002_目覚め-2
俺は将聖に、もっと「選ばれた栄誉」のほうを実感してもらいたかったのだが、説得しようにも考えがまとまらずに
黙っていたらその沈黙に何を感じたのか、将聖が口を開いた。
「……ごめん。優希まで巻き込んで。」
「クソ。やめろ。」
俺は顔を上げて将聖を見た。
俺は今ここに自分がいることが、将聖の運命の巻き添えを食っただけであることを知っていた。しかもそれは不可抗力ではなく、将聖が望んだためだということも分かっていた。
でも、そのことを今謝られても、ピンと来ない。そもそも、謝罪されることなのかどうかも分からない。
ならば、謝ってほしくない。今この瞬間から、そんな風に結論付けたくない。
「これって、俺にとってもチャンスかもしれないだろ。」
俺は強い口調で言った。
「もしかしたら、これってやっぱり『転スラ』かもしれないじゃん。俺たち無双して、結構楽しくやれるかもしれない。異世界転生なんて、誰にだってあるチャンスじゃないんだからさ。楽しもうぜ? 俺はすげえラッキーだったよ。俺の命乞いしてくれて、ありがとな。」
ちょっとは照れるとか、恥ずかしがるとかすると思ったが、将聖の真顔は崩れなかった。
「本当に、良かったと思うかどうか、分からないんだぞ。」
「……。」
少し間をおいてから、俺も同意した。
「……うん。そうだな。」
もしかしたら、「あの時死んでいればよかった」と思う日が来るかもしれない。将聖も多分、それを恐れているのだ。
だが今はそんなことを考えたくなくて、俺は急いで話題を変えた。
「しっかしそれにしても、お前、だいぶ変わったなあ。」
俺は将聖を改めて見て、必死に笑顔を作りながら言った。
「なんかお前、今は見るからにゲームの主人公だよな。」
将聖の髪は銀色になっていた。青味がかった銀髪というやつだ。肌もオリーブがかった色に変化していて、そのせいか、長いまつ毛が際立って見える。
その奥にある瞳が、綺麗過ぎてやばかった。
青い、青い、あの球体のような青だ。
焚火の薄暗い光でさえその色がわかるほど、深く澄んだ青に、俺はまじまじと見入ってしまう。
基本は将聖だ。面影もちゃんと残っている。だが、すげえ美青年だ。
イケメンに「ゲーム主人公」を装備させると、こんなバケモノができてしまうのか。
「あんまり、見るなよ。」
自分だってずっと俺の顔を凝視していたくせに、ようやく将聖は照れたのか、赤くなって顔を背けた。その目線の高さの違いに気づいて、俺はまた声を上げる。
「すげ。お前、ガタイも良くなったけど、少し背も伸びてないか?」
将聖が、ビクリと動揺した表情になった。俺を見る目に、恐怖が走る。
「これ。なんでこうなったか分かってるか? 何使ったと思う?」
「あ……。」
思い出した。俺の体は一時、魚のアラそのものの姿になっちまったんだった。
あいつの口から言わせるつもりはなかったのに、将聖は少し震える声で、俺の筋肉の大半と骨格組織、筋肉を維持する内分泌構造などの一部が、あいつの体の再構築の際に持っていかれたことを教えてくれた。今の俺の体は、あいつの体の不要な贅肉(!)と俺の体に残ったものを調整して再構築されているらしい。
「だからお前の身長のほうが、……その、前より少し低くなってる。」
「うげ。うっそ。俺、またチビに戻ったの?」
それを聞いて、俺はあわてて自分の両手を見た。確かに、着ている制服がブカブカだ。
高校に入るまで、俺は身長がなかなか伸びなかった。
将聖は地球世界での生涯の間、低身長に悩んだことはなかったが、俺のほうは人生の大半の努力を、ほぼそれを克服するために費やしたようなものだった。だから今に至るも将聖は、俺の身長のことにはなるべく触れないようにしてくれている。
別に将聖との身長差に悩んだわけじゃない。同級生にもかかわらず、並んで歩いているとよく「弟さんですか?」などと言われたものだったが、
でも、中学にあがっても小学生と間違えられるのは、やはり男としてのプライドが傷ついた。毎日何度もジャンプをして関節を緩め、ストレッチを繰り返しては、俺は長身になろうと努力した。某低身長の天才錬金術師の漫画を読んで牛乳をがぶ飲みし、嫌いな食材にも我慢して、食事で出された料理はいつも全部食べ切っていた。
その甲斐あって、高校生になってようやく俺は、同年齢の男子の平均身長に追い付いたというのに。
「ちっさ! なにこれ。俺の手ちっさ!」
ショックのあまり、俺の声は大きくなった。空の上で自分の死体を見た時よりも、衝撃が大きかった。
あんまりだ。
俺はすっかり骨格が痩せて、指の細さばかりが目立つひょろひょろした手に絶句した。
俺は自分の骨ばった手を気に入っていた。将聖の手のように大きくてカッコいい手ではなかったが、指が長くてギターが弾けたし、器用だったし、わりと握力もあって男らしかったと思う。文化祭の準備の時は「ハロウィーン喫茶」とやらを企画したクラスの女子のために、竹ひごやら厚紙やらをハサミでバシバシ切ってやっては喜ばれていたのだ。
それが今や見る影もなく細く、弱々しくなってしまった。幼児の手とは違うけれど、なんだか妙にしなやかで華奢で、気持ち悪い。
――この手……。もう、あの女子どもにだって敵わないんじゃないか?
