第2話 飼い主と飼い犬

「犬って・・・・・・具体的に何をすればいいんだ?」

 まさか、SMプレイを強要されているのか?


「竹達くんはさ、外で放尿したことはある?」

 俺は全身鳥肌が立った。思わず後退あとずさりしてしまう。

 この女と関わったら人生が詰むっていうことを知らせる警告音が鳴り止まないんだよ。

 すると秋月は頬杖を付いて、ほくそ笑んだ。


「冗談だよ。でも、これは付けさしてね。それが協力する条件」

 そう言って彼女が取り出したのはリングの付いたネックチョーカーだった。俺は思わず口角がひきつった。そのネックチョーカーが首輪の代わりってか。

 俺は大腿の震えを感じていた。この女にいつか殺される未来しか見えない。

 今、俺の頭のなかではシューベルトの「魔王」が鳴り響いている。不吉だ。


「わ、わかった・・・・・・・・」

 そして秋月が俺に近づき、ネックチョーカを取り付けた。首もとに違和感しかない。その感情を悟ったのか、秋月は笑って「すぐ慣れるから。」とまたしても怖いことを喋った。


「じゃあ、早速君。焼きそばパンとコーラを買ってきてくれるかしら」


 俺は愕然としすぎて顎が落ちそうだった。

 

 ◇


「で、どんなゲームを作るの?」

 もくもくと焼きそばパンを食べながら秋月はそう喋った。

 俺はどうしてか秋月の前で正座をしていた。理由はよくわからない。秋月に強要されたわけでもない。なぜか、そうしているのだ。


「スカートを切られた――」

 コーラを飲んでいた彼女は、飲み物が気管に入ったのかむせ込んだ。


「ワンコ君って変態だねえ」

 少々冷ややかな目でこちらを見てくる。いやいや、お前に言われたくねえわ。


「例えばの話なんだが――女子の世界って混沌としていて、切れ味の良い鋏を振りかざすことが正義で、誰かがそれで切りつけられても、たとえ自分を守るスカートを切られても、全員黙視で。そんな世界。俺はそれが許せない」


「ワンコ君。えらい既視感があるような目線で物を語るね。なにかあったのかい?」


 俺はそれを無視して、


「だから俺は、少しでもそんな世界を救うためにゲームという手段を用いて世界に発信するんだ」

 すると秋月は大笑いした。なに笑っているんだよ、と俺は腹が立ったが、次の彼女の言葉に唖然としてしまった。


「一週間、時間ちょうだい。最高のプロット完成させてみせるから」


 ◇


「ただいま」


 俺は帰宅し、その足で妹の部屋へと向かった。

 固く閉ざされた扉の前に、昼食を平らげた空の食器が乗ったトレイがある。そしてそこに付箋で「ありがとう、お兄ちゃん」と書かれていた。料理を作ったのは俺だからその感謝だろう。

 溜め息を妹に聞こえないように吐いて、トレイを持ってキッチンで食器を洗った。

 ――食べないよりかはマシか。

 

 妹の眞依まいがひきこもるようになったのは昨年からだ。原因は過度ないじめ。

 そして中学三年である眞依に、両親はプレッシャーを掛けた。進路はどうするの、だったり中卒じゃあどこも雇ってくれないとか、毒にも薬にもならない言葉で説教を垂れて。だから俺は妹を守る方法を考えた。しかし所詮消費系オタクでしかない俺に、守れる力なんてないことが分かった。

 俺は憧れていたんだよ。漫画やラノベの主人公に。ヒロインを格好良く守るエロゲーの主人公に。

 今は十六歳。高校には通っていない。就職もしていない。ずっと、あの狭い自室の空間で自分と闘っている。

 俺は、ネックチョーカーを触った。待ってろよ。眞依。

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