第3話 妹

 高校の学食にて。俺はハムカツカレーを橘と一緒に食べていた。

 そんな彼は、俺のネックチョーカーを見ては開口一番「お洒落してんのか? 似合わねえぞ」と失礼な言葉を言ってきたので正直に付けることになった経緯を伝えると、同情の目線を投げてきた。

 なんだろう、すごい腹立つな。

「某人気アニメのスイッチを押すと首が切断されるなんとかチョーカーみたいだな」

「やめろ縁起でもない。この歳で生殺を他人に握られたくないわ」


 彼は笑った。「そうだな」


「まあ、アニメネタはさておいて。例の彼女が最高のプロットを作るって言うんだから、期待して待っておけよ」

「そうだよな……」

「あっ、ハムカツ一個やるよ」

「おう、サンキュー」


 彼はハムカツを俺にスプーンで渡してきた。彼はいま、体脂肪を減らすトレーニングをしている。そんな彼、実は柔道部のエースなのだ。

 

 ◇


「で、眞衣ちゃんの様子はどうなのよ」


 濃厚桃ジュースを飲んでいる橘は、そう切り出してきた。

 ここは学食隣のベンチ。傍には自動販売機がある。


「相も変わらず、お部屋大好きっ子ちゃんだよ」

「ひきこまりなんとかっていうラノベあったよな」

「話をすり替えるな。ひきこまりは知らんけど」


 けらけらと橘が笑う。いや、笑いごとじゃないんだけどな。


「でもよ、俺、眞衣ちゃんのこと好きだから。なんかあったら電話してこいよ」


 俺は、その言葉を聞いても素直に頷けなかった。


 ◇


 小学生のとき、橘は眞衣のことが好きだった。しかし、眞衣はその歳にして目鼻立ちが整い、そんな美人な妹のことが、学校中で噂がはびこる原因になっていた。男子は色目を使い、女子は不機嫌になる。そんな感じだ。

 橘は、眞衣のことを守れないものかと思索をこらした、が、結局なにも出来なかった。そのことを優しい彼はいまも不甲斐なく思ってくれている。


「ただいま、っと」


 妹の部屋の前のトレイを見る。今日は親子丼を作ったのだが、半分以上残してある。俺は口元を押さえた。今、我慢しないと妹のことを怒鳴りつけてしまいそうで。朝、五時起きでパートに出勤する母親が父親と俺のお弁当と眞衣の飯を作っている。この生活をもう一年だ。妹は喋ってはくれないし、いつも付箋で当たり障りのないことを書いているだけだ。今日の残した親子丼にも付箋はあった。『食欲が湧かなかった。せっかく作ってもらったのに、ごめんなさい』

 俺は意を決して、彼女の部屋をノックした。


「なあ、眞衣。橘も心配していたぞ」


 そう声をかけても、彼女は出てきてはくれなかった。


 夜の九時。父親が工場勤務から帰宅して、リビングでコーヒーを啜っていたところだった。そこに話しかけた。


「なあ父さん。眞衣のことなんだけど……」

「なんだよ」


 少々苛立ち交じりにそう言われた。


「仕事で大変なのは知っているけど、もう少し眞衣のこと気遣ってほしい」


 すると俺のことを父が睨みつけてきた。


「そんなの、どうしろっていうんだよ。話しかけても扉から出てこない引きこもりに、掛ける言葉はないだろう」

「そうだけど……」

「もういいか? 俺も疲れているから。母さん、飯」


 パートから帰ってきて、疲れを表情に滲ませている母親が三日目のカレーを食卓に出した。少々怒っているのか、食器を置く時に音が大きく響いた。その怒りは眞依に向けてなのか、と思ったが、「お父さん、あなた眞衣の父親でしょう。少しは考えてはどうですか」と父に対して咎めた。それを聞いて父の顔が歪む。


「母さんまでそんなことを言うのか」


 父親失格だな。冷淡に俺はそう思った。


 ◇


 俺は眞衣の部屋の扉の前にかがみこんだ。


「なあ、眞衣。聞こえてるか」

「……」

「俺、ゲーム作ろうと思うんだ。誰でもない、お前だけのために」

「――お兄ちゃん」


 今、眞衣が言葉を発したか? 眞衣? と訊ねる。


「私のこと、忘れないでいてくれてありがとう」


 その言葉が最後だった。



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