第五話『花柄シャツと硝薬』

——無人島生活開始からちょうど三週間目。


 辺り一体に青臭さが立ち込める。それは、大勢が、クローバーの緑の地面を一歩、二歩と踏み締めているせい。あ、今プチプチと何かを踏み潰す音がした……えーっと、シロアリかな? シロアリってゴキブリの仲間らしい。物知りなハイジャンがそう言ってた。で、今度はグリュンとしたものを踏んだ! うーわ、キノコ! 白くてもくもくした、綿菓子か雲みたいな形。毒キノコじゃ、ないわよね? こうして今ジャングルの中にいるのも…………色々あって三日前から、生存者全員で絶賛大移動中だから。いよいよ無人島サバイバルらしくなってきた、とも言えるけれど、そんな呑気のんきなこともあまり言っていられない。ここまでは、地獄からの、天国からの、地獄。そんなところかしら。機長と副操縦士の発見の日以来、わたしと、わたしの隣にいる秋葉範治あきばはんじ……じゃなくてハイジャンの立場は一気に悪くなり、限界ラブラブウキウキサバイバルな日々は破壊された。飛行機が墜して、夫そっくりの男性と会って恋にて、合った他の生存者から賞賛を浴びたかと思えば、今や地位はガタ。なんて着きない展開なの!? これだけの目に会っているんだから、それなりのを期待するわよ? はぁ、早くに帰りたいわ……。

 今やわたしとハイジャンは、生存者の二大リーダー格となったエイディ……じゃなくてルーク・マンとアダム・オーヴェルアトモスからの厳しい監視下に置かれている。二人とは仲良くなれそうだったのに、ほとんど敵同士みたいになってしまった。ああ、噂をすれば、アダムが、大玉のココヤシの実を片手に、こっちを見て嫌な笑みを浮かべている。

「おおっ、いい個体だな。これはかなりの水分が期待できそうだ」

 アダムは、わざとらしくこっちに聞こえるような声量でそう言った。見せつけてくるの、ちょっと……キショいかも。アダムは近くにあったとがった石で、まるで原始人みたいに、ココヤシの実を打ち付ける。

 爆散。

「チッ、破裂しちまったぜ。もったいねぇ」

 うわぁ……だっさぁ。わたしはハイジャンに目配せして、仲良くクスッと笑い、しくじったアダムを小馬鹿にする。常識人のルークさんもちょっとあきれ気味。あのMITマクスキ工科大院生、いつも尊大な態度を取っているからバチが当たったのよ。

 生存者集団のすみに追いやられつつも、わたしとハイジャンに、こうして他人に構っていられるくらいの余裕があるのは、お互いに、ルークさんとアダムからその身体能力の高さを買われて、食料と物資の調達係としてこき使われることでかろうじて面子めんつを保てているからである。これは実は、ありがたい反面、事態の深刻さを意味したりもする。みんな、毎日懸命に働いてきたのだけど…………状況はかんばしくない。ダイエット・コークの備蓄はとっくに底をつき、長らく拠点としていたクローバー型の四つの島のうちの右上の島からは、ココヤシ含め、生存者百二十五人の生命維持を支える資源の数々は取り尽くされてしまった。ハイジャンが貨物室の廃材から蒸留装置を作ってみたりもしたけど、あまりに効率が悪くて、採用されなかった。それで、拠点を移そうということになり、次の拠点候補について話し合った。まず、左上の島は特に何もないだだっ広い土地。その南、左下の島は、客室の残骸と、あとはクローバーばっかりの緑一色の大地。どちらの島も、これほどの人間を養えそうにはないって聞いたわ。だから残るは、まだ誰も足を踏み入れていない右下の島のみ。

 そういうわけでわたしたちは資源を求めて、右上の島から反時計回りに、右下の島を目指している。右下の島の可能性は未知数だし、行ってみる価値は大いにあるんだけど、けわしい岩山にはばまれているせいで、遠回りを余儀なくされたのよね。できるだけ、島を四分割する十字の海沿いを進むことで、かなりショートカットはできている。それに魚がたくさんとれるから、動けなくなるほどに飢えることはない。ただ、飲料水の不足が深刻。そろそろ水をがぶ飲みしたい気分。いつ、オアシスにありつけるのかしら……



      ▲▲

______△△←ココナッ!____



 かなり歩いた。

 もうヘトヘト。しかも、さっき景色がクローバーの緑から、見渡す限りの岩に変わってから、辺りは急に蒸し暑くなって、まるでサウナにいるみたい。顎や、肘や、指先から滴る汗の量が、水分摂取量を明らかに上回っている。ハイジャンはさすがレエム捜査官というだけはあって、涼しい顔をしている。でも他のみんなは……限界って感じよね。

 ……ん?

