第2話 根性の悪い女は田舎にもいます
「……と。今日はこのくらいでお終いにしましょう」
私が祈りを止めると、小鳥たちは一斉に聖力石の上から飛び去り、リスたち小動物は素早い動きで森を目指して帰っていきます。
「ふふ、みんな元気。今日も楽しく過ごせるといいわね」
笑顔で彼らを見送って、神殿での仕事はお終いです。
とはいえ。ここでの仕事以外、特別何かしなければいけないことがあるという訳でもありません。
王都の神殿住まいであれば聖女の仕事はたくさんあります。
しかし田舎も田舎、ド田舎のクヌギ村ではできることが限られます。
「今日は何をしようかな。王都への報告書を仕上げて……うん、特にやらなきゃいけないこととか無いわ」
毎日が割とこんな感じで緩いです。
「家事を適当に済ませて、ケーキでも焼こうかな。イチゴは……少し早いか。ん~……柑橘系なら……あ、ジャムがまだ残ってる。アレを使っちゃおうかな」
聖女の仕事として掃除洗濯は推奨されていますが、畑仕事は止められています。
聖力が干渉し過ぎてよくないらしいです。詳しいことは分かりません。
畑仕事が出来ないとなると、田舎で出来ることは極端に限られます。
「繕い物も済ませちゃったし。刺繍ばかり増やしたって、田舎の村にそこまでの需要はないし」
王都であれば刺繍した華やかな物が好まれるのでしょうけど、田舎では汚れたら遠慮容赦なく洗える物が好まれます。
布の類はボロボロになるまで使って最後は雑巾にするなど徹底的に使い潰すのです。
そこに刺繍があったら邪魔になります。
「なまじ聖女の刺繍なんてあっても困るのよね」
聖女の刺繍には聖力が宿っていますので雑巾にしたくないから邪魔という気持ちは理解できます。
王都なら飾り物や贈り物として売れるほど需要があっても、聖女とはいえ同じ村の娘が施した刺繍ですからね。
どうしても価値は下がってしまいます。
飾るにしても、田舎の家ですから需要はたいしてありません。
「お菓子とか食べ物を作るにしても。そもそも美味しい作物が自分の畑で作れる田舎だと、たいして需要はないわ」
王都でなら聖女の作ったお菓子などは売り物になりますが、以下略。
なので私は家事手伝いのような扱いになっています。
今日の予定を考えながら家へと続く道を歩いていると、見知った人がこちらに向かって歩いてきました。
「おはよう、アマリリス」
「おはよう、イジュ」
顎の張った力強くて男性らしい顔にクシュとした笑顔を浮かべて挨拶してきたのは幼馴染のイジュです。
黒髪に黒い瞳に浅黒い肌の幼馴染は、一つ年上の二十一歳。
幼い頃に両親を亡くして我が家に隣接する敷地の小さな家で一人暮らしをしています。
イジュは背が高く、畑仕事で作られた筋肉には無駄がありません。
ボロボロの野良着を着ていても印象に残るワイルド系の幼馴染は、太い眉に切れ長の目、高い鼻に厚めの唇となかなかのハンサムです。
イジュが男臭く整った顔に気づかわしげな表情を浮かべて言います。
「さっきメアリーと会ったぞ。また色々言われるんじゃないか?」
「まぁ。懲りないわね、あの子も」
メアリーは村長の娘です。
私の一つ下で十九歳。
金髪碧眼の綺麗な子なのですが、美人であることと村長の娘であるということを鼻にかけている嫌味を絵に描いたような女性なのです。
あまり得意な相手ではありません。
自然と私の表情が渋くなり、それを見たイジュがクスリと笑いました。
「嫌なら道を変えたら?」
「いえ、いいわ。どうせどこかで顔を合わせるわけだから」
噂をしている間に本人の姿が見えてきました。
メアリーの取り巻きであるアンヌとレナも一緒です。
赤毛で茶色の瞳のアンヌは色白で丸く背が低い。一方、レナは濃い茶色の髪と瞳をしている色黒の子で背が高いのです。
メアリーはいつも二人を引き立て役のようにして連れ歩いています。
「おはようございます、聖女さま」
「おはようメアリー」
さっそくの嫌味です。
わざとらしく聖女さまと呼んでいますが、歪んだ笑みを浮かべているメアリーからは尊敬の念など感じません。
