祝祭二十日目の自室。監視付きベッド。

 後日、祝祭二十日目の眩しい朝日に煌々こうこうと照らされた海岸にでは、大ダコの足が八本打ち上げられていた。


 海岸は大ダコの足と驚く人々で一杯だ。そこへ──連絡が途切れて行方不明だった商業船も一緒に海岸に現われて、辺り一帯騒然となった。


 幸い商業船の船員は全員、栄養失調でやつれてはいるものの無事だ。


 商業船も大ダコの足も、人魚の計らいだろう。


 商業船の生還に、大ダコの足という大量の食料も打ち上げられて、祝祭はまさにお祭り騒ぎだ。


 八本のうち一本は若干痛みがあったものの、保存食とすれば食べられるだろうと、皆期待していて。救出された船員たちが口々に、遭難中何があったのかを話している。


「大ダコから逃げ回っている途中、何故か追撃を止めたときがあったんだ。その後、出てきた時には大ダコの足が一本切断されていたし、あれは天の助けかと本気で思ったぜ」

「副船長……でも、それからまた大ダコの追撃が始まって、そろそろ無理かも知れないなと思ったときに、現われたんですよね! ね、船長!」

「ええ、まさか人魚の援軍が来るとは思っていませんでしたが」

「船長のライム様は援軍は来ますと。信じていたので、人魚が現われたときには本当に船員全員が驚いていて……あれは何だ? って。それから、人魚だ! 人魚の大群が現われたぞ──! って皆叫んでました」


 ライムはキルクの弟の名だ。年は確か十八だったか。若くして商業船の船長でもある。


「でもそこで、声が聞こえたんだよ」

「声?」

「人魚は俺たちを支援しにきたって。そう聞こえたんだ。だから安心していいって。あの声はいったい誰だったんだろう……」


 大ダコをリーバが退治したのを確認した後、私は人魚たちの動向を万能型水晶球ガイアナルースで一部始終を見ていたから、そこまで心配はしていなかったが。


 そんな話を救出された船員たちが口々に言っていたと、海岸を見てきたオウルから報告を受けて、私は「良かった。間に合ったか」と安堵する。


 キルクには商業船の乗員たちと弟を助けてくれてありがとうと感謝され、思いがけず商人たちに大きなかりを作ることになった。


 今後は何かあったときに力になってくれるそうだ。





 そうしてオウルから早朝に報告を受けている間中も私は、自室のベッドで休んでいた。


 禁止されていた水晶球の使用による、命令違反。これで地下牢への投獄はまぬがれたにしても、これはないんじゃなかろうか。


「リーバ頼む。あの二人とイエルを追い払ってくれ」


 今ではリーバはすっかり丸テーブルを気に入ったらしい。その上で待機しているリーバに、ベッドで休みながら私は話し掛ける。


 すると、言われた当人たちが口々に異論を出す。


「駄目ですよゼトス様、これは団長の命令です」


 と部屋の壁際で起立している騎士団の白の貴公子、ディオンが諭すように言う。


「そうですよ。それにリーバちゃんが団長に手を出せると思います? ゼトス様並みに懐いているのに」


 続いてリーバに同情を示したのは、騎士団の隊長で紅一点、ストロベリーブロンドのピンク髪に青い瞳のお姫様、ラナンシー。ディオンとは反対の壁に背中を預けている。


 私の部屋には、あろうことかベッドの直ぐ横の椅子に着席しているイエルの他に、隊長のディオンとラナンシーまでもが待機していた。


 ちなみに傍にいても気が休まりそうな相手、オウルは仕事で城を出ていていない。私の味方はリーバだけだ。


 団長に隊長二人の監視付きという異常事態に文句をブツブツ言っていると、リーバは善処してくれたらしい。


 リーバがとことこイエルに近づく。


 そして頭を椅子に座っているイエルの足に押し当て、「んー、んー」とグイグイ必死に押しているが、もちろん力は入っていない。あくまでも部屋から出ていってほしいのジェスチャーだ。


「ゼトス様……可哀想ですよ」


 ディオンが憐れみを込めて呟く。さらには板挟みのリーバを見た皆の非難が私に集中する。


「ゼトス」


 リーバに足を押されているイエルに名前を呼ばれた。


 暗に止めさせろとイエルが言っているので、リーバに「ごめん。追い出さなくていいから」と私は話しかける。リーバはイエルの足に頭突きしていたのを止めて、ちょこんとその場にお座りした。安心したらしい。