 わたしはスースーと鼻で呼吸する。

 何か臭うわね。

 クローバーの青臭さではない。

 ゆで卵、のような…………そう、あれよ、腐卵臭ってやつ?

「ねぇ、腐った卵みたいな臭いがしない?」

 相変わらずわたしの横にピッタリとくっついているハイジャンに、そう尋ねる。まぁ、わたしの方がハイジャンにくっついているとも言えるけどね。いや、二人ともくっつきたいのよ、きっと相思相愛、ぐへへ。あと一つ付け加えるとすれば、わたしが汗臭くないかどうかについても、ちょっと懸念。

「うん。こりゃきっと……温泉だろうな」

 おんせん!!

 本当ですか隊長殿!?

 つまり海水でなく淡水があるってことよね?

「えっ嘘、温泉?」

「ああ、間違いない。この強烈な硫黄臭は、温泉だ」

 現役レエム捜査官のあなたがそう言うなら、そうに違いないわ。きっと火山地帯のミッションなんかもあって、こういう場所も慣れっこなんでしょうね。

 目の前の大きな岩の裏手から、灼熱の湯気が、雲のようにもわっと漂ってくる。そして湯気が晴れると……

 ここは海なのかと思うほどの温水の広がり。

 ところどころ、ブクブクと音を立てて泡立っている。間違いなく、温泉だ。

「まぁ、本当に温泉があるなんて!! 感動だわ……」

 わたしが温泉に目を輝かせていると、ハイジャンがしゃがみ込み、そばの湯だまりから両手で湯をすくい上げて、口に含んだ。喉仏が色っぽく、上下に動く。

「うん、ちょっと苦いけど、いけるぞ。この苦さはきっと、この温泉が硫酸塩泉りゅうさんえんせんだからかな。そのまま飲み水にして、問題ないはずだ」

 わたしも飲みたい気持ちは山々だけど、ちょっと立ち止まる。硫酸とかなんだか危なそうだし、そもそも温泉って飲んでいいの??

「それ、本当に飲んでも大丈夫? 硫酸なんでしょ? それに他にも何か良くないものというか、不純物が入っていたりしない?」

「問題ない。怖がらなくていい、硫酸と言っても、何もみんながよく思い浮かべるような液体の強酸が大量に溶け込んでいるってわけじゃなくて、硫酸を含む無機むき化合物がわずかに水に溶け込んでいるってだけだ。あと他に入っているとしたら、ミネラル分とか、かな。ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウム、リン、あとは二酸化ケイ素。と言ってもまぁ、気持ちばかりの量だろうけど」

 ふぅん。とにかく大丈夫そう、なのね。そうときたら、やることは一つよね。わたしは岩場を力強く踏み込んで、久しぶりの温泉おふろに向かって大跳躍して……

 ざぶーん。

「ひゃー!! なんて気持ち良いのかしら!!」

 飛び込み。

 汗を流しながら、水分補給。それだと流した自分の汗を飲んでいることになるのでは、という指摘は受け付けない。

「ははは、夏海さんは、豪快だなぁ。じゃあ俺も」

 ハイジャンも続いた。これってつまり混浴? どきどき。

「おおっ、あの二人、思い切りがいいな」

 ご新規一名様、ざばーん。

 ルークさんの水しぶきは少し大きい。

「お前ら、子供かっての」

 アダムはそう言いつつも、ちゃっかりゆっくり湯に浸かっている。

 みんな、次々と真似し始めた。わたしはファーストペンギン温泉バージョンだったというわけね。もう何日も、お風呂に入れずにいたもの、こうする他ないわ。みんなの汗と垢ダシが出て、温泉が飲み水としてはちょっと嫌な感じなっちゃうのは……目をつむりましょう。

 ああ、極楽極楽。

 いい湯加減。

 でもあんまり長湯ながゆすると、

 のぼせちゃいそうね……

 ちょっと頭がぼーっとしてきたかも……

 湯気も相まって視界がぼんやりとしてきた……

 って危ない危ない!

