祝祭二日目の夜。酔い覚まし。
祝祭二日目の夜は、涼しい風が吹いていて、酔いざましには丁度いい気候だった。
私は成人前なので飲んではいなかったが、城壁最上部の通路で一人涼んでいた。ここには普段誰も来ない。そうふんできたところ、暗がりから男が三人出てきた。
あれはイエルのところの騎士たち……ではないな。
ごろつきみたいに見える。日雇いの傭兵のようだ。祝祭に紛れて入城してきたらしい。
「ヒューッ! ねーちゃん美人だな。もしかして、酔い覚ましにここにいるのか?」
「俺たちも少し飲み過ぎてな。涼みに来たところなんだよ」
「そうそう、でも少ししたらまた飲みにいくところなんだけどさー。それまでちょっと相手してくれよ」
おいおい、まさか私を女と勘違いしているのか? 嘘だろ?
頭が痛い。
いくら男にしては細いからって、女と間違えるか? それもやたらと容姿を褒めてくるのは何なんだ? 十人並みの容姿でもおだてて落とすのが傭兵の常套句なのか?
何も言わずに観察していると、男たちは目の前までやってきた。
「おい、暗くて気づかなかったけど、こうして近くで見るとすげえ美人じゃねえか!」
「本当だ! こいつは偉い上玉だぜ!」
私は男だ。お前らの目は節穴か。
髪が長いからって女と間違えるとは……不快に目を細める。長髪の男など騎士団のなかにもいるはずなのに、いったい何なんだ。
様子を見るのはこれまでだ。相手にする必要はない。
さっさと去ろうとしたら──グイッと腕を掴まれた。
「何をする」
ジロリと睨みつけるが、男たちは益々盛り上がってしまった。ニヤニヤしながらこちらを凝視している。ふてぶてしい面構えがどうにも不快だ。
「気が強え女も嫌いじゃない」
「そうそうそそられるぜ」
誰が女だ。お前たちは、馬鹿なのか。
見境のない言動に、下卑た笑い。品性の欠片もない連中だ。ここまでくると呆れて言葉もない。
同じ人間でも、イエルとは天と地ほどの差があるなと、しみじみ思う。
確かにホルスト家は男でも成人すれば女と同じく妊娠ができるようになる。
しかし外見はどう見ても男だ。男を口説いてどうする。そのような行為に発展したときに、下半身の一物を見たときの相手のショックを思うと内心笑いが込み上げるも。
とはいえ、こいつらに男色の毛があったらことだなと、考えを改めた。とにかくさっさとこの場は離れるに限る。
「ふんっ、悪いが私は男だ。女ではない。相手が欲しければ色町にでも行くことだ。ここは客引きをする場ではないからな」
「はぁ? 男だと? こんな上玉で何の冗談を言って……」
だから、女ではないと言おうとして、腕を離された。男たちが全員、ギョッとした様子で私の後ろを見ている。
「何だ? 急に黙って」
後ろに何かいるのか? そうして振り返るよりも先に、トンッと後頭部と背中に何かが当たった。
「ん?」
振り返る。当たったのは、金髪碧眼の美丈夫──イエル・ギルベルト・ラシエル。この城の主の厚い胸板だった。
イエルの格好は騎士の正装、黒い甲冑姿でおそらく式典に参加してきた帰りだろう。金髪碧眼の容姿によく映えている。
「イエル? それに……オウラ、ディオン、クシナにサギリ、ラナンシーまで皆いったいどうしてここに?」
いつの間にかイエルを中心にして、その後方にズラリと並んでいる面々は、騎士団のなかでもトップクラスの実力者で、それぞれが小隊を率いている。騎士団の五隊長たちだ。つまりは騎士団の顔である。
いかにも古参の老兵といった風情の、騎士の中でも一際大きな巨体、オウラは執事長のオウルと医師のオウリと兄弟で三つ子の末っ子。ちなみに騎士団の副長だ。
皆髪型と体格が違うだけで、見た目はそっくりのイケオジ三兄弟。白髪混じりの茶髪に茶色い目の上品な紳士である。
ディオンは貴族の子息で、歳はイエルより一つ年上の二十三歳。騎士団では参謀をつとめている。
長い銀髪に紫の瞳を持つ一際美しい騎士で、甲冑も白銀のものを装備している。白銀の貴公子と呼ばれており、実際、言動も上品で騎士団のなかでもイエルに次ぐ人気がある。
クシナとサギリは十六歳。同じ地域の出で、人種が近いせいか色彩もよく似ている。その上性格も似ていて、二人共とてもやんちゃで人懐っこい、素直な性格をしているので特に女性に人気がある。
人種が違うと見分けがつきにくく、私にはこの二人が双子に見えてしまうが、血は繋がっていない。
二人共灰色の短髪に褐色の肌、そして黄金の瞳を持つ。
騎士見習いとして参加しているが、その腕はすでに隊長クラスで、小隊の隊長を任されている。正式な配属先をこれから控えている二人には、他の騎士団からもお呼びがたくさんかかっているようだ。
最後に、騎士団の紅一点、広報担当のラナンシーは今年成人を迎えて騎士団に正式に入隊した。王家の姫君で、国王の反対を押し切って、イエルに憧れて騎士団に入隊したじゃじゃ馬姫というのは有名な話だ。
ラナンシーがイエルと結婚するのも時間の問題と言われている。
腰まであるストロベリーブロンドの髪に、青い瞳。白い陶器のような滑らかな肌に、女性らしい豊満な体つきをしている。十八歳にしては少し大人びた印象のある美しい女性だが、剣の腕前は男に引けを取らない麗しの姫君だ。
この騎士団の五隊長とは、出迎えと見送りくらいでしか顔を合わせることはないけれど、顔と名前は一致しているし。それに一言二言くらいなら会話もしたことはある。
言うなれば友人の友人程度の繋がりしかない。
今は気の張った表情で団長であるイエルの下に付き従っているけれど、隊長たちは出迎えと見送りで顔を合わせるときはよく気遣ってくれる。
イエルの弟である私には失礼のないようにと、配慮を怠らない。とても気の良い人たちだ。
……それにしても何だか皆、顔が強張っているというか、妙に殺気立っているように感じるのは気のせいか?
