした、北原?」


 そんな晴れやかな天気とは裏腹に、海の手作り弁当を食べながら眉根を寄せて唸る明日花。


 海はその顔色を窺う。弁当のおかずが口に合わなかっただろうか?


 観察することしばらく。

 すると、明日花は箸を置き、


「あたし、まだ宮坂みやさかに何も返せてない」

 と、まっすぐこちらを見てくる。


「み、宮坂はさ、あたしにナニしてほしいっ⁉」

「は、はぁっ⁉」


 つんいの姿勢になり、ずいと迫る明日花。

 腕にも力を入れているせいで、身体の内側に押し込められた彼女の豊かな胸が、ぎゅぅ……とその存在を主張している。


 脈打つ心臓。


 刹那、彼女は気恥ずかしそうに頬を染めて。


「と、とりあえず……今日、うち来て?」

 戸惑う海を上目で見つめて――おずおずと告げた。



 そんな会話を交わした昼休みから四時間後、

 訪れたのは明日花の暮らすマンション。


 彼女の両親はまだ帰宅していない。

 ――他には誰もいない、ふたりきりの空間。



「平気? 北原……」

「いいよ宮坂、いっぱい出してっ……」



 ――ぎゅーっ、と生クリームの袋を絞る海。



「北原にお菓子作りの趣味があったなんて意外だわ」

「へへ、けっこー自信あるかんね♪」


 シュー生地にクリームを注ぎ込んで、シュークリーム作りという初めての共同作業を終えたふたり。


 なお宮坂家の母と妹には、大変喜ばれました。



     *


 翌、五月二日。

 海が登校すると、教室の空気はどこかそわそわと浮ついていた。


『明日どこ行く?』

『朝までアニメ一気見最高!』


 そんなうきうきとしたクラスメイトたちの会話を聞いて、海は今朝のニュース映像を思い出した。

 明日からゴールデンウィークなのだ。



 友人と軽く挨拶を交わしつつ席に座ると、前の方から一軍たちの会話が聞こえてくる。


 いつもどおり、お馴染みの光景。


 その中に、明日花もいる。



「アスカもカラオケ来るっしょ?」

「その後リナんちでオールだかんね!」

「うん、行くいく〜♪」


 どうやら放課後はパリピの集会が催されるらしい。

 明日花は陽キャ女子の誘いに笑顔で応じていた。



     *


 無事に連休前最後の学校を終えて自宅の玄関へと帰ってくる。

 これでしばらくは明日花とも顔を合わせずに済む。久しぶりの平穏だ。



 靴を脱いでリビングに入ると、「うみにぃおかえりー」、と妹のすずが出迎える。海も通っていた中学の制服。

 スカートがきちんと膝丈というだけで、妙に安心した。


「今日お母さん、お仕事早く終わるんだって。みんなでご飯食べに行こうってさ」

「よし、作戦は『翠嶺すいれい受験頑張るから寿司か焼肉にして』でいこう!」

「おっけー! ってぇ、わたしを外食のダシにすんなっての!」


 ノリで突っ込む妹。


 ちなみに翠嶺すいれいとは海が通う県立翠嶺高校のことである。地域では進学校と認知される普通科高校。

 現状足りないが、頑張ればいける水準だ。もっとも、その頑張れるかが問題なのだが……。



 受験生の立場を利用する気満々の態度に不満の意を表明したすず

 しかしコーヒーを淹れてソファで一息つけば、表情を明るくして「明日花あすか先輩はいつ来るの?」と尋ねてきた。来るのは前提らしい。


「か、勘違いしないでよねっ? わたしとしては、ライバルとするにふさわしい人かどうか、自分の目で確かめたいだけだから」

 どうやら涼は明日花に対抗意識を燃やしているようだ。

 クラスメイトはともかく実妹によるヒロインレースは社会的に無理があると思うのだが、その点は大丈夫なのだろうか。


 とはいえ、あの明日花が自分にそんな意識を向けているなどあるはずがない。

 確かに、不意の密着に胸が高鳴る瞬間もあった気がするが……あれは事故みたいなものだろう。


 そのことを口にすると、「海にぃはほんとわかってない」とすずが深々とため息をいた。



 自分は何に気付いていないのだろう?



「……だからわたしの気持ちにも気付かないんだよ」

「そこはむしろ気付きたくないな⁉︎」


 そんな思考はしかし――直後飛び出した妹の爆弾発言によって、あえなく霧散したのだった。



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