九日目〜十一日目(三日間こもる)→十二日目へ移動。
祝祭十二日目の地下の宝物庫。古傷。
祝祭九日目から、私は予備の水晶球を宝物庫から幾つか持ち出し、部屋にこもって遠見を試していた。
遠見をするといっても、今回は自分の目として城下町やイエルの様子を覗き見る他に目的がある。
オルウェンが言っていた。
ラナの子供は、行ってはいけない海域に入って海流に呑まれたと。そう聞いてピンときた。
リーバの母犬と兄弟の飼い主である旅の商人ダンテ・アステアから以前、教えてもらったことがある。
新大陸ガザルの途中にある魔の海域──レッドルートのことを。
幼なじみのキルクも商人だが、ダンテも商人の中ではかなりの凄腕だ。
愛犬のマルチーズと共に、あらゆる大陸へと単身で渡り歩く。戦う商人と呼ばれている。ギルドでも屈指の
そんなダンテが乗船する前に言っていた。
これから自分が航海に出る船は、新大陸ガザルへ向かう。
しかし途中にある魔の海域──レッドルートには、五年前から突然化け物が出現するようになった。
そこを通る船はことごとく海に沈められ、多くの旅人たちが犠牲になっているという。今ではレッドルートは通行禁止の魔の海域になっているのだとか。
最短ルートを通れず、かなりの遠回りとなるため、通常一ヶ月かかるところを、三ヶ月近くかかって海を渡る。
新大陸ガザルへの航海は危険が多く、敬遠されがちで、なかなか開かれた貿易には程遠い。
お陰で船員も旅人も皆困っているそうだ。
おそらくラナの子供が海流に呑まれた海域とは、レッドルートのことだろう。
となると、安易に踏み込んではいけない領域だ。それも、なかにはそういった呪われた場所を遠見して呪いにかかってしまう前例もある。慎重をきす必要がある。
とはいえ、今回の化け物が発生するようになった騒動は五年前からというし。おそらく呪いの類いではないだろう。
ラナの子供の遺骸は見つかっていない。なら、希望はあるはずだ。
まずは近場から始めて徐々に海域へと距離を縮めていく形で進めるようにする。しかし海は広大で、目的の海域をくまなく確認するには相当な時間がかかるだろう。
これまで新しいのを手に入れると、古いものは無造作に宝物庫へ入れていた。どれがどの程度の性能かを選別するのも兼ねて、一度整理整頓することにしたのだが……水晶球は作られた材質によって一つ一つ属性も性能も違う。
水辺や水中を映すのに特化した属性のものもあれば、陸地に特化したものもある。
今回壊してしまった水晶球は万能型で「ガイアナルース」と呼ばれている。
ありとあらゆる、どんな場所にも適応し、隣の大陸ですら鮮明に映し出すことが可能だ。商人ならば、喉から手が出るほど欲しい滅多に手に入らない
選別作業も兼ねた海域の遠見は思ったよりも時間がかかり、気づけば連日徹夜で試行錯誤する日々を私は過ごすこととなった。
祝祭九日目。部屋にこもる。リーバがカエルを持ってきたので池へ逃す。
祝祭十日目。部屋にこもる。リーバがドブネズミを持ってきたので悲鳴をあげる。
祝祭十一日目。部屋にこもる。リーバがニワトリを持ってきたので飼育小屋へ戻す。
そして祝祭十二日目になったばかりの深夜遅く、私は地下の宝物庫にいた。
この三日間、部屋にこもり、ずっと予備の水晶球で遠見をしている。つい先刻、部屋で試したので、ちょうど選別作業が半分終わったところだった。
ちなみに海水で浸水した私の自室は、祝祭十日目にはしっかり乾いていて片付けも終わったので、私は祝祭十一日目には自分の部屋に戻っている。
先程試したのは、予備の中でも一番品質が低い水晶球だ。近場でないと鮮明にうつらない上に、扱いづらい。言うなれば一昔前に出回った、旧式の精霊具のようなものだ。
選別前から多少は想像がついていたのだが、国宝級の水晶球の精度を知っているだけに、品質の低いものの使用を続けるのは苦痛でとても耐えられなかった。
三日間の疲れも相まって「やっぱり駄目だったか」と肩を落とす。
さらに言うと、水晶球の半分を選別した現時点でも、今のところ水の属性を持つ水晶球は見つかっておらず。落胆の色は隠せない。
そこで、まだ他に試していない予備の水晶球の残り半分の状態を確認するため、宝物庫にきたのだ。
けれども、めぼしいものはそうすぐには見つからない。
近くにあった宝箱の形をした木箱の上に、勢いよくドカリと座り込む。
全身が酷く
前かがみになり、肘を膝に乗せる。だらりと両腕を垂らし、うなだれて休憩していると──声がかかった。
「いったいいつまでやる気だ?」
ゆっくりとした動作で疲れた顔を上げると、前には