 気を抜くと溺れちゃうわ。

 近くにハイジャンの腕を見つける。

 そこに、コアラみたいにしがみつく。

 あなた、いい腕、しているわねぇ。


 ブクブク……


 あ、沈みそう。


 ブクブクブク…………。


 ……。


 ……。


 ……。


「夏海さん? 夏海さん!? 早く、起きて!」

 ハイジャンがわたしの肩を叩く。

 ん?

 わたし寝てた?

 いや……

 ぼーっとして沈みかけてただけね。

「どうしたの? そんなに慌てて」

「慌てるも何も、早く上がって逃げないと!」

 は!? 逃げる? どういうこと!?

「逃げるって何からよ?」

「見えないのか? そこらじゅうで! よくわからん部族が! 銃をバンバン撃っているのが!」


 部族? 銃? ちょっと飲み込めないかも。


 でも確かに……


 バヒューンバヒュンと絶え間ない発砲音。

 

 なんだか……時代遅れな印象の音ね。


「何か襲って来るぞ! みんな逃げろぉおおお!!!!」

 今のはルークさんの声かしら。


「くたばれ! 野蛮め!!!!」

 あ、そっちはアダムね。声質を抜きにしても、その過激な台詞せりふだけで誰かわかっちゃう。


 湯気のもくもくの間隙かんげきに人影も見えた。


 温泉の中をザバンザバンと必死ながらもゆっくりと駆けるシルエットは、きっとわたしたち生存者のうちの誰か。


 一方で温泉から上がったところの岩場には細長い何かを抱えた……あ、それは銃ね、銃を抱えて堂々とゆっくりと歩き回るシルエットは……誰? 


 一人、二人、四人、八人……十人以上いるわ。


 なんなの、こいつらは!!


「よそ者たちめ! 聖なる泉をけがすでない!!」

 男の野太い声。


 わたしの知らない声だわ。


 湯気が、コンサートの演出のように晴れて、声の主の姿が露わになる。


 やけにでかい男。周りに部下らしきものたちを数十人従えている。ということはでかいのはリーダー格? 彼らの第一印象、ステレオタイプ的熱帯雨林の奥地の未開部族。いや、未開ではないかも、だって銃を持っているもの。わたしの、現代的な銃に対するイメージからすると、ずいぶんと旧式のものだけど。火縄銃、ってやつかな、わたしの少ない知識ではそう表現するしかない。みんなずいぶんと薄着で、浅黒い肌を露出している。髪型は男女問わず外ハネボブ。青髪。足には草鞋わらじのようなものを履いている。というか、無人島に人がいた? 無人島じゃなくなっちゃう! 原住民的な何か? わたしたち、殺されちゃう? それか奴隷にされちゃう? 気づけばハイジャンは岩の上に上がっている。まだ温泉から抜け出せないでいるわたしに手を差し伸べてくれている。が、引き上げてくれない。引き上げてくれないのは…………ハイジャンが、リーダーらしきデカ男に、頭に銃口を突きつけられているからだ! わたしもわたしで、周りの部下数人の銃の照準が合わされているようだ。え! 絶体絶命!?!? 


「ワイの名は……ルドウィッグ。お前ら、何モンや? ちょっと来てもらおか」

 デカ男はそう言って、わたしたちをどこかへと連行するのだった。



      ▲▲

______△△←ココナッ!____



 薄暗くだだっ広い洞窟の中。

 最低限の家財が配置され、洗濯物も干されていたりして、生活感がある。ここに住んでいるのかしら? わたしたち生存者百二十五人は、ぎゅっとひとまとめに集められ、周囲を銃をたずさえた地黒じぐろ青髪外ハネボブの部族の集団に取り囲まれている。彼らはこの四つの島に土着の、サザーニャ族というなんとも可愛らしい名前の部族らしいんだけど、相当お怒りのようで、族長のルドウィッグというデカ男からは、さっきから殺気があふれまくっている。わたしたち、どうなっちゃうの?