確かに彼女は美人ですが、性格に難がありすぎます。
いくら顔立ちが整っていても、表情が歪んでいては美人には見えません。
「おはようございます、聖女さまぁ~」
「ご機嫌麗しゅうございます~」
続いて挨拶してきた二人、アンヌとレナはメアリーの腰巾着です。
村長の娘であるメアリーがボスで、アンヌとレナは子分です。
私のご機嫌など全く気にしていないであろう三人は、女同士で生まれやすい例のアレ的な上下関係で結ばれています。
でもこの関係、女性の立場は結婚相手次第で変わるので簡単に破綻するんですよね。
王都の聖女たちを見ていて学びました。
女性の立場なんて貴族でも簡単に変わるのに、こんな小さな村でつるんでも……ねぇ? と思っているのですが。
当人たちは何の疑問も持ってはいないようです。
アンヌは男爵家の遠縁にあたる娘で、色白グラマーではあるのですが、真ん丸の顔に糸をくっつけたような顔をしています。
その細い目で弧を描いてニィと嫌らしく笑いながらコチラを見てくるのです。
アンヌの隣では、レナもニヤニヤしています。
その表情には、人の良さとか高貴さとかは欠片もありません。
レナは茶色の髪と瞳と肌を持つ女性です。
日に焼けたような肌色は田舎ではとくに珍しくもありませんが、商家の娘で畑仕事などしないからか筋肉がなく、ひょろひょろと細長い体型は目立ちます。
この村の者にしては良い家の娘たちなので、二人はメアリーに気に入られています。
私は貴族や豪商の娘も聖女として多く在籍している王都の神殿で修行しましたので、気に入る基準が意味不明としか思えません、が。
三人は私の前で楽しそうに何かしています。
私をわざとらしくジロジロ見たり、わざと聞こえないくらいの声でコソコソ話しているかと思えばクスクス嗤ったりとか、そういった事です。
王都の神殿では貴族としての教育を受けた令嬢や豪商の娘などに囲まれていましたので、嫌味な行動も洗練されていました。
ここは田舎ですから仕方ありません。
メアリーが無言のまま右手を私の方に向け、左手で額をおさえるという何かに気付いた様子の大げさでわざとらしいジェスチャーをとったあと言いました。
「そういえば聖女さまは、お誕生日を迎えたのですよね?」
「ええ、おとといね」
本題に入ったようです。
「「「おめでとうございます、聖女さま」」」
三人娘はそれぞれに祝いの言葉を口にしましたが、目には意地悪な色を浮かべてこちらを見ています。
「それで……お幾つになられたのですか?」
はい、本題が来ました。
私は正直に答えました。
「二十歳よ」
「「「まぁ、二十歳⁈」」」
三人は引き気味のジェスチャーで、わざとらしく衝撃を受けて驚いた風の演技をしています。
この村では二十歳で嫁に行っていない娘は行き遅れと呼ばれています。
結婚も婚約もしていない私は立派な行き遅れです。
でも、この子たちだって似たようなモノなのです。
一歳しか違わないので、「あなた達だって十九歳じゃない」とツッコミたいけどやめておきます。
私は聖女ですから、そんな底意地の悪いことを言ってはいけないのです。
「聖女さまなのに、行き遅れなんて」
「貴族と交流のある聖女さまが、行き遅れるなんて」
「貴族どころか王子さまとも親交の厚い聖女さまが……」
三人組はコソコソと嫌味なことを言い続けていますが、相手にしないのが一番です。
「私は失礼しますわ。これでも忙しい身なので」
笑顔でサラッと大ウソを織り交ぜた言葉を伝えて会釈して、私よりも気分を害したような表情をしているイジュと一緒にその場を立ち去りました。
揉め事は避けたいですからね。
私は楽しい我が家に帰ります。
それにしても、あの子たちは何故あのような嫌味をわざわざ言いに来たのでしょうか?
私が結婚して聖力を失ったりすれば、村にとっては大損害です。
田舎は理解に苦しむことがちょいちょい起きるので困ります。
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