005_イザナリア-2

 将聖がフォーリミナから聞いたところでは、人類は神に通じる力、「神通力」の「知識」を持っており、さらにはそれを使う「因子」も持っているという話だった。

 だが、その「神通力」の存在に気付いてはいても、人類が常にそれを正しく使いこなすことができるとは限らない。だから本来、その使用が許される時が来るまでは、その能力は遺伝子の中に隠され、封印されているのだそうである。

 将聖は話を続けた。

「『進化』も一種の『神通力』らしいけど、イザナリアは地球世界アルウィンディアよりも魔法粒子イリューンの濃い世界なんで、生物が地球世界アルウィンディアよりも早いスピードで進化するそうだ。」

「『神通力』を働かすガソリンが豊富だからってことか。」

「そういうこと。そんなエネルギーが世界に満ち溢れているんだから、自分たちの種の向上にも利用しないっていう手はない。」

「分かるな、それ。」

 俺は周囲を見回した。この巨大樹の森からも、途方もなく強い生命力を感じる。これは木々さえも成長のために「魔法粒子イリューンを取り込み利用する」という能力を、進化の過程で獲得しているということなのだろう。

「イザナリアに生まれた人類も、ずいぶん早い段階で魔法を使う能力に目覚めてしまったらしい。地球世界アルウィンディアよりも文明的には遅れているというか、いろいろな意味で知識とか精神性が成熟していない段階で。」

 それは当初、イザナリアを創造した「創造主」を喜ばせたのだという。「創造主たち」はみな、自分の生み出した世界から、早々に神が出現することを望んだからである。

 しかし、魔法を使う能力に目覚めた人々はみな、簡単に堕落してしまった。自分たちが努力して変わっていくよりも、他者や取り巻く環境のほうを都合よく変えたほうが楽だったからだ。

 彼らは欲望のままにイザナリアを搾取し、安易に滅亡の危機にさらしては、都合よく作り変えていったのだった。

「イザナリアにも温暖化問題はあったらしいんだが……。」

「へえ、そうなんだ。ちょっと安心したわ。」

「安心してんのかよ。」

「いや親近感っての? どこの世界も一緒なんだなあと思って。」

「いや、そうでもないぞ。対処法が全然違う。」

 将聖は俺に説明した。

「お前も授業で習っただろ? 大気循環、海洋循環とか食物連鎖は意外なところで意外なものと繋がっているって。」

 俺が将聖からまた聞きしたフォーリミナの話を、簡単にまとめると次のようになる。

 イザナリアの人々は、世界に二酸化炭素が充満すると、それを吸収して急激に成長し、最後には炭と化して死滅する植物を魔法で作り出した。某有名アニメスタジオ作成の、数々の賞に輝いた映画に出てくる特殊な胞子植物のような植物である。

 そしてその「炭化植物」が、自力で進化を遂げてきた従来の植物との生存競争に勝ち抜いて、周囲を淘汰し始めても気にも留めなかった。「炭化植物」があれば、元の森の減少で発生する二酸化炭素も浄化できると踏んだからだった。

 だが、「炭化植物」が世界をクリーンアップし、成長に必要な二酸化炭素がなくなって死滅しても、従来型の植物の森はもう取り戻せなかった。成長に時間がかかるからである。このため、逆に「二酸化炭素を大量発生させては『炭化植物』で浄化する」という手順を踏まなければこのシステムは機能しないという、負のサイクルに陥ってしまった。結局、二酸化炭素の受け皿となる森が再生するまでこの問題は解決しないのだ。これにより、イザナリアの気候変動はより激しさを増すことになる。

 しかしイザナリアの人々は、気候変動が顕著になると、反省する代わりに従来型の植物を魔法で作り替えるという、新たな対症療法を施すことにしたのだった。「炭化植物」ほどではないが、一部の森の木々の成長を速めたのである。

 これにもリスクが伴った。一部とはいえ、植物の成長速度が急激に速まると、結局それらに養分を奪われて土壌が痩せてしまい、ほかの植物が育たなくなったのだ。下生えなどが育たなくなると、それを食べて生きていた生物も消えた。食物連鎖はガタガタになり、猛禽類や熊、狼など連鎖の上位種も消えていった。もちろん花粉を運ぶ蜜蜂や、植物の種を胃袋に収め、排泄はいせつと同時に種子散布を行っていた鳥も消えて行き、「従来型」の植物はその生育範囲を拡大する機会を失って行くことになったのである。

 もっと深刻な問題は土の中で起こった。植物の生育そのものを支えていた微生物が、地中から消えてしまったのだ。

 自然界において、微生物は動植物の死骸を分解し、植物に必要な養分に変換するという役割を果たしている。植物はそれを生長するのためのかてとして吸い取るが、微生物が分解に要する時間と、周辺植物がそれを吸い上げる量や時間の歩調が合っていれば、このシステムは何の問題もなく、永久に稼働し続けられるはずだった。

 ところが「急成長型植物」はその成長速度が速すぎるため、需要に供給が追い付かなくなってしまったのである。「急成長型植物」は貪欲に養分を吸い上げ続け、「従来型植物」に必要な養分はおろか、微生物がその生命を維持するために必要な、最低限の養分さえも奪い取ってしまったのだ。