 私は精霊力を食われた状態で、水晶球を使っておびき寄せたため、さすがに無理が祟ったらしい。


 座っているのに時折、目眩のような感覚に襲われている。医師のオウリからその症状を聞いたイエルは、ついに監視をすることにしたようだ。


「この二人は仕事の話をするために呼んだだけだ。三人でずっと監視しているわけじゃない」


 それは良かった。ということは、じゃあもう出ていくってことだろうかと、目だけで聞くと。イエルは溜息を吐いた。


「二人は置いていく」

「イエルが出ていくってこと?」

「本当は俺が一人で残るつもりだったが、追い出したいのはよくわかった」


 なるほど、リーバに追い出させようとしたのを気にしているのか。


「それより、お前は何でそんなに監視を嫌がるんだ? 体調が良くないのは自分でもわかっているだろうに」

「まだちょっとやることあるんだよ」

「やること?」


 病み上がりどこからちょっと重傷で年中部屋に引きこもってる人間が、何をする気だと思っているようだった。


「王子様と連絡を取りたいんだ。あと、城下町でちょっと買いたい物があって……」


 オルウェンの件はまだ理解できるにしても、後の方が良くなかった。


 言うと、イエルは無言で席を立って部屋を出て行った。これは……すっかり呆れられてしまったらしい。





 そうして、残された室内で、私は両の壁際に起立している二人の隊長を交互に見る。


「本当に、このままでよろしいのですか?」


 話かけてきたのはディオンだ。


 チラッとそちらを見る。


 イエルが出ていった後でも、二人はイエルのことを気にしている。忠実で、律儀なものだ。


 イエルに信頼され、指名されただけのことはある。ディオンとラナンシー、この二人、はっきり言ってとんでもなく目立つ。見目麗しい美男美女だ。


 それにイエルもとんでもない美丈夫だ。落ちこぼれの悩みをエリート騎士たちが理解出来るはずもない。


「別にいい。少しくらい心配させておかないと、あの人はすぐに私など忘れてどこかへ行ってしまうのだから。それに私はいつも城にいるのに、あの人は自由に外の世界にいて、いつも心配しているのは私の方だ。それでは不公平だろう?」


 軽口を叩く調子で、私が珍しく本心を言ったのに二人とも驚いたようだ。


 確かに普段は誰と話をするときも、私は滅多に本心を話さない。それは二人も何となく気づいていたのだろう。そして私も、何故こんなことを言ってしまったのかと、内心驚いていた。


「それにイエルとラナンシー姫が付き合っていて、結婚秒読みの噂は聞いているし……」


 言ってから理解した。


 その噂を聞いてから、ずっともやもやしていた自分に。そして本心を言ってしまったのは、その相手がこの部屋にいるからだと。


「あの、ゼトス様は何か大きな誤解をされていらっしゃるようですね」

「誤解?」


 ラナンシーの非難の目が止んだ。どうしたのかと見返すと、気遣うようにラナンシーはこちらへ優しい眼差まなざしを向ける。


「私が好きな方を追いかけて騎士団に入隊したの事実です。ですが私が恋する相手は団長ではありませんわ。団長はもちろん尊敬していますが」

「ではいった誰と……そうか、ディオンか? 美男美女でお似合いだな」


 言うと、ディオンがキョトンとした。違うらしい。


 ラナンシーが「いいえ」とクスクス笑って首を横に振る。


「私が好きな相手はオウラです」

「え、オウラ?」


 イケオジの? と目をパチパチさせる。


 イエルとの関係については、勝手に噂好きの誰かが流したもので、真実ではない。


 ラナンシーの好きな相手はオウラだということは、団員なら誰もが知っている事実だという。それに、隠すことでもないらしい。ラナンシーは、勘当覚悟で国王夫婦である両親にも正直に話をして、出てきたそうだ。


「それにもう一つ、ゼトス様は誤解されていらっしゃいますわ」

「もう一つ?」

「団長は誰よりもゼトス様を気にかけていらっしゃいます。事実、ゼトス様を襲った公爵家のご子息ナイヤ様に、ゼトス様に近づくのは今後一切許さないと警告しているのはご存知ですか?」

「いや、それは知らなかった……」


 何だそれは? イエルはそんなこと一言だって教えてくれなかった。いや、私が深く話をしようとしなかったから、そのせいか……


「ゼトス様、あちらにコーヒーとドーナツがあるので、よろしかったら一緒にどうですか?」


 落ち込んでいるのに気づいたらしい。ディオンが壁から離れて、こちらへやってきた。ベッドの横で止まる。


「動いていいの?」


 ベッドから出たらイエルに駄目だと言われているのに、そんなことを言って良いのだろうか?


 ディオンを見上げていると、「はい」と小さく頷いた。


「少しくらいなら団長も怒りません」


 ディオンは清楚なのに色気もあって、本当に困るくらいいい男だ。


 その微笑に危うく心を持っていかれそうになるので、なるべく私に近づかないでほしい。


 それから少しだけ、肩を借りてコーヒーとドーナッツの置かれたテーブルへ移動する。ゆっくりとソファーに腰を下ろし、手前の低いテーブルにあるカップにディオンからコーヒーが注がれるのを眺めながら、過ごす時間は不思議と安心できた。


 コーヒーを淹れ終わるのを確認してカップを手に持ち、私は口に運ぶ。一口飲むと、ほんわり緊張が和らいだような安堵感が広がり、落ち着く。


 そこへ、遠くからずっとこちらの様子を見ていたリーバがとことこやってくる。


 私の横にぴょんっと上がって、そこ伏せった。一緒にいたいらしい。


「二人とも、気晴らしをありがとう」


 リーバの頭を撫でながら、礼を言う。


 二人には、兄にかまって貰いたい弟と思われたかもしれないが、まあいい。実はブラコンかもしれないと自分でも昔から思っていたし。


 とりあえず生じてしまったかもしれないブラコン疑惑は置いておく。


 話をしたら、何だか色々スッキリして、私はその後ベッドに戻るとぐっすり眠ることができた。

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