「お前らの処刑は決定事項や! せやけど最後に一つ明らかにしておきたい、お前らは何モンや?」

 青髪外ハネボブのデカ男、ルドウィッグが怒鳴る。

 さっきからこの質問の繰り返しなのよね。

 それに口調がなんか嫌。

「だから、言ってるだろう? ここにいるみんなは、飛行機っていう空飛ぶ乗り物に乗っていた。だが、そこにいる黒ずくめ、ハイジャンという男のせいで、飛行機は故障して、墜落、この島に流れ着いたんだ。つまりは事故なんだ、この島に危害を加えようとしてやってきたわけじゃない」

 ルークさんも、同じような返答を何度も何度も強いられている。らちが明かないわね。

「んー、信じられヘンなぁ。昔、遠い海からに乗ってやってきた野蛮人どもも、おんなじように言うたよ、『私たちはあなたたちに危害を加えません』ってな。でも実際は、悪行の限りを尽くしたからな! その野蛮人どもは、ワイらの大切な大切な神聖なるを爆破しよった! もうそこは、深く埋もれてしもうて入れそうにない。おかげでそれ以来、大事な儀式の数々がろくにできやせんのや!」

 それも何回も聞きました……もういいです……解放してください。効果があるかはわからないけど、わたしは一応、首から下がる十字架を握っておく。

「ワイらはこの目で見たわけやないけども、お前らは鉄の塊に乗って空から降ってきたんやろ? ワイらサザーニャ族の古くからの言い伝えにこうあるわ、『いずれこの四つ葉島よつばじまに、空からの侵略者が必ずやってくる。その時は部族一丸となって迎え撃て』ってな。 今まさに、その言い伝えが現実に起こってるってことやろ? 絶対にそうや! せやからお前らは早いとこ処刑するしかないんや!」

 四つ葉島。サザーニャ族たちは、この四つ葉のクローバーみたいに四分割された島々をそう呼んでいる。四つ葉のクローバーさん、幸運を起こすなら今ですよ! 清廉潔白せいれんけっぱくな未亡人とその仲間たちが殺されちゃいますよ!

「ルドウィッグさん、あの……質問いいですかね? ちょっとした興味から、聞きたいことがありまして」

 ハイジャン! 何か起死回生の一手を思いついたのかしら?

「なんや、黒いの。言ってみぃ」

 あなたも相当黒いけどねー。

「こんな絶海の孤島の住人が……言い方が気に食わないかもしれませんが、もっと言えば、未開の部族が、銃を作れるほどの工業力を持っている。金属加工だけならまだしも、火薬を使った武器を扱うとは……俺としては、非常に違和感を感じます。本当にあなたたちは、この島から出たことがないのですか?」

 確かに。こんな大自然って感じの島で、火縄銃とはいえ、銃なんて高度な道具を持ってるのは確かに不思議よね。可能性としては……海からの侵略者から買ったとか、奪ったとかそんなところかしら?

「ない」

「だとしても、火薬なんか、どうやって作ってるんです?」

KNO3硝酸カリウム、つまりは硝石しょうせきを七五パーセント、硫黄一〇パーセント、木炭一五パーセント」

「おおっ、完璧」

 アダムが感心してそう言った。ハイジャンもこくこくと頷いていて、納得の様子。細かいことはわたしにはわからないけれど、サザーニャ族はかなり正確な科学を有しているということよね。意外や意外。

