祝祭十八日目の会合。愚か者の散歩。

 後日、商人の代表としてキルクが城に呼ばれた。


 呼び出したのは城主のイエルだ。そして内容は、魔の海域レッドルートの化け物という、祝祭十八日目にしては全くめでたくない内容だった。


 会合の席に呼ばれたのはキルクの他に、オウルと私、そして騎士団の隊長たちも含まれる。


 主な説明は私が行い、イエルがゼノンの領主として全員の考えを取りまとめる形で、会合は速やかに行われた。 





 早朝に始まった会合が終わったのは、午後三時過ぎだった。


 内容は今後、別の大陸へ渡航する船のより安全なルート変更及び、諸外国への警告。そして海の民である人魚たちに、協力を仰げないかなど、貿易に関わる安全と利益、当面の見通しなどが話し合われた。


 会合を終えると皆足早に席を立ち、退出したが、手元の資料を整理しているイエルの他にまだ残っていた私にキルクが話し掛ける。


「まさか魔の海域レッドルートの正体が化け物とは……我々貿易を生業にする商人にとって、これはかなりの有益な情報になるでしょう。ゼトス様、遠見の力による解明、誠にありがとうございます」


 大人数が座れる長テーブルの中央に位置する上座にはイエルが腰掛けている。私はその隣に座り、真向かいにはキルクが着席していた。 


「まさかとは思うけど、キルクも討伐に参加するつもりじゃないだろうな?」

魔の海域レッドルートの化け物は、我々商人にとって多くの同胞を殺された仇ですが、それ以前に、もはやこれはあなた個人の抱える問題ではなく、ゼノン全体の利益に関わる問題となりました。そして当然、私たち商人もまた、相応の措置をこうじるつもりです」


 もちろん措置が決まりましたら、ご報告いたします。とキルクはイエルに告げる。


「祝祭中は基本的に騎士団による殺生は禁止されている。祝祭が終わるまで騎士団は領土に留まり、遠征に出ないのもそのためだが。祝祭が終わったら騎士団も即刻、大ダコ退治の遠征に出ることになりそうだ」


