第15話 イジュと新婚旅行の話をしました
私はイジュとの夕食の席で、旅行の話を切り出しました。
「王都へ旅行に行きましょう」
「えっ? なんで?」
「新婚旅行よ」
私の前に座ってパンを食べていたイジュがむせました。
慌てて水を飲む彼を眺めながら、私は説明します。
「エリックさまが王都の屋敷を見に来るついでに新婚旅行をしたら? と提案してくださったの」
「ん……そうだね。キミは男爵さまだもの。自分の屋敷くらい見とかないといけないな」
そっちはついでで本来の目的は新婚旅行ですが、そこは突っ込まずにスルーします。
「でもオレは畑の世話があるから」
「それは父たちにお願いしたから大丈夫よ」
一般的には梅雨時期に旅行へ行くというのは、良くない事かもしれません。
雨の中、慣れない道を通って知らない土地に行っても、楽しめるかどうか分からないからです。
ですが、農業を営むイジュにとっては、一概に悪いタイミングとは言えないでしょう。
この時期であれば出来る作業が限られますので、むしろ動きやすいのです。
私の正面に座っている彼は、不安げに言いました。
「でも、おじさんたちに任せちゃうなんて迷惑じゃない? いいのかな?」
「ええ。大丈夫だと言ってたわ」
両親には、事前に話をしてきました。
イジュが留守の間、必要な作業を代わりにしてくれるそうです。
両親にしても私たちを見ていて思うところがあるらしく、快諾してくれました。
「でも、おじさん呼びはダメじゃない?」
私の言葉にイジュがキョトンとしています。
「義理とはいえ、もう父親でしょ? 義父と義母になるのよ」
「あっ……」
小さく声をあげたイジュの日に焼けた頬が赤く染まりました。
やはり、彼は自分が結婚したという自覚が足りていないようです。
もう一緒に住んでいるし、私はアナタの妻ですよ?
白い結婚でも、そうでなくても、自覚してください。
そう思っている私の前で、イジュは小さな声で「お義父さんとお義母さんになるんだぁ」とかブツブツ言っていますが。
今更だと思います。
もう私は、アナタの妻ですよ?
とはいえ、それを自分の口で言うのも恥ずかしい。
結婚生活って難しいです。
やはり、気持ちの切り替えのためには、エリックさまが言うように新婚旅行へ行く方が良いかもしれません。
「いくと決めたら、さっさと予定を立ててエリックさまに連絡するわ。準備があるでしょうから早い方がいいと思うの」
善は急げです。
早く予定を立てて王都に行って来ましょう。
私もまだ屋敷とやらを見ていないですし、聖女の職を辞するなら神殿に挨拶に行きたいです。
ついでに、聖女の結婚に関する情報も集めてきたいと思います。
聖力を失いたいわけではありませんが。
今の状態をなんとかしたいのです。
出来ればイジュと仲良く生きていきたい。
私のささやかな願いを叶えるには、どうしたらよいのでしょうか?
ヒントが欲しいです。
「オレは初めての旅行で慣れてないし、天気が心配だな」
「それは大丈夫。エリックさまが馬車を用意してくださるそうだから、雨でも安心よ」
エリックさまはマメなのです。
乗合馬車を乗り継いで王都まで行くとなると大変ですから、お天気も気になります。
でも、自前の馬車でいけば、1日で王都につけます。
乗り慣れない馬車に一日中乗っているのも大変ですから、途中で宿を取って1泊する予定です。
休憩をしつつ行けば、旅に慣れていないイジュでも無理なく移動できるでしょう。
初めての旅行に不安げな様子のイジュを見ていると、自分が初めて王都に行った時のことを思い出します。
幼い私が慣れない環境にスムーズに馴染めるよう、エリックさまは色々と気を遣ってくださいました。
懐かしいです。
この先どうなるか分かりませんが、気遣いのある王子さま上司にご満足いただけるよう、私は幸せにならなければいけません。
「んー、でもオレが王都に行っても、やることないよね?」
えっと……新婚旅行でやることと言えば……。
私は頬がポンと熱くなるのを感じました。
それを見たイジュの頬も赤く染まります。
「えっと……屋敷の庭師さんにでも、話を聞いたら? 市場へ作物の調査に行くのも良いかもしれないわ。新しい苗とか見つかるかも」
「そ、そうだね。そうしようかなぁ~」
私とイジュはモジモジしながら話します。
「私は領地経営とか分からないけど、一通りの説明を聞いてくるわね」
「うん、そうだね。それがいいよ」
なんだか頭に血が上ったような感じがして、何を話せばいいのか分からなくなってきました。
「ついでに、夏服とか見てこようかしら?」
「うん、そうだね。それがいいよ」
確かに夏服は必要ですが、いま話すことでもないような気もバンバンします。
「あっ、おじさん……いや、お義父さんたちに、畑の世話をお願いするなら、お礼に何か買ってこないと」
「そうね。何がいいかしらね……新婚旅行なら、お土産も買ってこないと……」
私とイジュは、なんとなくピントの外れた話をしながら夕食を終え、それぞれの部屋で就寝したのでした。
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