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祝祭十六日目の来訪者。水晶球修復。

 先日のイエルとのやり取りで、まず調理場の衛生管理を私は徹底させ、G退治用の罠などを仕掛けるようオウルに指示を出したものの捕まらず。


 リーバから大物のプレゼントがいつ来るかもしれない不安な時を過ごすなかで、適度な体調管理も気遣いの一つと気づいた私は、残り半分の水晶球を選別しながら規則正しく生活していた。


 お陰で祝祭十三日目から祝祭十五日目の三日間は、リーバからのプレゼントが止まってひとまず安心する。──が、代わりに別の事態が起こった。


 祝祭十三日目。規則正しく生活する。リーバが枕を咥えて来たので一緒に就寝する。


 祝祭十四日目。規則正しく生活する。リーバが毛布を引きずって来たので一緒に就寝する。


 祝祭十五日目。規則正しく生活する。リーバが前足でツンツンしてきたので一緒に就寝する。


 夜更かししていたリーバを拾い、寝かしつける目的で一緒に就寝して以来、ずっとこんな調子だ。


 それもリーバは、皆が寝静まる時間帯を把握しているらしい。そろそろ寝る時間帯になると、必ず私の部屋に現われるようになってしまった。何て規則正しい子だ。


 ちなみに普段から不規則になりがちな私の生活をよく知るオウルは、この新しいリーバの習慣を大歓迎しているもよう。


 私にとって家族同然のリーバに、ご飯を用意するのは執事長であるオウルの大切な仕事の一つだ。オウルの仕事に口出しする気は微塵もないが、そのご飯が最近いつもより若干豪華になっているのに、私は気づいていた。


 ──そして現在。


 祝祭十六日目の早朝。キルクに水晶球の修復を依頼してから今日で一週間がたった。


 問題がなければ修復は完了しているはずだ。


 はやる気持ちを抑えて起きたところで、オウルがキルクの訪問を知らせにやってきた。


 客間ではなく、私の部屋へ直接通すようオウルに告げる。


 良かった。これでようやく元の調子を取り戻せそうだ。





 程なくしてキルクが従者を連れてやってきた。


 形式的な挨拶もそこそこに、私たちは低いテーブルを挟んだソファーに向かい合って座り、使用人が入れた紅茶をそれぞれ口に含む。腰を下ろしたキルクの後方には従者が控え、私の後ろにはオウルが付く。


 最初に、挨拶がてら握手を交わしたのだが、互いの距離を詰めたキルクから、ふと香油の神秘的でかぐわしい香りがした。


 異国情緒の匂いが鼻腔をくすぐり、お陰で寝起きの頭がすっかり覚めてしまった。


 キルクは国内外問わず多くの異種族とも交友を深めている。そのせいか、灰色の髪に黄土色の瞳と付けている香りも相まって、どこかエキゾチックな雰囲気をまとう。


 頭にターバンを巻き付け、いかにも商いを生業にしている風情の服装は、幼なじみの私には見慣れた姿だが。洗練された品格すら感じる。会う度、相変わらず美しい男だなと再認識はしてしまう。


 しかし対する私の格好はというと、寝間着に軽くショールを羽織っただけの、来訪者を迎えるには軽すぎる姿だ。


 といってもこれは、時間が早朝というのもあり、キルクはさして気にした様子もない。それよりキルクは、別のことが気になっているようだ。


「修復を急いでいらしたので、早朝に訪問させていただきました。ですが……」


 スーピースーピースーピーと、先程から健やかな寝息が聞こえてくる方──ベッドの上を、キルクがチラリと見る。


 ベッドの上には、大の字でひっくり返って寝ているリーバがいた。


 私が起きたときに、実はリーバも目を覚ましていた。けれど気づいたときには、この状態だったのだ。


 ちなみに二度寝なので、眠りはそこまで深くないらしい。イビキではなく、寝息なのがせめてもの救いだ。


「やはり来るのが少し早すぎたようですね」


 謝罪するキルクに、私は苦笑する。


「いや、あの子はあれで二度寝なんだ。それに私も今日は早く目が覚めていたので問題ない」

「そうですか。ところで、お二人はいつも一緒に寝ているのでしょうか?」

「少し前からな。あの子はベッドがいたく気に入ったらしい。今では私より規則正しいぞ? 就寝時間になると早く寝るよう催促されるし、オウルに至っては私が健康的な生活をしていると泣いて大喜びしている」


 オウルのみならず、リーバの新しい習慣を、城の住人たちは皆歓迎しているようだ。不規則になりがちな私の生活を、陰ながら心配していたらしい。


 以前から感じていた。城の住人たちは、主人のイエルにとても忠実で、よく働く。


 教育も行き届いており、彼らは年中引きこもっている私にも親切で優しい。


 私がホルスト家の血筋で、城主の弟というのはもちろんあるだろう。けれど皆、心根が美しく、己の役割に誇りを持って働いている。芯のある者ばかりだ。


 さすが、城の住人は全員イエルが選別しただけあって、よりすぐりの者しかいない。


 城主の弟として、常々思う。いざというときは命を懸けて絶対に守らなければならない人たちだと。


「それはそれは。では私も新しい習慣を歓迎しなければなりませんね。古い友人であるあなたが健康的に過ごされているのは、私も嬉しいです。以前から少し気にはなっておりましたので」

「お前もなのか……」

「はい」


 にこやかに返される。


 はぁ、相変わらず嫌になるほどいい男だな。と内心溜息を吐く。私が女だったら惚れているところだ。


 それにしても、イエルにオウル、そしてキルクにまで私生活を心配されていたとは……


 遠見に熱中しすぎて朝と夜が逆転するときは多々ある。とはいえ、私はいったいどれだけ乱れた生活を送っていると、周りから思われているのだろうか?