「なら、この島での火薬の生産方法は? 詳しく教えてもらえます?」

 ハイジャンは、いぶかしげに問う。

「ん? 何を疑っとるんか知らんが、そんくらい教えてやろう。島全体に生息する四つ葉のクローバー、つまりはシロツメクサは豆科の植物や。窒素固定により空気中の窒素を取り込んで地中に固定するから、硝酸カリウムのもとになる窒素を絶えず供給しとるわけやな。その窒素から、分解者たるキノコ、お前らも見たかもしれんけど、雲みたく白くふわふわっとした形の、これを利用して、アンモニアを合成する。このアンモニアを、土中の硝化しょうか菌が硝化して亜硝酸に変え、これがいずれNO3硝酸になって土中に溜まる。つまりはもくもくキノコを見つけたら、硝酸の豊富な土も見つかるってわけやが、もくもくキノコは、ココヤシの朽木くちきによく見つかる。せやから朽木を探せばええんやが、もーっと手っ取り早く済ませたいんなら、シロアリを追いかければええ。この島のシロアリは、ココヤシの朽木の細胞壁と繊維の主成分セルロースが大好きなんよ。そんでなんとシロアリは、朽木でもくもくキノコを栽培する。枯れたココヤシの木の幹をキノコの培養器ばいようきにして地道に育てる頑張り屋さんな奴らでよ、可愛いと思わんか?」

 ごめん、思わない。というかこの人、化学者ですか?

「で、硝酸たっぷりの土から抽出水を得て、さらに煮詰めて濃縮。その濃縮液の中に、それとは別で水溶性のカリウムをたっぷり含んだ草木灰そうもくばいの液体を抽出・濃縮しておいたやつを、さらに混ぜて、加熱して濃縮。でもって液の入った容器を、外からキンキンの海水で冷やしてやれば、溶解度ようかいどの差で、硝石の結晶が得られるわけやな。あとは硫黄と木炭を混ぜる。ここ南東の島は温泉もあって硫黄はいくらでも取れるし、木ぃまみれの土地やから木炭なんか腐るほどある。どうや、完璧な火薬の完成」

 いやぁ…………超絶詳しかった。わたしには、ほとんど何を言っているのかさっぱりだったけど、彼はもはや……純然じゅんぜんたる文明人なのでは!?

「なるほどねぇ、あんたらが火薬を作れることはよくわかったよ……あ、そうだ。俺からも質問がしたい。この洞窟、どうやって掘ったんだ? 隅々まで見渡してみたが、自然のものじゃなくて、無理やりこじ開けたって感じ? 何か爆発したような形跡もあるし……」

 こらアダム、『あんたら』とか言わないの。というか、ハイジャンもアダムも、ここまでの話を全部理解しているわけ? レエム捜査官とMITマクスキ工科大院生は、次元が違うわね。

「小僧、よくわかったなぁ。ダイナマイトを使ったんや」

「小僧じゃねぇ、MITの院生だっての。まぁいい、ダイナマイトか。ちなみに、爆薬ニトログリセリンの安定化には、何を使ってる?」

珪藻土けいそうどやけど?」

「だと思ったよ。この辺りは藻類そうるいが多いみたいだしな。でも、それだと爆発の威力が微妙なんだよなぁ」

「ああ、せや。せやせや、お前の言う通りや。珪藻土はニトログリセリンを安定化するのにはええけども、だいぶ威力が弱まるんよなぁ。ちょうど困ってるんよ、なっかなか崩せヘン岩盤があってやな……」

「ほう、それならいいこと教えてやろうか? 強力なダイナマイトの作り方」

 アダムが、悪魔的な笑みを浮かべる。あんた、いけ好かない男だけど……今は応援してる。行け! アダム!

「むっ……教えて、ほしい! ぜひ、ぜひ!」

 おっ!? 流れが変わってきた??

「条件がある。俺たちの処刑を中止にしてくれ。それと、最低限の食事と水を分けてほしい」

「くっ……」

 これはもしや、解放してもらえそうなのでは?

「ルドウィッグさん、ちなみにですが、その埋もれてしまった『十字の洞窟』とやらは、どこにあるんです? 崩せない岩盤、っていうのと同じ場所かなぁとは思いながら聞いていましたけど」

 と、ハイジャンも加勢する。今は共闘よ!