指の長さはさほど縮んではいなくて、頑張ればまたギターは弾けそうだと俺は思った。だが、見るからに頼りない。指先に向かって白くきめ細やかな肌が桜色に色づき、俺にとって大事な何かが、完全に失われてしまった感がある。
「もしかして、こっちもか?」
俺は恐る恐る、制服の片袖をまくってみた。
先程起き上がるときに、自分の腕をかなり頼りなく思った。あれは筋肉を持っていかれたせいだろう。もうそうなってしまったことは仕方がない。
だがその結果、自分の腕がどんな見てくれになってしまったのかを確認するのは、かなりの勇気を要する事だった。低身長に悩み続けた俺にとっては、もはや拷問に近い領域だった。
「細っ!」
ほっそ。細過ぎ。なにこれ。俺の腕?
俺は心の中で絶叫した。
――うわ~、うっそ。骨粗鬆症? でもじいちゃんだってこんな腕してなかったぞ?
ちょっと転んで手をついただけで折れてしまいそうな手首に、俺は恐怖すら感じた。やたら白い、透き通るような肌の下に、地図上の川のように走る血管が青く映えて、ますますその細さと色の白さを強調している。
俺は我慢できずにそれを袖の中に隠してしまった。さらには視界にすら入れないように、顔を上げて空を仰ぐ。
将聖が本当にいたたまれないという
動揺しすぎて悪かった。これはお前のせいじゃない。
けれどしばらくの間、俺は視線を天に向けたまま、自分を直視できずにいた。
それはまるで、自分の体が肉ではなく、白玉団子でできていることに気付いてしまったかのような不快感だった。ふっくらとしたもち肌さえ俺にとってはどうにもアウトだが、細く柔らかそうな繊細な見た目が俺の理想を跡形もなく粉砕してくれている。ちょっと握られただけでぐちゃりと潰れてしまいそうで、この先ちゃんと立って歩けるかということにすら、一瞬不安がよぎった。
この弱々しい体にもしもの事があったら、以前よりも深く傷つくことになるだろう。除霊がテーマの某ハリウッド映画の続編に出て来る、小さなマシュマロの怪物のように、潰れたり串刺しになったりしても笑っていられるのならまだいいが、痛覚には問題がなさそうなのでますます俺は恐怖した。
気持ち悪い。なんだかどうしようもなく気持ち悪い。
「……あのさ。お前の体から、俺いろいろと貰っちゃったからさ。お前、どっかおかしくない? ……ちゃんと調べてもらっていいか?」
恐る恐る、言いにくそうに、消え入りそうな声で将聖が言った。
「無理。」
俺は絶望的につぶやいた。
「男の手首がこんなに細いの、俺、耐えられない。これが他人でも見てらんない。こんなじゃ無双なんて無理。俺、詰んだ。」
俺は全身全霊で拒否したが、将聖は拝み倒して俺に自分の体を調べさせた。ちょっとでも痛みがあったり、動かせなかったり、違和感があったりしたら困るから、というのが将聖の理由だった。
ようやく俺が
あいつがマッチョになった分、俺はますますショボい男に転落したわけで、それをわざわざ見るのはさすがに申し訳ないと思ったのかもしれない。
将聖の背中に感謝して、俺は制服のネクタイを緩めた。あまり大っぴらに見たくはないので、ワイシャツのボタンを数個だけ外し、中を覗き込む。
「……。」
俺は顔を上げ、数回深呼吸をして、心を落ち着けてから、もう一度中を覗いた。そしてさらにそれを数回繰り返した。
「ヒョウヘイ……。」
何度も何度も繰り返してから、ようやく、俺は将聖の名前を呼んだ。
顎が震えて、舌がもつれたせいで、別人の名前になっている。
「将聖……。俺、女になってるんだけど……。」
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