 淡々と返答するイエルに、キルクもまた同意する。


「ええ、そうなるでしょうね」

「やれやれ、祝祭後はタコパーティーになりそうだな」


 え、真面目なイエルがそんなことを言うとは思わなかった。


 昔からイエルとキルクは気が合う仲だ。軽口を言い合う二人を眺めながら、私は目を丸くする。


「半年後の精霊祭がどうなるか楽しみです」

「そういった催し物へ変更するよう考えてもいいかもしれない」

「大ダコ討伐記念と組み合わせた精霊祭ですか、それはそれは素敵なタコパーティーになりそうですね」

「あの、二人とも、タコパーティーって……」


 何だか、楽しそうだな。二人とも。うらやましい……何て意地でも思うものか。ふんっ。


 先日、私が大ダコについて報告したときも、こちらが動揺しているのに反して、イエルは至極落ち着いていたし。やはり、歴戦の騎士は肝が違うらしい。


 そしてキルクは大商人で、王族貴族との繋がりを持つ。才覚がある物同士、気が合うのも道理である。


 ホルスト家で水晶球が扱えるのだけが取り柄の私が蚊帳の外でいると──キャン! と鳴き声が入口の方からしてくる。


 会合中、部屋から閉め出されていたリーバがやってきたらしい。席を立ち、扉を開けてやると、即効で入ってきた。


「確か、昨日はリーバの毛はタコをみた衝撃といっていなかったか? まだ治らないのか?」


 イエルが疑いの眼差しを私に向けている。それもそのはず。


 リーバの毛は先日、大ダコの衝撃でボンッと全身逆立っていたときと同じ現象が起きていたからた。


「まさかゼトス様、また水晶球を使ったのではございませんよね?」


「してないよ」と軽く返事をしながら、私は肩をすくめる。


 続いてキルクからも、疑念を抱かれてしまった。私はこの二人からどれだけ信用がないのだと言いたいところだが、無理もない。


 今回招集された騎士団の隊長たちには、魔の海域レッドルート解明のため遠見したら正体が大ダコと判明したと言って、体裁を繕ったけれど。


 ラナの子供を探して魔の海域レッドルートを遠見したことは、説明する上で必然的にイエルには昨日話すことになってしまい。


 キルクにはラナの子供のことは話していないが、気心の知れた幼なじみだけに、元より解明のため以外の理由が何かありそうだと疑われている様子。


 そういう経緯もあって、危険な大ダコの干渉を受けないようにするためと、大ダコが討伐されるまで私はイエルに水晶球の使用を禁止されてしまった。


 イエルはあくまで私を守るのを目的としている。それがわかっているだけに、私も反対はできなかった。


「リーバのこれは、昼食に食堂でタコを見てしまったからなんだ」

「タコを見ただけでこうなるなんて、タコにアレルギーでもあるのか?」

「まあ、ちょっと似たようなものかも」


 今日の昼食は、よりによってタコ料理だった。リーバは犬用のご飯だが、食堂に並べられたタコ料理のなかに、タコの丸焼きもあったものだから……


 タコを見たら毛がボンッと逆立つようになってしまったらしい。


「昨日も暫く様子を見てたら二、三時間で治ったし、そろそろ元に戻るよ。あ、ほら」


 言っているうちに、リーバの毛がシオシオと膨らんでいた毛が縮んでいき、戻った。形状記憶で助かる。


「俺はこれから式典の打ち合わせがある。お前も知っての通り、今回の祝祭は半年後に行われる精霊祭の予行演習も兼ねている。だからお前にかまっている時間はない」

「うん、そうだね」

「また何かあっても面倒だ。下手な真似はするなよ?」

「はいはい。下手な真似したくても、精霊力を大ダコに食われたんだ。よっぽど頑張らないと暫く使うのはキツいからやらないって」

「精霊力を食われた?」


 あ、と思って口を閉じる。そこはあえて言わずにいたところだった。けれど、素っ気ないイエルに反応して、ついつい言ってしまった。


「どうやら、俺が聞いていないことがまだあるようだな」


 口を割らない顔をしていたら、諦めたみたいで安心する。


「ちなみに半年後の精霊祭と、私の成人の日がちょうど被っていて、精霊祭の陰でこっそり成人を迎えることになるのはイエル知ってる?」

「知っている」


 ふーん。知っていたのか。


「それは良かった」


 サラリと言うと、イエルが怪訝そうに眉を顰める。


「お前は先程から何を怒っているんだ?」

「別に私は怒っていないよ。ただイエルの頭には精霊祭しかないと思ってただけで」


 イエルは目を瞬いた。何をこだわっているんだという顔をしている。


 イエルは優しいけれど、基本的に私の傍には長居したがらないから、弟の誕生日にも興味はないだろうと思っていた。


 互いにじっと眼を見交わす。


 黒い甲冑を装備したイエルの重厚な安定感のある雰囲気が、私はとても好きだ。抱擁感があり、落ち着くからかもしれない。


 それだけじゃなく、見栄えがいいのは色々と物事を運ぶ際にも有用となる。


 神は二物を与えた。そんな相手と会話をしながら、私は「ふむ」と考えをまとめる。


 気を引こうと問題行動を起こす子供じゃあるまいし、ここで構ってもらえないのを根に持つみたいに意地を張っても仕方ない。


 こういうときは、あまり尾を引かず、距離を置くに限る。


「そうだ。リーバ、これから散歩に行こうか?」


 私がこの二人といても、会話なんて盛り上がるわけがない。


 ……正直、今さらそういう気遣いをしてもな。


 よし、早くこの場を去ろう。二人ともいい男過ぎて、正直目がチカチカしてきたところだった。





 夕暮れ近くても、祝祭の続く城下町はまだまだ活気であふれていた。


 外套のフードを目深に被り、リード無しで今日もリーバを連れている上に警護付きなので、正体はもちろん周りにバレている。


 いつも中庭の散歩で終わらせていたし、町中での散歩などは使用人が交代でしていた。


 オヤツを与えることはしていたが、外で買ってやるのはオルウェンとの散歩の時が初めてだったし。


 最近は色々と一緒に初めてづくしでリーバは嬉しいらしい。丸い毛玉に半ば隠れた短い尻尾をたくさん振っている。


 こんなに喜ぶなら、今度から町中の散歩も頻繁にするか。オヤツもたくさん買ってやろう。


 とはいえ、問題が一つあった。


 リーバは私から与えられたこれまでのオヤツを、ほとんど全部、毛玉の中の異空間にしまいこんでいるようなのだ。


 先日、リーバがイエルの部屋に撒き散らしたオヤツは、全部で店一軒分ほどあった。


 異空間では時間の経過が干渉しないらしく、腐敗などは一切していない。どれも出来たてのホカホカで、中には湯気立つものまであった。


 どうりで与えても与えてもすぐなくなると思っていたら、ほとんど食べずに全部毛玉の中にしまい込んでいたらしい。


 リーバは大食漢で、とてもよく食べるのは知っていたから、あまり疑問にも思わなかった。


 オルウェンとの散歩で買って与えたものも、ほとんど全部、異空間にしまいこんでいる。


 今も、オヤツを沢山買ってもらえて、嬉しいようだ。


 嬉しすぎて、与える度に大事そうに毛玉のなかに収納してしまうので、やはりほとんど食べていない。


 その上、買ったオヤツを与えると、毎回嬉しすぎて力の制御が上手くできなくなるようだ。毛玉の中に収納していたものがポロポロと少しずつ零れ落ちていくのを、付いてきた二人の護衛が交互に拾ってやるを繰り返している。


 まずいな。この子に与えると全部しまい込んでしまう……


 何故食べない? 何故全部しまい込むんだ。と思い悩む。


 リーバと一緒に外出するのも、外で何かを買って与えたのも、オルウェンのときが初めてだった。


 いつもは城の料理長か、行商人から買ったものをそのまま与えている。


 いったい何がまずいのだろうか?


 そうして与え方を色々変えて買い続けた結果、店一つ分は立つくらいのオヤツを、また与えてしまった……。


 ひょっとして、オヤツをオヤツと認識していないのだろうか? そういえば、イエルの部屋にオヤツを撒き散らしたとき、オヤツを宝物のように抱えて寝ていた。


 だとしても、私にはやはり理解ができない。


 そうして悩みながら歩いていると、飲み物を扱う屋台を見つけた。


「前は『薄いミルク』だったから、今日は『濃いミルク』を買ってやろう。今日もオヤツは食べていないしな」


 ミルクはオルウェンと散歩していたとき、ガブ飲みしていた。


 あのときは、おかわりを三杯飲んでいたので、てっきり喉が渇いていたのかと思っていた。まさかオヤツを全部しまい込んで食べていないから、お腹が空いていたとは思わなかった。


 護衛の一人に頼んで、両手に抱えるサイズのミルク瓶を買ってきてもらう。


 そうしてリーバがミルクをガブ飲みしている横で、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「ああ、あれは……イエルが昔好きだった菓子だな」


 屋台に並ぶ、小さな樹の実の菓子に目がいった。


 ピンク色をした至福の実ラクチュアに、砂糖をまぶしただけの、ほんのり甘いローゼセという名の菓子だ。


 それにしても……喧嘩していても相手の好物を見つけてしまうなんて、私は何て愚かなのだろう。

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