第25話 心遣いと余計なお世話は紙一重

 夜です。


 食堂で向かい合って座った私とイジュは、夕食を摂りながら、これからのことについて話し合っています。


 ですが、どうもイジュの様子が変です。


 なぜか私の目を見て話しませんし、ちょっと指先が触れただけで異常に反応しています。


 激しく反応し過ぎてナイフやフォークがテーブルから落ち、大きな音が食堂に響きました。


 使用人が来てサッと新しい物に変えてくれましたので、カトラリーに問題はありません。


 イジュは問題ないのでしょうか?


「薬草の栽培を試してみるなら、苗か種を手配しないとね」


 そう言いながら私は、イジュの顔を見ました。


 なんだか目元が赤いような……。


 熱でもあるのでしょうか。

  

「ああ。それならオレが庭師と一緒に市場へ行って探してくるよ」


 受け答えはしっかりしているので熱があるわけではないようです。


 でも、一対一で話しているのに視線を逸らされてしまいました。


 いつもは、こんな感じではないのですが。


 不思議に思いながらも、私は話を続けました。


「そうしてくれると助かるわ。いきなり大量に買っても土地に合う、合わないがあるでしょうから……」


「ん、わかってる。相談しながら少しずつ多くの種類を買ってくるから」


「それがいいわね」


 会話はいつも通り出来ています。


 イジュの体調が悪いというわけでもないようです。


「予算は、どうしましょう?」


「あー……相場が分からないな。オレは現金での取引って、あまり経験ないから」


 ですが、普通に会話をしているだけなのに視線が合いません。


 どうしたのでしょうか?


 何か面白くないことでもあって、不満を溜めているのでしょうか?


 慣れない環境にいますので、イジュの状態が気になります。

 

「やるならキチンと事業として進めていった方が良いでしょうから、お金のことは執事に相談しましょう」


「ああ、そうしよう」


 私の言葉にうなずくイジュはいつも通りにも見えますが、少し照れているようにも感じます。


 普通に会話をして普通に夕食を済ませましたが、やはりイジュの様子はちょっと変です。


 ここにきて、急に私を異性として意識してくれたのでしょうか?


 それならそれで嬉しいですけれど。


 夕食の後。


 湯あみを済ませた私は奥さま部屋のベッドの端に腰かけて、夫婦の寝室へとつながるドアを少しの間だけ眺めていました。


 ドアが開けられる気配はありません。


 しかしイジュの様子がどうも気になります。


 私は意を決して立ち上がりました。


 向こうから来ないなら、私の方から夫婦の寝室へと足を運びましょう。


 もう夫婦なので。


 私も夫婦の寝室に行って大丈夫なのです。


 奥さま部屋との間にあるドアに鍵はかかっていません。


 いつでも開いてます。


 イジュが来ないなら、私の方から行けばいいんです。


 どうして今までソレに気付かなかったのでしょう。


 私は思い切ってドアを開け、夫婦の寝室に足を踏み入れました。


 ですが、そこにイジュの姿はありません。


「……あら?」


 せっかく気合を入れて来たというのに肩透かしを食ってしまいました。


 でも、この時間に居ないのは変です。


 部屋をよく見まわしてみましたが、大きなベッドの上には誰の姿もありません。


 夫婦の寝室の隣にある書斎にも姿はありませんし、イジュはいったい何処へ行ってしまったのでしょうか?


 夫婦の寝室に戻ってみると、床に薄い本が落ちていることに気付きました。


 よく見れば、エリックさまからの贈り物にかかっていた包み紙も、部屋の端に落ちています。


 エリックさまからイジュへの贈り物は、本だったようです。


 私は床から本を拾い上げ、パラパラとめくってみました。


 これは……ちょっと、エリックさま?

 

 伽の情報が掲載された本は結婚の贈り物として相応しいのかもしれませんが。


 どうせなら初心者向けにしてください、エリックさま。


 イジュは体格が良くて男らしいハンサムな顔立ちをしていても、田舎の純朴な若者なのです。


 こんな薄い本……。


 いえ、私も聖女なので、こんな薄い本とは縁遠いのですが……。


 初心な私にもわかるくらい、内容が高難易度の上級者向けの本です。


 ドンッと壁を叩くような大きな音が、書斎の方から聞こえてきました。


 私はハッとして書斎に戻り、部屋をよくよく見まわしてみます。


 やはり……ありました、使用人の部屋が。


 近付いていってドアが開くか試してみましたが、ガッチリ鍵がかかっています。


 どうするんですか、エリックさま。


 イジュが夫婦の寝室ではなく、書斎の奥にある使用人部屋へ籠ってしまったではないですかっ。


 もうっ、エリックさまっ!


 翌朝。


 げっそりした表情の私と、妙にツヤツヤしたイジュを見た執事が、あらあらまぁまぁ若いって素敵ですね、みたいな空気だしてきましたけど。


 違いますからっ!!!

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