「さっき部屋で試した水晶球で半分終わったところだよ。だからあと半分残ってる」
言い方が少し投げやりになってしまったのは、ここ三日間ろくに休憩を取っていなかったからだ。
すると、イエルの溜息が聞こえた。
「熱心なのはいいが、ちゃんと食べ物くらいは口に入れろ。リーバが毎日心配して餌を運んできてるのがわからないのか?」
遠見を止めるよう説得するのは早々に諦めたらしい。
さすが義理でも兄弟だ。イエルは私のことをよくわかっている。
「ああなるほど。だから毎日獲物を運んできているのか……」
言われて、実は先程から私が座っている木箱の近くにチョコンとお座りしているリーバを見る。今日持ってきたのはトカゲだった。
尻尾が千切れて、床でビチビチしているのを見て、思わずヒッと悲鳴が出そうになる。
鳥肌が立つ。それにゾワゾワする。
だからリーバが来ているのを知っていながら、見ないことにしていたのに……
リーバが宝物庫に来てからゆうに三十分はたつけれど、未だ同じ場所にお座りしている。
青いおめめで一心にこちらを見つめ、口に咥えたトカゲを差し出していた。
それにしてもお前、何てものをお口に……
褒めてほしそうにこちらを「キューン」と見上げている。受け取るまでは動かなそうだ。
「い、イエル。それ何とかしてくれ」
「お前に持ってきたのを俺が受け取るのか?」
「うっ」
正論すぎて反論できない。仕方なく、私は近くにあったホコリよけ用の布を手に巻き付ける。おそるおそる手を伸ばし、悲鳴を上げないよう堪えて受け取ると──リーバは大喜びで「キャン!」と一声鳴いて短い尻尾を振りながら部屋を出ていった。
リーバの姿が見えなくなり、私の硬直した手からイエルがトカゲを掴んで窓から放り出す。
「助かった。ありがとう」
礼を言うと途端、体から力が抜けた。座っているのに体を支えられずにふらふらと倒れそうになるのを、見かねたイエルが支えるように私の片腕を掴んだ。
「ろくに寝てないからそうなる」
「…………」
平気だと言いたいところだけれど、酷い眠気に、それと精霊力を使いすぎたのもあってヘトヘトだ。大人しく片腕を掴まれながら、私は口を開く。
「どうやら、ラナが狩りをリーバに教えたらしいんだ。今まで狩りで獲物を取ってくることなんてなかったのに……」
段々とリーバに猫の修正が混ざってきている気がするのは気のせいか。
私が眠気混じりに会話しているのを、イエルは気づいている。あまり深入りせず、「そうか」と素っ気なく答えた。
「あ、そのまま行かせちゃったけど、リーバが夜更かししてるから寝かしつけないと」
今は深夜だった。睡眠不足で判断が鈍っている。
リーバの青い目はキラキラしていて、冴えているように見えた。多分あの子は、これから遊ぶ気だ。
「なら、お前も少し休んだらどうだ? あまり不規則な生活をしていると、そのうちリーバが大物を狩って来るかもしれないぞ?」
「え? 大物って何?」
「最近、城の調理場に大人の拳ほどの大きさの巨大Gが出現しているとの話を聞いている。狩りにはちょうどいいかもな」
そういえばここ数日、悲鳴のような声を何度か聞いた気がしていた。睡眠不足だったし空耳かと思っていたのだが、気のせいじゃなかったらしい。
もう少ししたら、私は作業を再開するつもりだった。
けれど調理場の巨大Gの話を聞いて思い直す。
この三日間、すでに別の獲物で体験しているだけに、それが冗談ではすまない話だとゾクリと背筋に悪寒が走る。時には妥協も必要だ。
それに話しているうちに、ふらつきが少しましになってきた。部屋に戻るなら今だ。
「わかったよ。これからまた遠見するつもりだったんだけど。さすがに今日は部屋に帰ってもう休むよ」
聞き分けのよい返答をして立ち上がると、私の腕を掴んで支えていたイエルの手が離れた。
「じゃあ、そういうわけだから」
早々に撤退しようとしたすれ違い際に、クスリと笑われる。
「何だ。今回は随分と熱心なんだな」
イエルには、私が何をしているのか話していない。そしてイエルも、何をしているか聞いてこない。
だから一瞬、思わず立ち止まるも「まあね」と軽く返して私は扉に向かい歩き出す。
ちなみにオウルには成り行きでラナの子供のことをチラッと話したけれど、探すつもりなのは言わなかった。
そうして宝物庫を出ると、私は一人ごちる。
「……中途半端なことはしたくないんだよ。だって、まだ生きているかもしれないじゃないか」
昔、自身の勝手で父を失った、あのときの心の古傷が疼く。それを忘れるように、私は途中で
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