ムラ

第1話

「――いやはや、世界で一番繁栄している生き物が『人類』だなんて! それはまた、とんでもない勘違いだよキミ~!」


 ――え、違うんですか教授?


「いいかい? 人類の総数は現時点でせいぜい60億程度だ。まあ確かに、決して少なくはない数字だから比較的繁栄している種族だと言っても差し支えはないだろう。

 だがね、考えてもみたまえ? 人類という種族は……

 全体的に精神が不安定だし、行動も、実に浅ましいことこの上ないじゃないか。特に同族に対する攻撃性が異様に強い点なんかはねぇ、生物としてどうなんだ? と、ツッ込みたくなるよ。個人的にはね。そして更に……」


 ――更に?


「実にくだらない理由で、すぐにでも自滅する可能性が高い種族だと、そうは思わないかい?」


 ――くだらない理由、ですか?


「ああ、その原因を挙げれば枚挙に暇がない訳だけれども…例えば『核兵器』だ! 人類ってのは猜疑心の塊だからね! ある日どこかの誰かさんが核ミサイルのボタンをポチッと押しただけで、その日の内に絶滅しかねないだろう?

 あと他にも……そう! 『環境汚染』や『環境破壊』だよね! 人類という種は、基本的に自分で何かを汚しても後のことは全然知らん顔してるじゃないか!

 環境は常に汚しっぱなし! そして破壊しっぱなし! 度し難い、実に度し難いねぇ……。 

 だからねぇ、まぁ~こういうことを公の場で言っちゃうのはどうかと思うんだけども。

 人類という種はねぇ、ホント。生物としては全く以って下の下!

 ダメの中のダメな種族なんじゃないかな~って、思うんだよ? ホントに!」

  


 ――では教授、お尋ねしたいのですが。

 地球上で最も繁栄し、そして最も優れている生物とは、一体なんなのでしょう?



「――え? キミ分からないのかい?

 いるじゃないか、我々のごく身近に! それはもうウジャウジャと!!」


 ――身近に? ウジャウジャと……!?


「そうさ! 完璧に近い統率と意思疎通でコロニーを形成し! あまりにもその個体数が多いので正確に数を数えるのは不可能! 

 だが、地球上に存在している『彼ら』の総数は優に『兆』に達している!」


 ――その生物とは、一体……!?


「んン? ここまでヒントを上げたって言うのに、まだ分からないの? ふふッ、よろしい。では教えてあげよう。その『生物』とはーーーー」



 ◇




 僕の部屋に一匹、がいた。

 

 僕は、そいつを指でひょいとつまみ上げ、じっと凝視する。

 指の中でジタバタともがく、その様子をひとしきりに眺め、そして……潰してやった。

 

 なんかさ、イラっとするんだよな。


 自分が生活している領域に、ウロチョチョロと目障りな虫けらが、糞みたいな下等生物がいるってのがさ。

 

「ふぁ~あ……」


 眠気を催した僕は、潰れて動かなくなったをゴミ箱へと指で弾き飛ばし、さっさと床に就いた。

 ……だけど、指でを潰したせいで独特の臭い(そういや、なんか体内に独特の酸だか何かがあるんだっけ?)が少し鼻についたんで起き上がり、洗面所で手をよく洗い流して、そして改めて就寝した。


 ま、こんな虫ケラを一匹潰したとかなんとかって、実際のトコどうでもいいんだ。

 

 僕は枕に頭を埋め、眠気でウトウトしながら、今日の出来事を思い返した。 

 勤めている会社での、僕の大活躍を……! 

  

「君が提案した例の企画なんだが……」

「あ、はい部長」

「先方に概要を伝えてみたんだが、中々に良い手応えだったよ」

「ええっ? 本当ですか!」 

「ああ、あの調子なら君の企画、このまま推し進めても問題ないと思っているんだが……どうかね?」

「は、はい是非! ありがとうございます!」


 今の僕はノリに乗ってる、まさに絶好調ってヤツだ。

 だからこのまま、勢いに乗って出世してだな……!

 

(――――ッ!?)


 強い不快感を感じて僕は慌てて起き上がり、部屋の照明を点けた。

 そして寝間着の胸元をはだけて確認すると黒い点が一つ、僕の胸元をモゾモゾと蠢いるのを視認した。

 

 まただ!


 別のヤツ、違う蟻がもう一匹いやがった! 

 今度は、僕の胸元を這い回って……?!


(――くそッ! チョロチョロと! 一体なんなんだよ!!)


 またも指でそいつをつまみ取り、寝る前に別のにやったのと同じように、僕は思いきりそいつを指でつまみ上げ、そして潰してやった!

 そして今度は別の蟻が他にいないか、見落としが絶対にないよう部屋の中をひと通りぐるりと、そしてじっくりと観察し、他に何もいないことを確認した上で、再び床に就いた。

 

 枕元に置いておいたスマホの画面には「03:00」と表示されていた。

 

(ちくしょう……! たかがこんな蟻一匹のせいで、しかも、こんな時間に……!)


 こんな、なんて事のないアクシデントのせいで、僕は寝不足のまま出勤する羽目になった。

 そしてこの日、僕は職場で間抜けな新入社員のような、本当につまらないミスを連発してしまったのだ。


「おい君ィ、どうしたんだ? 頼んでおいた資料、記入ミスが目立んだけど」

「え? あ、す、すみません!」

「君の企画だろう? 頼むよ、まったく……」

「は、はぁ……」


「ん?どうした顔色が悪いぞ?」

「あ、いやそれが……ちょっと寝不足でして」

「君ねぇ、体調管理も仕事の内だろう」

「はい、すみません……」


 ――ああ、くそっ!

 

 この僕が、あり得ないぞ……!

 今まで何もかも完璧にこなして来たのに!

 あ、あり得ない大失態だ! 畜生……!!

 

 たかが一匹や二匹の、蟻なんかのせいで……!!

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