第14話 王子さま上司から王都新婚旅行のご提案
「相変わらず、髪はピンクだね」
欝々する梅雨に入ったころ、様子を見に来たエリックさまが事実を指摘してきました。
私は今、エリックさまが宿泊されている屋敷へと来ています。
梅雨時期は外と大して環境が変わらない神殿は、会談に向かないからです。
エリックさまは、村から少し離れた場所にある地方貴族の屋敷に滞在されています。
クヌギ村は王国の端っこにあるといっても、馬車で一日もあれば来られる場所です。
そのためエリックさまは各地の神殿を訪問がてら、クヌギ村にもよく来るのです。
クヌギ村を訪問される際には、いつもこの屋敷を使われます。
だから私も、こちらの屋敷には何度か来ていて慣れています。
そのような場所だからといって、気楽な感じでデリケートな問題にズカズカと踏み込むのはいかがなものでしょうか。
そうは思っても口には出しません。
「ふふ。そんな睨まなくても。揶揄ってるわけじゃないんだから」
残念。表情には出てしまっていたようです。
相変わらずエリックさまはキラキラしてますし、紅茶も焼き菓子も美味しく、使用人の皆さんは親切です。
豪奢な部屋で美しい茶器を使いながらエリックさまと向かい合いお茶を飲む時間は、身分ある人と共に過ごす緊張感と、昔から知っている信頼できる上司への甘えとが混ざり合います。
ここで過ごすことは、私にとっては心地よい。
だからほんのちょっとだけ、本音が漏れてしまいました。
「思っていたようには、いかなかったみたいだね」
私はコクンとうなずきます。
村の人たちにザマァしてやろうかと思ったら自分のほうがザマァされちゃった、そんな風にすら感じます。
「エリックさまが、白い結婚なんて言うから……」
「ふふ。睨まないでよ。私も、こうなるとは予想していなかったからね」
エリックさまは穏やかにキラキラと笑顔を浮かべています。
「私の感覚から言えば、好きな相手へ合法的に手を出せるお膳立てが整った状態なのに手を出さないなんて……考えられないもの」
それはそうでしょう。
エリックさまは積極的なタイプですから、同じ状況を作ったらお祭り状態になるでしょうね。
分かります。
「ん……キミにとっては大人のサンプルが良くなかったかな……」
エリックさまが一人でブツブツ言っていますが、知りません。
サンプルが悪かろうと、良かろうと、私も大人になってしまったので今更です。
エリックさまにしては珍しく、考え込むような様子になりました。
本当に珍しいので、私はじっくりと見学させていただきます。
私のことを考えてくださっているのは分かっていますが、現実逃避したいので見学に回ります。
そして、紅茶とお菓子を味わいます。
聖女としての資格を失えば、このような機会も失うのでしょう。
爵位はもらいましたが、男爵ですからね。
そう簡単に王子さまと面談する機会もなくなることでしょう。
職を辞せば、王子さま上司とはお別れです。
……あ、ちょっと寂しいかもしれません。
などと考えていた私にエリックさまから提案がありました。
「ねぇ、キミたち新婚旅行がてら、王都の屋敷を見に来ない?」
「え?」
王都の屋敷? エリックさまの屋敷のことでしょうか。
「せっかくアマリリスに屋敷まで用意してあげたのに、まだ見に来てないでしょ?」
そうでした。私は王都に屋敷を構えたのでした。
管理に携わる必要が全くないので忘れていました。
「いつ来てもいいように整えてあるから安心して。でも食事の用意とかあるから、日程の連絡は欲しいな。私も遊びに行きたいし」
どう考えても私の屋敷という感じではありませんが、そこは聖女とはいえ平民には不慣れな部分なのでお任せします。
「キミたちは、今の自分たちの立場がいまひとつピンと来ていないようだし。1回、きちんと立ち位置を確認した方がいいよ」
そう言われれば、そうですね。
立場が変わったのに、同じ生活を続けるのは良くないのかもしれません。
「それに場所が変われば雰囲気も変わるでしょ」
エリックさまがニヤニヤしながら私を見つめています。
もうっ、そこは知りませんよ。
表情で揶揄うのは止めてください。
恥ずかしさのあまり、爆笑してしまいそうです。
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