 こうして微生物さえも死滅してしまった後は、もはやその土地にはどんな植物さえも育たなかった。大地が命をはぐくすべを持たない、乾いたちりになってしまったからである。

 結果、一か所で爆発的に繁茂した「急成長型植物」は、自身の急成長に環境が追い付かないが故に、急激に枯死していくことになったのだ。

 「急成長型植物」は養分を求めて、周辺地域を侵略していった。エボラ出血熱が罹患りかんした人々を滅殺めっさつしながら波紋状に広がっていくように、一方では「震源地」を中心に土地を砂漠化させながらである。森の異変は農村の生活とも無縁ではなく、「バーナムの森(※)」のように襲い掛かる木々に放牧場や果樹園は次々と飲み込まれ、それを阻止しようとする人々によって森には火が放たれた。

 二酸化炭素問題は新たな二酸化炭素問題を生み出すばかりで、決して改善はしなかったのである。

「いくらなんでも、無茶苦茶だろそりゃ。なんで安易に作り替えちまうんだよ。」

「それができてしまうってところが、問題なんだろうなあ、結局。」

 将聖にしても仕方のない俺の質問にも、こいつは真面目に応えてくれた。

「海洋ゴミ対策にも、新種のプランクトンを生み出したみたいだぜ?」

 将聖は言った。

「マイクロプラスチックを分解できる酵素を持たせたらしいんだけど、大量発生して前代未聞の赤潮を引き起こすし、それを食った魚にも様々な影響が……。」

「もういい。なんか、結果が分かる。」

 俺は首を振って、続きを断った。

「どうせうまくいかなかったんだろ……? まあ、俺たちの世界でも遺伝子組み換えとかやっていたけどな。」

「でもその是非についてはずっと議論され続けているし、多角的に研究も続けられているだろ? それがここじゃ、魔力が強かったり、制御の能力に長けていたりすれば、そいつの言うことが絶対、ということになってしまったらしい。」

「いいのかよそれで。」

「価値観の違いだから、仕方がない。……俺たちの世界にだって、誰かの言葉が『絶対』で、その言葉に従うのが正しいと信じられていた時代があったんだ。そのお陰で宗教戦争や魔女裁判やユダヤ人の大量虐殺ホロコーストみたいな恐ろしいことが起こったり、大地が平らで天が動いているとみんなが思ったりしていた時代があったわけだろ? そういう部分では、イザナリアも同じなんだよ。」

 考え考え、将聖は言葉を続けた。

「でもこの世界では、知識が全然追い付いていないにもかかわらず、『神通力』を使う能力だけが先行してしまっている。この『第四期』の人類だって、魔法崇拝の文化だとフォーリミナは言っていた。使える人間は限られているらしいけどな。」

「そうなんだ……。」

 「この『第四期』の」と言われて、俺はおびえた。要するに、今現在生きている人々のことだが、俺はまだこれから先の生活について考える余裕がなくて、今のイザナリアの状況など聞きたくなかったのだ。それよりも過去の歴史を聞いているほうが、まだ現実味がなくていい。俺は将聖に魔法の説明を続けさせることにした。

 俺たちは小さな流れにたどり着いて、水を飲むために立ち止まった。

 岸に屈みこもうとする俺を制して、将聖が両手に水をすくい、俺に差し出した。眩暈めまいのせいでしゃがむことさえ困難な俺を気遣ってのことだった。

「沸かさないけど大丈夫か? 生水だけど。」

「後で腹を下してもいい。今はただ飲みたい。」

 俺は将聖の両手に手を添えて、顔を突っ込むようにして水を飲んだ。

 二、三杯飲ませてもらって、俺はようやく唇をぬぐい、将聖を見上げた。

 将聖はずっと俺を見ていたらしい。俺が顔を上げるとバツの悪そうな表情で目を逸らした。耳がさっと赤く染まる。

 あいつが思わず見てしまう理由が分かるから、この時の俺は黙っていた。

 将聖が水を飲んで、それから周囲を確認するために木登りをしている間中、俺は傍の手頃な倒木の上に座って、将聖を見ていた。

 将聖の身ごなしは軽やかだった。枝から枝へと飛び移りながら、あっという間に巨大樹のかなり高いところまで登り詰めてしまう。「再構築」される以前からあいつの体は柔らかかったが、今は力強い全身が、しなやかなバネのようだ。

 木々の隙間から零れ落ちる日の光が、将聖の横顔を照らし出す。鼻筋から口元にかけての繊細そうな線を裏切るように、引き締まった形のいい顎をしている。綺麗だ。

 俺はその横顔と、アクション映画の主人公のような、確信に満ちた素早い動きを惚れ惚れと眺めていた。いつまで見ていても飽きないと思った。

 それから、急にどきりとした。

 あいつの目に、俺の姿はどう映っているのだろう。この奇妙な運命に捻じ曲げられた奇怪な生き物が、どんな風に見えているのだろう。

 結局、この巨大樹の森を抜けないうちは、周辺を見ることはできないということが分かった。将聖が木の上から俺に向かって呼びかけたが、俺はとっさに両腕を挙げて、見られないように顔を隠してしまった。

「俺は前だけ見てるから。足元に気を付けてくれ。」

 木から降りた将聖が、俺を視界に入れないようにしながら両手を差し出した。出発の合図だった。

 すまん。もう少し、俺を見ないでいてほしい。

 俺は声に出して言うことができず、心の中で将聖に謝った。

 この体が鬱陶しい。違和感だらけで、おぞましくて吐き気がする。

 俺は将聖の手を乱暴に握って、立ち上がった。



(※: シェイクスピアの『マクベス』において言及される森。マクベスは魔女にそそのかされ、『バーナムの森が進撃して来ないかぎり安泰だ』との予言を信じて王位を簒奪するが、イングランド軍が木の枝を身に付けてバーナムの森から攻めて来たのを見て森が動いていると思い込み、戦意を喪失して敗北する。)



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