第17話 初めての旅行

 クヌギ村から王都へつながる街道は、途中まではひどくさびれています。


 道幅はそれなりに広いのですが、両側から森が迫ってくるような景色が続いているのです。


 他に道行く馬車もいません。


 本当に田舎で見るべきものもないのですが、イジュは子どものように目をキラキラさせて窓から外を見ています。


 ただの森なんですけど。


 私の視線を感じたのか、イジュが窓から視線をこちらに移して言い訳するように言います。


「アマリリスにとっては珍しくもないだろうけど……普通の人は、馬車に乗る機会も少ないんだよ」


 王都だと乗合馬車くらい乗ると思いますが、イジュの基準はクヌギ村の人たちだから仕方ありません。


 村にも乗合馬車はありますが街道沿いまで出ないといけないので、乗り場まで行くのも遠くて大変なのです。


「だからさ、オレがちょっとはしゃいでも不思議じゃない」


 イジュはモゴモゴ言いながら視線を窓へと戻します。


 言葉の最後の方が小さくなって消えていきました。

 

 あらあら。ちょっと拗ねちゃったみたいです。


 大柄で日に焼けた肌をしたイジュが拗ねると、ちょっとこう、甘えん坊の大型犬みたいな雰囲気がフワッと漂ってきます。


 可愛いので、ちょっとドキドキしていいですか?


 夫相手だからドキドキしてオッケーなのか、夫相手にそんな程度のことでドキドキしていてどうするになるのか分かりませんけど、ドキドキするので仕方ないです。


 頬が熱くなるのを感じながら、私も視線を窓へ移しました。


 隣の村が近付いてくると、窓の外の景色は少しずつ変わっていきます。


 遠くにエリックさまがいつも滞在される屋敷の屋根が見えました。


 ここを過ぎれば、隣村はすぐです。


 クヌギ村よりも王都寄りにある隣村では、農業だけでなく手工芸なども盛んに行われています。


 商取引のための店などもあって賑やかです。


 距離としては近いのですが、農業だけで特に産業のないクヌギ村と比べたら、かなり開けた感じで都会的な雰囲気があります。


 そのため、村境あたりまで行くと道沿いの景色が変わります。


「おぉ、なんだか活気があって凄いな」


 イジュの言葉通りです。


 クヌギ村には店らしい店もありませんから。


 行商人が物を売ったり買ったりしにくる場所と、常設で店舗がある場所では大違いです。


「祭りの時みたいだ」


 お菓子や飲み物を並べて売っている屋台を見て、イジュが目を煌めかせています。


「ふふ、休憩していきましょうか?」


「いや目的地まで遠いだろ? 休憩するにはまだ早い」


 今日は宿に泊まって、王都へは明日到着の予定です。


「でも、イジュは馬車にも乗り慣れてないでしょ? 大丈夫? 疲れてない?」


「ん、思ってたよりも疲れるけど。オレは体力あるから平気」


「それなら、このまま進みましょうか。ここよりもっと休憩に良い街があるわ」


「ここよりも⁈」


 イジュは驚いていますが、何度も街道を通って王都に行った経験のある私からしたら、クヌギ村が田舎過ぎるのです。


「イジュが好きそうな物のある場所で休憩しましょう。楽しみにしていてね」

 

「へぇー、楽しみ~」


 イジュが馬車酔いするのではないかと思いましたが、そんな心配は必要なかったようです。


 エリックさまが用意してくださった馬車はクッションもふかふかで快適だからでしょうか。


 もしかしたら大きな馬車なので酔いにくいのかもしれません。


 エリックさまは気配りの人でもあるので、そのような意図もあって大きい馬車を手配してくれた可能性もあります。


 でも、飾りの数々により大きく減点が入りましたので、高ポイントは差し上げられませんね。

 

 馬車は隣の村を通り過ぎ、またその隣の村も通り過ぎました。


「ん、また森に入ったみたいだけど……村の森とは違うな?」


「ええ、そうね。クヌギ村の森は原生林だけど、この辺はだいぶ人の手が入ってるわ」


「森と畑の中間くらいか?」


 などと言いながら、イジュが頭をひねっています。


「村では野生で実っている果物を採りにいったり、薬草やキノコを採りにいったりするけど。この辺は森の中で作物を作っている感じかしらね。材木を切り倒して出荷して、また木を植えて育てたりとか」


「ふーん。変なの」


 イジュにはピンとこないようです。


 私も最初に話を聞いた時にはそうでした。


 私たちクヌギ村の者にとっては、森は魔獣の住処と人の住処の境目にあたります。


 だから、そんな危険なトコに入っていくなんて、という気持ちの方が強いのです。

 