おそらく式典の帰りで緊張がまだ抜けきっていないのだろう。
そうも思ったが、やはりわからず首を傾げていると、イエルが私の肩に手を置いた。続いて引き寄せられる。
「これは俺の弟だ」
急な出来事だったが、イエルの仕事向けの真剣な表情を見て、心得る。
ああ、なるほど。体面は大切だなと、頭二つ分ほど目線が高いイエルを見上げるまでもなく、私はうんうん頷く。
「イエル・ギルベルト・ラシエルの弟……まさか、その方はホルスト家の……」
「ゼトス・ホルスト!」
「ゼノンの領主がえらい大切してるって噂の弟君!?」
大切にしているという言葉が聞こえたが、それはきっと私が引きこもっているのを
大切にしているから外に出さない。という、一番納得のいく理論が民の間での答えとなったようだが。真相は振られて引きこもっただけとは口が裂けても言えない。
「早く退散した方がいい。大目に見てもらえるのもここまでだぞ? 知ってると思うけど、この人たちめちゃくちゃ強いし、怒らせたら多分地の果てまで追っていくと思う」
仲の良い弟の振りをして私が告げると、男たちは深々と頭を下げた。
「し、失礼いたしましたっ! お、お前ら何ボーっと突っ立ってんだ! 早く行くぞ!」
顔を真っ青にして、慌てて走り去る男たちは、先ほどやって来たときに比べて足がもつれていない。
「おや、酔いはすっかり覚めたらしいな」
呟く私に、何故かイエルや隊長たちからの視線が集中する。
男たちの情けない姿が通路を抜けて城内へと見えなくなるまで眺めていると、今度は頭二つ分上から声がかかった。
「腕をどうした」
「腕? ああ、先ほどの男に掴まれたところが少し痛んだだけだ」
さっきまで掴まれていたところを、私は無意識にさすっていたらしい。めざとい男だ。
イエルが怪訝そうな顔をしているので、とりあえずおどけた調子で答える。
「酔った勢いの傭兵の馬鹿力で掴まれたからな。でも別にたいして」
「見せてみろ」
「は? たいしたことないって言っただろ?」
「他には何をされた?」
「特に何も。ただ私を女と勘違いしてあれこれ口説かれただけだ。男だと言っても聞かないものだから、そのときに腕を掴まれただけで……」
赤くなってはいるだろうが、腫れるほどではないだろう。
気にする必要もないくらいだと返事したが、しつこく聞かれたので、男たちに言われた内容を淡々と話しているうちに、段々とイエル以下隊長たちの顔色が暗く、殺気立っていっているような気がしたけれど。
まあ夜だしな。表情が
私が男たちとの事の経緯をペラペラと話し終えると、イエルは何やらオウラに小声で指示を出した。
内容は聞こえなかったが火急の用件らしく、オウラはこちらに「失礼いたします」と一礼してからクシナとサギリを呼ぶ。
褐色の肌を持つ少年二人は、互いにチラリと黄金の瞳を合わせ頷き、男たちが慌てて走り去った方へ歩き出した巨体の老兵の後に続いた。
そんな
ようやく辺りには夜の静けさが戻ったものの……
チラッと後方のイエルを見る。
先ほどまで私の肩に置かれていたイエルの手は、いつの間にか定位置に戻っていた。相変わらずの静かな様相で、イエルは男たちと団員が去っていった方に視線を向けている。
私以外、はっきりいって皆、美男美女だ。目の保養ではあるが、自分よりも遙かにレベルが高く、その生き様も中身も美し過ぎて、疎外感が半端ない。
同じ場所にいても仲間になど入れるわけでもなし、それと少し肌寒さを感じていたので、私は部屋に戻ることにした。
「では私もそろそろ行くかな。就寝前に軽く夜風に当たるつもりが、だいぶ冷えてしまった」
肩を竦め、割り切る。
「ならディオンとラナンシーに部屋まで送らせる」
「え? 送るのはイエルじゃないの?」
「私はこれから仕事がある。送ってはやれない」
「ふーん、せっかくだけど一人で大丈夫だよ。ああ、それとさっきはありがとな。助かったよ」
私たちのやり取りを横で見ているディオンとラナンシーが、少し心配そうな顔をしている。罪悪感を覚えるも、日陰者にとって日傘が必要なほど眩しい生き物たちに背を向け、「じゃあな」と片手を振って、私は足早に場を後にした。
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