「おいハイジャン、あれじゃないか? 四つ葉島の中心の入り組んだ岩場。ちょうどあそこは十字の海の中心に当たるし、何か大事な儀式をするなら、島の中心でっていうのは、いかにもそれっぽいとは思わないか?」

「確かに……もっともらしいな。ルドウィッグさん、そうなんですか?」

「…………そ、そのとおりや」

「族長さんよぉ、儀式を……再開したいか? 手伝ってやるぞ?」

 うわー、今だけかもだけど、アダムが味方でよかったと思う、うん。

「くっ……」

「ルドウィッグさん、他のサザーニャ族のみなさんの顔を見てください、みなさん……ものすごい勢いで首を縦に振ってます」

 ハイジャンも容赦ない。こりゃ、決まったわね。

「わーった! 処刑は中止や! 食糧も水も十分量を渡す! せやから頼む、十字の洞窟を取り戻してくれっ!」

 大勝利!

「よっしゃ、交渉成立。約束通り、早速高性能のダイナマイトの製法を教えよう。メモの用意はいいか?」

「誰か! メモをとれ!」

 あらら。完全に、形勢逆転しちゃったわね。

「安定剤には、珪藻土を使うより、ゼリグナイトを使った方がいいぜ?」

「ゼリグナイト? なんやそれは?」

「簡単に言えば、プラスチック爆弾の元祖みてぇなやつだな。あ、そもそも『プラスチック』って伝わる?」

「知らん! 全部詳しく教えろ……ください」

「それでよし。プラスチック爆弾ってのは、粘土みたいに可塑性かそせいに富んでいて、いろんな形に整えやすい便利な爆弾だ。爆弾テロではよく使われるブツだ」

 みんなの視線が、一斉にハイジャンに集まる。そうだ、この人はテロリストまがいのことをしていたんだった。

「はいはい、俺はもちろん知っていますとも。みなさん、この回答で満足ですか?」

 ハイジャン、ハイジャック犯のくせに、なんか可哀想。

「ハイジャンはご機嫌斜めみたいだから、俺がこのまま説明を続けるぜ? 珪藻土は確かにニトログリセリンの安定にはもってこい。だが、肝心の爆発の威力を弱めてしまってニトログリセリンの良さを十分に活かしきれない。何せ不活性物質だからな。相性が良いようで悪いんだ。そこでゼリグナイトを使うと、珪藻土のダイナマイトと違って、ニトログリセリンが染み出さないから、爆発の威力が格段に上がる。ここまでは良いな?」

勿体もったいぶらないで早く教え——」

 ルドウィッグさんの声がハイジャンにさえぎられる。

「そうだアダム、お前のMITマクスキ工科大での専攻は『弾道学』じゃなかったのか? 専門はロケットとか、そっちの方面だろうと思っていたが」

「俺の専門は、『花火』だよ」

「花火? ほぉ、その選択肢があったか。つまりは、お前は花火師になろうってのか?」

「ああ、そうだ。意外だったか?」

「いや、良いと思うぞ」

「なんだよ、気色悪いな。てわけで、俺は薬学にも詳しいんだぜ? 緻密ちみつな打ち上げの計算には弾道学が必要だが、打ち上げる玉自体は火薬の塊だ。薬学に詳しくなきゃ、やってられないぜ」

 あれ、ハイジャンとアダム、ひょっとして仲良くなってる? やだ、わたしのハイジャンを取らないで?

「おいおいおーい! 聞けや!! で、ゼリグナイトってのは、どうやって合成するんや?」

 かなり必死なルドウィッグさん。

「おっとすまねぇ。安心しろ、ちゃんと教えるから。で、ゼリグナイトの成分は、ニトログリセリン七五パーセント、ニトロセルロース、綿っぽい材質のニトロだな、これを三・七パーセント、一五・八パーセント、木粉もくふん五・五パーセント。珪藻土のダイナマイトと、火縄銃の火薬は作れるわけだから、ニトログリセリン、硝石、木粉は問題なく準備できるよな」

「もちろんや!」

「だからあとはニトロセルロースさえ作れたら、材料は揃うな。これもそう難しくはないぞ。セルロースを硝酸と硫酸の混合液で処理するだけ。セルロースはもちろん、いつもシロアリを辿たどって見つけてる朽木から採取すればいい。硝酸と硫酸は、ニトログリセリンでダイナマイトを作るくらいだから既に馴染み深いはず、用意できるよな?」

「もちろんや! 硝石も木粉も、任せてくれ、楽勝や」

「じゃあ早速ゼリグナイト生産にとりかか——」

 そうはさせないわ!!