「あっ。見えてきたわ。この街で休憩しましょう」


「おおっ。随分と賑やかな……うっ、これが都会か?」


 イジュは驚いていますが、私が休憩に選んだのは普通の街です。


 街の中心地まで馬車で入ってきたので道沿いにずらっと店舗が並んでいますが、いたって普通の街なのです。


「クヌギ村と比べたら、どこだって都会よ」


 馬車が目的地に着きました。


 空は曇っていますが、雨は降ってはいません。


 私とイジュは馬車から降りて、散策しながら腹ごしらえをすることにしました。


「さぁ、行きましょう」


「ん、なんだか迷子になりそうだ」


 街中の様子を見て、イジュは不安そうにしています。


 今回の旅行に護衛は付いてきていません。


 馬車が立派なだけに、御者しかいないというのも不用心に見えます。


 ですが……。


「聖女さまだ」

「聖女さまがいらした」


 私の姿を見た街の人たちがざわついています。


 ピンク色の髪に赤い瞳を持つ聖女は、見た目で分かってしまうのです。


「とても綺麗な方ね」

「俺と付き合ってくれないかな」

「馬鹿ね、アンタなんて相手にしてもらえないわよ」


 褒めていただいてありがとうございます。


 でも私にはイジュがいますので、他の方はお断りです。


「あんなに綺麗な人が護衛もつけずにいたら、危ないんじゃないの?」

「心配ないわよ。不埒な真似したら一発でやられちゃうんだから」

「聖女さまには聖力があるんだから、か弱く美しく見えても強いんだから」


 聖女に不思議な力があることは、皆も知っています。


「でも聖力って瘴気を払ったり、魔獣を退治したりするのに使うんだろ?」

「馬鹿ね。魔獣を倒せる力があるのに、人間が倒せないわけないでしょ」

「あ、そっか」

 

 実際、聖女は魔獣の一匹や二匹は瞬殺できるので、戦闘力は高いです。


 しかし疲れると力を放つことができなくなります。


 体力がなくてか弱いことは確かなので、無理はできません。


「聖女さまの尊い力を、アンタなんかに使わせちゃダメなんだからねっ」

「無駄に力を使わせちゃったら、あっという間に国の危機よ」


 聖女の役割も皆に教え込まれています。


 なので、護衛などいなくても危ない目に遭うことはありません。


 村長の娘、メアリーのように意地悪をしてくるような者はいますけど、基本的には安全です。


「あの一緒にいるデカい男はなんだ?」

「農夫みたいな恰好してるけど、筋肉バインバイン強そうだ」

「護衛かな?」

「お忍びだから目立たないようにしてるのかもね」


 イジュのことですね。


 夫です。護衛ではなく、夫です。


「背も高いなぁ」

「男らしくてハンサムな人ね」


 そうです。


 私の夫は、無駄な筋肉が付いていないワイルド系で、彫刻にしても絶対映える系のハンサムな男性です。


 キャー、夫って言っちゃった。心の中でだけど。


「聖女って、いつもこんな感じなの?」


 人々の好奇の視線を浴びながら、イジュが私に話しかけてきました。


 私がうなずくと、彼はため息を吐きながら「大変だね」とつぶやきます。


 本日はイジュを、その大変に巻き込んでしまいましたので、お詫びに屋台巡りをして美味しいモノを食べたいと思います。


 イジュは串に刺して焼いた肉や、カラッと揚げられた魚や、ふんわりと焼かれたパンなどに舌鼓を打ち喜んでいました。


「この揚げた芋も旨いな」


「ふふ。村だと揚げ物はあまりしないものね」


「ああ。それに芋を揚げるという発想がなかった」


 イジュがホクホクしながら揚げたお芋を食べています。


 ここには揚げたてのお芋を紙袋に入れて売っている屋台もあるのです。


 お芋は季節によって、ジャガイモになったり、サツマイモになったりしますが、どれも美味しいので私のお気に入りです。


「コレ、村でも食べたいな」


「いいわね。イジュの作った新鮮なお芋を揚げたら美味しそう。一応、私は男爵さまなわけだし。そのくらいの贅沢は許されるわよね」


 ちょっと胸を張って言ってみたら、なぜかイジュが笑い転げています。


 やっぱり、私が男爵さまなんて可笑しいわよね?


「男爵さまの特権が、揚げた芋とか受ける~」


 あ、そっちでしたか。


「そろそろ出発しないといけないから、まだ何か食べたい物があるなら馬車で食べましょう」


「ん……オレは別にいいかなぁ」


 でも私は知っています。


 イジュは甘いモノも大好きなのです。


 実際、イジュの視線は甘い物を売っている屋台のあたりをさまよっています。


 イジュが気になっているのは……虹色の綿菓子とふわふわのマシュマロ、動物の形に焼かれたクッキーと大きなマフィンね。


 私は自分が食べたいからと言って、大量のお菓子を買って馬車に持ち込みました。


 そして窓の向こうに流れる景色を眺めながら、二人でキャッキャウフフしながら美味しくいただきました。

 

 イジュが馬車酔いしないタイプで、本当によかったです。

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