逆説の文章作法、オカルト、声なのでは
最後になると思いますが、まだもうちょい、しぶとく続けます!
さて、短編に限らずの話なのかも知れないですけど、文章について、『こういう書き方をしちゃダメ』とかって聞くことがありますよね。
もちろん、『出版のための標準』みたいな、三点リーダーは二つ、字下げする、的なものは守るべきだと思います。
けれど、文章表現に関する制約は、鵜呑みにすると危険かな、と感じます。
疑わしい文章作法は、なかばオカルトだと思って、慎重になった方がよいと、、
▼疑わしい文章作法の例
『の』が続く文章はダメ(僕の隣の家の犬、みたいな)
→読みやすければヨシ!
会話文から書き出さない
→なぜ? 会話文がよいかどうか、だけの話じゃん。
『〜した。〜した。』みたいに単調な文末の連続はダメ
→作風によっては全然OKでは(グルーヴや味わいにつなげられる)
以下のヘミングウェイ『老人と海』を読んでみてください!かなり単調反復なので。でも、それがドライで無骨な味になっている。
https://www.aozora.gr.jp/cards/001847/files/57347_57224.html
会話文の連続はNG(地の文をたまに挟むべき)
→読みにくくなければ問題ないのでは? 無意味な会話の断絶はテンポが落ちるのでは?
代名詞の多様はNG
→なぜ? センテンスが短い場合は多めになるし、意味が伝わればヨシ。
▼なぜダメなのかを考える
この手の制約はいろいろ言われていますが、
『なぜダメなのか』
『どのようなシチュエーションで害悪なのか』『どのようなシチュエーションなら問題ないのか』
を自分で考えてから、採用するかを判断した方がよいと思います。
なぜなら、僕自身が、『無駄に制約を鵜呑みにして、文章が壊れた』ときがあるからです。
▼僕のはまったトラップ
僕が小説を書き始めたころ、書き方系の本で、
『センテンスは流麗に長く、句読点は少ない方がいい』
みたいな言説があり、それを見てから、いかに句読点を打たず、長いセンテンスにできるか、がんばったときがありました。結果、自分にフィットしておらず、やはりケースバイケースだということを学んだ次第です。
まあこの手の文章作法は、ある前提の場合に成立するものであり、『どんな条件下でも当てはまる、絶対的な作法はほぼない』と考えたほうがよいと思うのです。
▼正解は『語りの声』
じゃあ、どの説を信じればいいの?
ってなると思います。
そんなときはコレ!
『語りの声』
これに勝るものはありません。
ようは、音読したときに、その文章って誰の声として流れてくるんですか?ってことです。
例えば時代小説の巨匠、池波正太郎さんの文章の場合は、どんな声が聞こえてくるでしょうか?
彼のおもだった時代小説の叙述を読むと、太く落ち着いた男性の声で、緩急があるも基本は堂々たる語りで脳内に響いてきます。
おのずとセンテンスは長め、選ぶ言葉も含蓄ある深みのあるものになるし、それが自然な読み口になると思います。
作家や作品によって聞こえてくる声は様々です。
その声の語りを聞いて、違和感がないものが、いわば正解なのではないでしょうか。
作品の第一のキャラクターは、叙述の声なのです!
(あ、名言だこれ……)
なんか、濃密な文学的な語りで、チャラいアホみたいな声は聞こえてこないじゃないですか。
重厚なものとは逆に、軽快なライトな雰囲気の文章なら、軽い声が聞こえてくるし、そのときはルールが逆になりますよね。
それだけのことなので!
違和感があるかどうか。声に対してしっくりくるかどうか。
なので、『こうしちゃダメ』というのを信じるときは、『この語りのときは違和感があり、あの語りのときは違和感がない』みたいに、ケースバイケースで判断してはどうでしょうか?
あたり前のことかもしれませんがね、、
そんなわけで、微妙な文章作法(オカルト)を信じて脳死しないための、僕なりの意見でした!
語りの声を大事にしつつ、自由に書いてみてはどうでしょうか。
というわけで、がんばって書きました!
お付き合い、ありがとうございましたm(_ _)m
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