「ちょーっと待った! 先に、みんなでご飯にしましょう? 喉も乾いたことだし!」

 そう、これ大事よ。男っていうのは、寝食しんしょくを忘れて理系的なものにのめり込むの節があるのよね。そんな時は誰かが休憩を促さないと、こっちまで付き合わされて、疲れちゃって仕方がないもの。

「えーっと、お嬢さん、ご飯ってのはどういう??」

 ルドウィッグさんが困惑している。

「いやぁねぇ族長さん。さっき交換条件として、食糧と水を十分量くださるっておっしゃったじゃあないですか。ほらみんな! うたげよ! 宴! 十字の洞窟の復活前夜祭よ!!」

 みんなの反応はどうかしら……?


「「「「宴! 宴! 宴! 宴!」」」」

 大成功!



      ▲ ▲

       +←ココナッ!

______△ △______



 岩盤がんばん爆破の瞬間。

 四つ葉島よつばじまの中心に位置する十字の海の入り組んだ岩場には、ルドウィッグさんの言う通り岩盤が陥落して先に進めない場所があった。十字の洞窟に続くという分厚い岩の壁から少し離れたところ、こんな岩まみれの場所に、数百人の観衆がすし詰め。サザーニャ族のみなさんが、爆破の危険は承知で、久しぶりの儀式の間の姿を拝もうと駆けつけたので、余計に狭苦しくなってしまったが、そんな環境に耐え忍んででもいち早く見たいと思うほどに、十字の洞窟は神聖な場所なのだろう。アダムは一夜にして、ドラゲナイ? 的な爆薬を仕上げてみせた。本当さすがMITマクスキ工科大ね。いつもわたしがハイジャンにしているほどじゃないけど、あんたにも感謝してやってもいいわ。アダムが着火する予定の導火線の一端を握りしめ、その逆側、破壊目標の岩盤のそばには、入念に最終確認を行うハイジャンの姿がある。あの様子だと全身砂埃まみれでしょうね。あとでわたしが、顔を拭いてあげるわ。

「みんな、しっかり耳を塞いでくれ! 鼓膜が破れて耳が聞こえなくなっても俺は責任を取らないからな! ハイジャン! 導火線に異常はなさそうか?」

「ああ、アダム! 完璧だ!」

 ハイジャンは壁から離れて、こっちへ駆け戻ってくると、アダムとグータッチした。なんだか昨日から、息が合っているわよね、あの二人。ずるーい。

「いよいよ十字架と再会や! この時を待ち侘びてたんや、ワイらは! な、せやんな! みんな!」

「「「はい、ルドウィッグ族長!!!」」」

 青髪外ハネボブの集団の熱気がものすごい。

「じゃあ、準備はいいな? いくぞ! 四カウントで導火線に着火する。葉島らしくな。よーん! さーん! にー! いーち! 着火! みんな壁に背を向けて、姿勢を低くして耳を塞げー!!」


(・、<)—◉……………………|||| 十

  アダム


 ジジジジ………………


 ジジジ…………


 ジジ……


 ジ…。


__人人人人人人__

> ドガーン!  <

 ̄ ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄ ̄

 

 とてつもない煙。


 昨日の温泉の湯気といい勝負。


 いやそれ以上かも。


 煙が晴れる。


 振り向く。


 するとそこには、思ったよりも広い空間。地面いっぱいのシロツメクサ畑。その中心に、深い黒色をした、飾り気のない、太く角張った十字架が立っている。その高さは、成人男性の背丈くらいはありそう。


 瞬間の沈黙。


 ……。


「「「うぉおおおお!!!!」」」

 ルドウィックさん含め、サザーニャ族のみなさんが夢中になって十字架の方へと駆けていく。

 

 よかった。みんな嬉しそう。


「そうだっ! 今の爆発でいいことを思いついた!」

 アダムが叫ぶ。

 思いついた? 何かしら。

「なにー? どうしたの?」

 声をかけてみる。

「花火を打ち上げよう。救難信号として!」

 それは、名案かもしれない。


〈第六話へ続く〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る