 もんもんとそんなことを考えながら、一口紅茶を飲んで落ち着く。


「さて、そろそろ本題に入るとするか」


 私に先をうながされたキルクは、かしこまって頷く。友人の顔から商売人の顔に変わったキルクは、凛としていて一層美しい。


「お待たせいたしました。これが修復の完了した万能型水晶球ガイアナルースです」


 キルクは従者から木箱を受け取り、来客用の紅茶が置かれたテーブルに、丁寧に置く。続いて重厚な蓋に手を掛けた。


「何だか……前より輝いてないか?」


 木箱の中から現れたのは、高級な紫のシルクの布に包まれた水晶球だ。待ちに待った品物は、元々透明な色を持たない水晶球であり、それに変わりはない。


 けれど、光が当たると虹色を帯びて光沢が増し、自ら煌々こうこうと輝いているように見える。おそらく精霊力を注ぎ込んで遠見をするときも、同じような現象が起こるだろう。


「それは、お預かりした『人魚の涙』の影響かと」


 水晶球の修復で主要となる材料は三つ。


 一つ目は千年貝の虹を閉じ込めたと言われている『七色に輝く貝殻』を二個。


 二つ目は黄金の鱗を持つ深海の古代魚ゴールドフィッシュの『黄金の鱗』を五枚。


 そして三つ目はアクアマリンの宝珠『人魚の涙』を一粒だ。


「確かオウルに使いを頼んでお前に渡したとき、あれは一般に流通している『人魚の涙』とは別格のものだと話していたそうだな」

「はい。商売柄、私も多少そういったものに目が利きますので、一目で気づきました。念の為、その筋に詳しい人間にも鑑定させたところ、人魚の王族が流した涙に間違いはないそうです」


 人魚の王族が流した涙なんて、手に入ることはまずない。秘宝中の秘宝だ。


 けれどもったいないから取っておくとか、そういうことはなしだ。水晶球の修復をしたいと言った私に、オルウェンは渡してくれた。その気持ちをないがしろにはできない。


「そんなものを渡されるとは、よほどその人魚の王族に気に入られたようですね」


 気に入られたというよりも、懐かれたような感じだったが、まあ否定することもないか。


 それより、王族の涙とわかり、余計にラナの子供を探す決意が固まった。


 さっそく木箱から慎重に水晶球を取り出す。


 遠見を試してみると、やはり先ほどの現象が強く現れた。七色の虹が現れ、黄金に光り出す。


 そうして何度か遠見を試してから、私は水晶球を木箱に戻した。今までになく手応えを感じて、感嘆の息を漏らす。


「すごいな。今までもかなりの精度だったがこれは……」


 相当に、水晶球の性能が強化されている。映像の遠近も縮小拡大も自由自在。さらにもう一つ、新しい機能も付いたようなのだが、そちらはおいおい試してみることにする。


「確かに受領した。前金に加えて相応の金額を用意させよう。見事な仕事だった」

「恐悦至極に存じます」


 頭を下げるキルクに満足を伝え、私はカップを手に、紅茶を口に運ぶ。

 

「そういえば、祝祭に参加されたとお聞きしましたが。滅多に人前に出ないあなたがと、人伝に聞いたときには驚きました」

「まあ、たまにはな」

「それも、大層見目麗しい方とご一緒だったとか」

「いくら外出は好まないといっても、こちらが迷惑をかけた相手からのお誘いは断れないだろう? それも人魚の王子様となると」


 ぶっきらぼうに答えて、私は細かな経緯などこれ以上は話さなかった。それでも、王族の人魚の涙が手に入った理由を察するには十分だ。


「なるほど、そういう事情でしたか」

「だがお陰で良いものをたくさん見れた」


 時折紅茶を口に含みながら朗らかに話していると、「キャン!」と下から声がした。


 いつの間にかベッドから下りていたリーバが、短い尻尾を千切れんばかりにフリフリして、私の足元までちょこちょこ歩いてくる。起きてしまったらしい。


「おはようリーバ」


 こちらへおいでと膝を叩く。躊躇ちゅうちょなくリーバは膝に乗ってきて、そこでキリッとお座りした。


 オルウェンのときと同じ反応だ。やはり美しい相手には格好良く見られたいらしい。


「すまないが、あともう一つお前に頼みたいことがある」

「何なりとお申し付けください」

「ここ一週間、予備の水晶球の選別をしていたのだが、少し性能を上げておきたいものが幾つかある。今度は修復ではなく、性能の強化を頼みたい」

「かしこまりました。では詳しくは後ほど、日を改めて伺います」

「頼む。ああそれと、今度は急ぐ必要はない」

「では、早朝に伺うのは控えることにいたしましょう。リーバの眠りを妨げるのは、私も好みませんので」


 キルクがくすくす笑って答えると、リーバがキャン! と鳴いた。自分の名前を呼ばれたのが嬉しかったようだ。

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