第16話 旅立ち

 クヌギ村は、本格的な梅雨を迎えました。


 今日も小雨が降っています。


 作物には良いことですが、湿気が高くてじめじめしていますから人間にとっては不快です。


「準備はできた?」


「ええ、旅行の支度は出来てるわ」


 笑顔のイジュに向かって笑みを返し、私はうなずきました。


 私たちは今日、クヌギ村をあとにして王都を目指して旅にでます。


 新婚旅行へ出発です。


 ですが……。


 曇った空を見上げながら、私は顔をしかめました。


 予想通り、梅雨時期らしい天気です。


 仕方ないことなのですが、表情が冴えないのは天気のせいだけではありません。


「畑のこと、お願いします」


 イジュは私の両親に向かって、丁寧にお願いしています。


 大柄で筋肉質だから強面の不愛想な男にも見えるイジュですが、中身はキチンとしているのです。


 好き。


「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


「今年は作物に病気も出ていないし、管理もそう大変じゃないだろうから安心して行っておいで」


 母と父はニコニコしています。


 こんなぐずついた天気のなか、私たちを見送りに出てきてくれました。


 好き。


 畑のことは両親に任せておけば安心です。


 荷造りも既に済んでいます。


 私とイジュの荷物しかありませんから、たいした量ではありません。


 旅行ですからね。


 必要なものは屋敷に揃っているようですし、一泊する宿も良い所を選んでくれたようなので最低限の物しか持っていきません。


 私の聖衣がかさばるくらいでしょうか。


 引っ越しではないので、荷物はたいしてないのですが。


「それにしてもデカい馬車だな」


「ホントに」


 父の言葉に母がうなずいています。


 馬車が無駄に大きすぎますよ、エリックさま。


 私とイジュしか乗っていかないのに、細い山道なんてとても通れそうもないくらい大きいです。


 クヌギ村から王都までは太い街道を通って行けますから問題はありませんが、それにしても大きすぎます。


 大きさはもちろん見た目の派手さも別格で、私が王都にいたときにも滅多に出会ったことがない立派な馬車です。


 白地に青と金の縁取りのある華やかな箱型の馬車で、御者の方の青い制服にも金の縁取りがあります。


 屋根がしっかりついていますから雨が降っていても問題なく移動できそうですが……何なんですか、コレは。


 馬車には元からの装飾だけでなく、余分なものが付いています。


 出入口である扉の上には、キラキラ輝く石や金のレリーフで囲まれた【結婚おめでとう!】の文字が書かれたプレート、金刺繍入りの白と赤の太いオーガンジーリボンが馬車をラッピングするように施され、白のバラやカーネーションなど花びらの数が多くて華やかな花が飾られているのです。


 極めつけはカラカラ音をさせながら吊り下げられている空き缶です。


 馬車の四隅に吊り下げられているだけでなく、後部には地面を這わせるようにしてつけられています。


 空き缶の中には鈴が仕込んであって、リンリンシャンシャンうるさいです。


 なにやってんですか、エリックさま!


 馬車を呪物にするのはやめてください。


 こんな目立つ馬車に乗って王都まで行けるわけがないでしょう。


 イジュが申し訳なさそうに言う。


「エリックさまのお心遣いはありがたいけど……外していこうか?」


「ええ、そうしましょう」


 即賛成した私とイジュは、テキパキと余計な装飾を外していきました。


 そして、余裕のある馬車内に放り込みます。


「息がピッタリじゃないか?」


「ええ、ホントに。これなら安心ね」


 父と母がウフフと笑いながら話しているのが聞こえてきます。


 いや多分、突っ込みどころはそこではありません。


「こんな感じでいいかな?」


 イジュの言葉に私もうなずきます。


「そうね、うるさいのは粗方取れたわ」


 最低限、鈴入りの空き缶は外していかないと苦情が出そうです。


 御者の方は涼しい顔をしていますが、大丈夫だったのでしょうか。


 エリックさまの紋章が入っている馬車だから何も言われなかったのか、慣れ過ぎて感覚が麻痺しているのか、その両方か。


 多分、両方ですね。


「名残惜しいのはわかるけど、そろそろ出発したら?」


 父がクスクス笑いながら言いました。


「そうしたほうがいいわよ。宿に着くのが夜中になっちゃうわ」


 母もクスクス笑っています。


 宿に着くのが遅くなると、笑いごとではなくなるので早めに出たほうがよさそうです。


「では気を取り直して。行ってきます」


 私は両親に手を振りながら馬車に乗り込みます。


 イジュは私をエスコートしようとして失敗し、よろけてしまいました。


 私はその手をとって、勢いをつけて馬車の中に乗り込みながら引っ張ります。


 体幹がしっかりしているイジュはすぐに態勢を立て直したので、まるで踊るように馬車へと乗り込むことに成功しました。


 私に力はありませんが、馬車には乗り慣れています。


 上手くいって私は内心、ご満悦です。


「凄いね、アマリリス」


 馬車の中で正面に座ったイジュが興奮気味に言いました。


「ふふ。コツがあるのよ」


 私の表情は悪戯っ子のようになっているでしょう。


 新婚旅行ですけど、なんだか子どもの頃に戻ったようです。


 御者の方がしっかりと出入口の扉を閉めました。


 さぁ、出発です。


 馬車が走り出し、私たちは窓から両親に向かって手を振ります。


 両親の姿はあっという間に見えなくなってしまいました。


 子どもの頃から何度も繰り返してきたことではありますが、今日はイジュも一緒だから寂しい気持ちにはなりません。


 正面に座るイジュは、窓の外を流れていく景色を興奮気味に眺めています。


 どんよりとした空模様はそのままですが、楽しい旅になりそうです。

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