第35話 守るべきもの

「父さん、母さん! なぜ避難しないの⁉」


 住み慣れた実家に足を踏み入れつつ、私は言葉荒く叫ぶ。

 幸いなことに室内はいつも通り、適度に整っていて、適度に乱れている。

 魔獣に入り込まれた気配もない。


「だって、あなたが結界を作ってくれてあるから、他よりもかえって安全だと思って」


 母が呑気に言っています。


 確かに窓にはめたガラスとか、床下に埋めた石には聖力を込めてあります。

 だからって、結界が緩んで魔獣が入り込んだ状態では、たいした効果は期待できません。

 それに家が安全だったとしても、考えなければいけないことは他にもあります。


「安全だったとしても、いずれは食料が尽きるでしょ⁉ 他にも病気とか怪我とか何か色々とあるかもしれないし……って、もうっ! 何かあったら油断しないで避難してってあれほど……」


 このような事態を想定し、日頃から万が一の時には避難するように言ってあったのですが、両親には伝わっていなかったようです。

 

「だって我が家を守らないと」

「ええそうよ。大切な財産だし、思い出の詰まった場所だもの」


 父や母がそう思うのは分かります。

 分かりますが。

 緊急事態ということを理解して欲しい。


「父さんたちが残っていたって、魔獣一匹倒せやしないでしょ! 避難しなきゃ!」


 思わず口調が厳しくなってしまいましたが、仕方ないです。

 聖女の親には謎の自信を持つ人もいるので十分気を付けておくように、と王都の神殿で教わりましたが。

 まさか自分の両親が当てはまるとは思ってもみませんでした。


 だって力を持たないただの農民ですよ?


 瘴気や魔獣に対抗できるのは娘の方だと自覚して欲しいものです。


「だって結界があるから……」

「それに家は留守にすると荒れるし……」


 なんだかモゴモゴ言ってますが、この緊急時には関係ないことです。

 魔獣の類が出てきたらひとたまりもありません。


 そもそも普通は、熊が出たって逃げるでしょ?

 相手は魔獣ですよ?

 逃げましょうよ。


 頭痛を起こしている暇もない緊急事態なのですが、ちょっと頭が痛くなってきました。


「命を失ったら、家なんて意味ないでしょ⁉」


 私の訴えに、両親はしゅんとなってしまいました。

 ちょっと可哀そうだったかもしれませんが、いまは言葉を選んでいるような余裕はありません。


「家は壊れたら直せばいいけど、父さんたちが怪我でもしたら大変だわ。すぐに移動してちょうだい」


 兵士たちに目配せして両親の避難誘導をお願いしました。

 そして私も避難しよう、と思ったその時です。

 イジュがいないことに気付きました。


「あぁ、イジュ……まさか家へ?」


 両親は、まるで罪人が連行されるかのように、兵士たちについていきます。

 玄関を開けて出て行く両親たちの姿の向こうに、イジュの後ろ姿が見えました。

 やはり家へと向かっているようです。

 イジュはいつの間にか、ちょうどよさげな木の棒を持っています。

 ですが、残念。

 魔獣を木の棒で倒すのは無理です。


 私は1人残った兵士と共に、イジュの後を追いました。

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