第36話 魔獣

「イジュッ! 勝手に動いてはダメよ、危ないわ」


 私はイジュの後を追って、二人で暮らす家へと入っていきました。

 室内には特に荒らされたような様子はないようで一安心です。


「ごめん。家のことが心配で……」


 イジュが木の棒をこちらに向けながら言いました。


 だから、ちょうどよさそうに見えても木の棒では……。


「いくら窓ガラスやペンダントに加護がかけてあっても、武器にはならないわ。魔獣でも出たら大変よ。せめて一緒にいてちょうだい」


「ん、ごめん」


 イジュがしゅんとなってしまいました。

 私の口調がちょっと厳しくなってしまったせいでしょうか。

 ちょっとだけ反省しつつ、危険な目に遭わないように移動することにします。


「瘴気を払えば魔獣がいるかどうかも感知しやすくなるから、まずは浄化を済ませましょう。畑の方を回っていくわ。畑のことも気になっているのでしょう?」

「うん」

「状態次第ではあるけれど、今まで浄化してきた感触から考えれば例年通りの収穫は期待できると思うわ。確認しながら馬車に戻りましょう」


 家が無事であることを確認したから、イジュの気も済んだことでしょう。

 あとは畑の安全を確認できれば完璧です。

 必要なら浄化しますので、イジュにも安心してもらえると思います。

 そう考えて踵を返した時です。

 家の入口に禍々しい気配がしました。


「あれ? 小鳥が……」


 イジュが言う通り、戸口あたりの地面に小鳥のようなシルエットが見えます。

 逆光になっていて確認しにくいですが、手のひらに乗るほどの小さな鳥のようです。

 そのシルエットは、家の中を探るようにキョロキョロとした動作を見せると、そのまま中にトコトコと歩いて入ってきました。


「可愛いけど、留守にするから家の中に入れるわけにはいかないな」


 イジュが小鳥を追い出すために近付こうとしました。


「ダメッ、イジュッ」

「えっ?」


 イジュはポカンとしてますが、私はすかさず彼の前に立ちました。

 

 この小鳥、魔獣化しています。


 魔獣化すると元の姿が可愛ければ可愛いほど油断を誘いやすく厄介です。

 私は小鳥と向き合い身構えます。

 護衛についている兵士もイジュを守るように前に出て剣を構えました。

 私を先頭に、すぐ後ろに兵士、一番奥にイジュがいます。

 室内で剣を振り回すのは不利ですし、イジュの安全を確保するためにも、まずは表に出なければいけません。

 私の脳裏には、イジュの両親が殺されたときのことが蘇りました。

 あの時の私には力がなく、彼らは無残に殺されました。


 でも今は違います。


 私は両手に聖力を込めます。


「グワーッ!」


 攻撃の気配を感じた小鳥は魔獣化した本性を現し、魔獣がパックリと開けた口で視界が塞がれました。


「うわっ⁉」

 

 驚いたイジュが声を上げました。

 転びそうになって棚にぶつかったのか、ガランガシャンと大きな音が続いて聞こえてきました。

 イジュが腰を抜かしたとしても無理はありません。

 小さな鳥は体の大きさはそのままに、クチバシだけを一気に大きくしたのです。

 巨大な影のように黒くて大きさのはっきりしないクチバシは、床から天井までを覆っています。

 クチバシの内側は月のない夜のように真っ黒で、その奥には舌とも喉とも言えない真っ赤な何かがあります。


「グアァッ!」


 得体のしれない何かの中に私たちを捕らえようと、クチバシがグワッとこちらを突いてきます。

 兵士が緊張でゴクリと息を呑む音が聞こえます。

 大きいと動きは鈍くなりそうなものですが、動きだけは小鳥のもの。

 素早く動いては突いてくるソレに捕らえられたら命はないでしょう。


 現にクチバシによって捕らえられたテーブルや椅子が目の前で砕けていきます。

 真っ黒な部分には刃のようなモノでもついているのかズタズタです。

 

「あぁっ⁉」


 それを見たイジュが改めて声を上げています。

 

 聖力を溜めた私の手元には、真っ白な球のようなものが出来ています。

 ソレを魔獣の口元めがけて投げつけました。

 

「グエッ」


 潰れた鳴き声を上げて、魔獣は内側から真っ白な光に砕かれ、飛び散って消えていきました。


「……すっげぇ……」


 イジュのつぶやく声が聞こえます。


 そうです。聖女の力は凄いのです。

 あの時、この力を出せていたのなら、と今でも思います。

 振り返ると、イジュが唖然としてこちらを見ていました。


「急ぎましょ」


 イジュと兵士に声をかけて、家を後にします。

 

 魔獣が出たのなら、ゆっくりしている暇はありません。


 馬車のある場所まで駆けてゆき、皆と合流して避難先である地方貴族の屋敷へ急ぐことにしました。


 私たちが馬車に乗り込むと、両親がくつろいでいました。


「あら、意外と早かったのね」

「やっぱり大したことなかっただろう?」


 両親揃って呑気すぎます。

 かといって怯えさせてパニックを起こされても困ります。

 私たちは当たり障りのない会話をしながら避難先を目指すことにしました。

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