第24話 私たちなりに動き出す

 屋敷に戻ると、イジュは庭師と物置小屋の軒先で盛り上がっているところでした。


 雨は小休止といった感じで降っていないので、庭先を指さしながら何やら話しているようです。


 貴族であれば眉をひそめるような光景でしょうけれど、私たちは平民ですから気にはなりません。


 むしろイジュが早々に馴染めたことを嬉しく感じます。


 私が帰ってきたのを見たイジュは、こちらに駆け寄ってきました。


 ゆっくり歩いてきた方が安全ですが、駆け寄って来られると人懐っこい大型犬のようで可愛いです。


 こう、愛されている感じがしてドキドキします。


「お帰り、アマリリス。神殿はどうだった?」


「ただいま、イジュ。特に問題なしで普通だったわ。私が結婚したことも伝わっていたし」


「それはよかった」


 イジュがニコッと笑顔になりました。


 笑っただけで妻をドキドキさせられるとか、うちの旦那さまはテクニシャンです。


「それ、重いだろう? オレが持つよ」


 屋敷の中に入りながら、私の腕にある荷物をイジュが持とうとしました。


「えっと……これはエリックさまから、イジュへの贈り物よ」


 私はイジュへ綺麗にラッピングされた長方形の物を渡しました。


「えっ、そうなんだ。嬉しい、ありがとう。……おっ、割と重いね。なんだろう? 本かな?」


「中身は知らないわ。後でエリックさまにお礼状を書いてね」


「ああ、そうするよ」


 イジュはコクンとうなずきました。


 私は、嬉しそうに贈り物を抱えたイジュと、共に自室を目指します。


 既に午後のお茶の時間です。


 二人とも昼食がまだだったので、少し重めのものを自室に用意してもらうことにしました。


 食堂で食事をすると大掛かりになってしまうので面倒です。


 私たちはそんな生活に慣れていないので気を遣ってしまい、落ち着いて食事ができません。


 なので、朝食と昼食はなるべく他人の手を借りないで済むように自室で摂りたい、と執事に伝えたら変な顔をされてしまいました。


 庶民と貴族の間には大きな壁がありますね。


 とはいえ。


 これが日常になるのなら、私たちの都合の良いように変えていかないといけません。


 執事に踊らされる子羊とならないよう、自分たちのペースを作ろうと思います。


 書斎を兼ねた主人の部屋へと私たちは入ってきました。


 夫婦の寝室とつながっている部屋ですが、一応ドアが付いているので閉めてしまえば見えません。


 食事に使うのは、小さな応接セットの椅子と机です。


 でも机が小さすぎるので、結局は料理を載せてきたワゴンまで使って食事をしています。


 向かいでイジュがサンドイッチを齧りながら言います。


「この屋敷の食事は美味しいけど、堅苦しいのは落ち着かないな」


「そうね。村の方が気楽だわ。でも――――」


 私はエリックさまに言われたことをイジュに伝えました。


「金と力を手に入れて周りをひれ伏せさせてしまえばいい、なんて面白いことを言う王子さまだね」


 そう言うイジュの表情は複雑そうですが、反対ということではないようです。


「金も、力もない田舎者でいるよりは、そっちの方がいいかもしれない」


 イジュが意外なことを言い出しました。


「オレは村での暮らしが好きだけど。他の村に嫁いだり、王都へ働きに出たりする人も多いから、村の人口は減っていくばかりだろう? ほら、アマリリスの兄姉とか」


「そうね。三人兄弟だけど、村に残ったのは私だけだわ」


 言われてみれば実例がとても身近にありました。


「金と力があれば、村だって良い方に変えていけるかもしれないし。もう少し、こう……何か産業とかあったら、そのまま村に留まる人も増えるんじゃないか?」


「そうね。村は農業だけだから」


 イジュにはイジュの考えがあるようです。


「今日、庭師と話してたんだけど。森の方からの瘴気が村の近くまで漂っているだろ? だから、クヌギ村では薬草が育ちやすいかもしれない、って言われたんだ」


「あら、そうなの?」


 クヌギ村は農業が主な仕事とはいえ、育てているのは一般的な野菜です。


 森で自生するキノコや果物を採りに行ったりすることもありますが、あまり変わった作物を育てたりはしません。


「瘴気の影響を気にして、育てる野菜の種類に気を付けているという話は聞いたことがあるけれど。薬草が適しているって話は初めて聞いたわ」


「詳しいことは分からないけど、そういうことみたいだ。庭師からもっと詳しい話を聞いて、薬草の種や苗を村に持ち込んでみようと思うんだけど」


「いいんじゃないかしら。試してみる価値がありそう。私は執事に役立つ情報がないか聞いてみるわね」


 昼食を終えた私たちは、各々に動いて情報を集めることにしました。

 

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