第1話 空の夕陽漬け
1
午前六時十五分。テツがスピーチをはじめた。
とき遡って、二時間前ぼくは、起きた。ここからの「何分前」は「いまから、何分前か」を表す。
「まず、三十六分前。空に雲がかかりはじめた。僕たちに三ページくらいのパンフレットが渡されました」こりどうがうなずいた。テツはつづける。「ガイドブック、だね」
そこでテツは原稿をチラリとみた。朝シャープペンとボールペンで十五枚分を六分半で書き上げたもので、当然読みづらいが、書いて間もないこともあり、少しは読めた。
「で、わたしたちはいま、六時十五分、予め……あっ、予定! 予定通り……」
これが国王の姿なのだろうか。
(それはおいといて!)テツはノートにメモするハルの方に目をやった。ハルはウィンクした。(了解! ってかぼくたちもそうだし暗黙の了解事項だよアラバキにとっては)
(そっか、それもそうだね)テツは安堵の表情をうかべて話を続けた。
「次に今から二十分ほど前には、全員ガイドブックを読み終えてました」
「異議あり!」手を挙げた棒人間を、
「終わってからにしてくださいな」テツが宥める。
警備員により、棒人間は連行された。「ちょと、えー! 待って! ぼくはプレイヤーだよー!?」
ドジ、とテツはつぶやいた。そして、犬の方に目をやった。犬とはテツの父親である。パグ・デブ(これが一番初期)とかチャラン・ポランとかチンドン犬とか呼ばれている。
「ちゅーねんでぶさらりーまんは、きーっと」とアラバキの国歌にも入っている。アラバキはこれまで数年の歴史の中で国歌を百四十二回変えてきた。全六十七曲のなかから。古くは「どんと」のCMソング、オリジナルは「小高の森」「うららかにくらいつくうた」という歌を一つここにあげてみよう。これは少し文章を変えてあって、ちょうど「糸屋の娘」にさまざまな言い伝えがあるような、そんな感じだが。
「小高の森」
わくわく 雲にのってゆけ
うーうー(中国の!)
猿とならんで魔法使いだね♪
遊びは たのしい
だから高らかな声を
みんなでひとつに揃えれば
鬼ごっこ「アラバキ」の地に
テツはこれを歌いながらむしゃくしゃした。アラバキの国民達は鬼ごっこのためなら敵をも騙す。だから良心を鬼ごっこのときにはあまり使わないというのは違うが、少し近い部分もあって……なんだか虚しくなった。
「うららかにくらいつくうた」
ゲンコツくらって棒人間
一人大声でなきだした ウニョー
これで一番は終わりである。ゲンコツは嬉しくないが、アメリカのようなアラバキからすると、「停学くらって棒人間」なら短編が一話書けそうだ。その場合大勢大声で喜ばなきゃいけなくなるが。
これを歌いながら、テツは、もし棒人間の輪郭だけの頭が塗り潰されて顔があったら、その顔歪んでるだろなぁと考えて、おかしくなった。
2
テツのスピーチはかくして終わった。
「It's a Stickman.」とテツがいいおえた瞬間から、むくれている棒人間をのぞくディススピーチのオールリスナーから拍手喝采をプレゼントされた。
「サンキュー」テツが笑顔で応えるたびに、なにかしらが帰ってきた。
もちろん一般聴衆もいるので、たとえば、さっきまで推しの国王を教え合って盛り上がっていた女子高生が、こういったりもした。「キャーッテツ様!!」「ホラ、観客席のあの前、あれはハル様じゃないかしら♪」「ほんとだ。してその左は側近の水上か」「てかなんで吉田がここにいるの」「単に鬼ごっこが好きなだけだよ」「そっか」女子高生が納得した。
テツが、「おーい後ろの女子高生! 生徒手帳がプロジェクターで映し出されてるぞ! 手塚くん、宮本さん……」
よく響くマイクだったから、名前が呼ばれるたび女子高生はキャーキャーいっていた。
「森下……仁丹? ああおいしいよね」最後の男子高校生はちゃんと名前をいってもらえなかった。
*
「森下ユウヤです」
「伊藤ハルノブタカトキです。又の名を佐藤タカトキ、菅井ハル。あ、本名織田(以下略) です」
それぞれ森下仁丹、名前ユニーク戦国武将と呼ばれた二人がむくれた。「森下翔也です」「織田です」
「きみはもう知ってるからいいよ」
ハルがステージにあがってきて織田を指差した。聴衆が笑う。
「そっか、それもそっすね」
隣の森下は、自分を指さして、テツの顔色を窺った。テツは答えなかった。
どっちが鬼になるのかなぁ?
じゃんけんやるぞ!
声が響いた。
「最初はグー、じゃんけんポン!」
特急のような勢いだ。
握り拳を机に叩きつけて悔しがるパグをよそに、テツは鼻歌をうたうのだった。
鬼3票、逃げ2票によりテツチームの鬼が決定した。
かくして鬼ごっこがはじまるまでのカウントダウンがはじまった。
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