行き遅れ聖女の結婚騒動

天田れおぽん@初書籍発売中

第1話 聖女でございます

 私は二十歳の聖女、アマリリスと申します。


 マグノリア王国の端っこにあるクヌギ村というところに住んでいます。


 クヌギ村は一年を通して温暖ですが、春はことのほか穏やかです。


「今日もお天気はよさそうね」


 藍色をオレンジピンクに染めながら徐々に明るくなっていく空を眺めて私は独り言ちる。


 柔らかな風を受けて白い聖衣とピンク色の長い髪が揺れます。


 とても気持ちの良い朝です。


「魔獣の気配もないわ。平和ね」


 この世界には魔獣という恐い生き物がいます。


 それに瘴気というものも漂っていて、毒のように獣や人を蝕みます。


「さぁ。平和を維持するために、しっかり祈りましょう」

 

 私は白い聖衣をはためかせて神殿を目指します。


 村人たちもそろそろ動き出す時間ですが、村の端にある神殿の周囲には私以外の人影はありません。


 神殿は自然豊かな村の中でも緑の匂いに土の匂いと自然の芳香が濃く漂う、ワイルド寄りの場所にあります。


 神殿といっても、東屋のような簡単な造りのものです。


 自然に生えたままの大木を一部利用して作られた建物には屋根も付いていますが、簡素すぎて森への入り口のようにも見えます。


 中にあるのは祭壇だけの質素なものですが、聖女が祈ればそこは神殿と変わりません。


 私は二年前に生まれ故郷であるこの村へ戻ってきましたが、その前は王都の神殿にて聖女としての修行を積んできました。


 修行を終えた聖女であれば、小さな神殿を一人で管理することもできます。


「さて、と。朝のお勤めをしなくてはね」


 私は、いつもと同じように祭壇の前に立ちます。

 

 祭壇の上にあるのは聖力石せいりょくせきという大きな石です。


 聖女が祈ることで聖力石に力が宿り、ジワジワと染み出るように漂ってくる瘴気を払ったり、魔獣よけなどの効果が期待できるのです。


 我が村の聖力石は、分厚い机の天板のような長方形です。


 そこには先客がいました。


「ふふ。今日も、あなたたちの方が早かったわね」


 聖力石の上には白や赤、青や黄と色合いも賑やかな小鳥たちが、可愛らしい声でさえずりながら戯れています。


 ふわふわした羽に包まれた小さな命たちに混ざって、ふわふわした毛に包まれた小型の動物たちもいます。


 心癒される瞬間です。


 神殿に野生動物たちが可愛らしくも元気な姿を見せることは珍しくありません。

 

 なぜなら聖力には、動物たちを引き寄せる力があるからです。


「ごめんなさい。まだ力を注いでないの。もう少し待っていてね」


 聖力石の上で遊ぶだけで動物たちには少しずつ聖力が宿ります。


 野生動物たちは様々な場所に散っていきますので、人が労力をかけなくても聖力を国の隅々にまで行き渡らせることができるのです。


「あなたたちが手伝ってくれるから、私は大助かりよ」


 話しかけるとキョトンとした表情で小首をかしげ、こちらを見る動物たち。


 彼らは人間の事情を知りません。


 それなのに助けてくれる頼もしい相棒たちです。


「聖力を使えば、聖女だって疲れるのよ。知らない人たちは聖女なら無限に力が湧き出るように思っているみたいだけど……」


 世の中、そうそう無限に溢れるものなどありません。


 そのことを理解してくれない人間が多いというのも皮肉なことですが……。


 動物たちが自発的に手伝ってくれるようになっていること、そのものも神の恵みです。


 神殿は動物たちがいつでも出入りできるように、あえて隙間の多い造りになっています。


「ふふ。今日も協力お願いします」


 リスや小鳥などモフモフした生き物たちの戯れる光景に、私は自然と笑顔になります。

 

 動物たちには聖力を心地よいと感じる能力はあっても、細かな働きまで分かっている様子はありません。


 それでも、彼らに働いてもらうことで人間の世界は助かりますし、動物たち自身も聖力で守られるのです。


 ウィンウィンの関係ですから、遠慮なく手伝ってもらうことにしています。


「結界も大丈夫そうね」

 

 王国は国全体が結界で覆われています。


 結界さえしっかりしていれば、地方の神殿にはさして負担がかかりません。


 だからこそ、聖女一人で神殿を維持することが可能なのです。


「王都の神殿も人手が足りているということだわ。平和、平和」


 結界は王都にある神殿によって管理されています。


 私も修業期間中は王都の神殿で祈りを捧げ、結界を張るお手伝いをしていました。


 瘴気払いについては聖女が各地を巡って行っていましたが、聖女が各地で生まれるようになってからは聖力石を使うことのほうが多くなっています。


「この程度の澱み具合なら、いつもと同じ程度の祈りで大丈夫ね」


 祈りを頑張りすぎると聖力を使い過ぎてしまい、いざという時に使い物になりません。


 そうなった時には、王都の神殿に助けを求めることになります。


「支援はタダでは得られないもの。力の無駄遣いはできないわ」


 聖女を招いて瘴気を払ってもらうのにもお金は必要ですし、聖力石もタダではありません。


 力がたっぷりと注がれた聖力石を購入するとなると高いですが、カラのものであれば安いのです。


 管理も難しくありません。


 聖女が毎日少しずつ聖力を注げば日々の瘴気をしのぐことができますし、費用も抑えることができます。


 そのため地方出身の聖女は修行を終えると地元に戻って聖力石の管理に当たるのが普通です。


 私も地方出身の聖女として、村の聖力石の管理にあたっています。


 王都の神殿にいた方が出世も望めますし、お給金もよいのですが、私は地元でのんきに祈っているのが性に合っています。


 一羽の小鳥が聖力石から私の頭に飛び移り、可愛らしい声で鳴きながら髪をつついてきました。


「あら、羽繕いをしてくれるの? ふふっ。ありがとう」


 ピンク色の髪には聖力が宿っていて、聖女である目印です。


 赤味が濃いほど強い力が宿っています。


 私の髪は濃いピンク色で、瞳は赤味の強いガーネット色です。


 聖力が強い証拠です。


 私は日に焼けたり、力が必要な仕事はせずに祈ってきました。


 ですから肌の色は白く、筋肉も薄めです。


 身長は163センチほどあります。


 細身でスラっとしていて色白な私は、聖女としての見栄えはよいです。


 そのため、村に戻った後も式典などのイベントの際に呼ばれることもしばしばあります。


 イベントに華を添える聖女という存在は、王族や貴族、豪商など地位や財力に恵まれた方たちにも重宝されているのです。


 生臭い話ですが、良いお小遣い稼ぎになるので私としては大歓迎です。


 ですが、それを良く思わない者も出てきます。


 地位や財力を持つ人たちにチヤホヤされているのが気に入らないようです。


 私としては仕事をしているだけなのですが、あらぬ疑いをかけられたりなど嫉妬が凄くて困っています。


 聖女は純潔を求められますので、身分の高い方々と親しくなったとしてもそれを利用することはできないのです。


 結婚などしたら力を失ってしまいますし、私は仕事にやり甲斐を感じているので、玉の輿に乗るつもりなどありません。


 しかし口さがない人たちというのは、どこにでもいらっしゃるものです。


 「貴族と仲良しでいい気になってる」「あの子ズルい」「玉の輿狙ってる」


 などなど。ちょっと何言っているか分からないです。


 世の中って難しいですね。

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