First Day work

「いらっしゃいませ」


自動ドアが開いて、入ってきた二人組がフロントに向かってきたので、ぺこりとお辞儀をした。


カップルってとこか。


二十代くらいの男女だった。男の方はどこにでもいそうな感じ。女もちょっと髪長すぎるな、ってくらいでわりかし普通だった。


慣れない手つきでなんとかチェックインの手続きをすませた。始めて接客ってものをやってみたけどめちゃくちゃ大変だわこれ。

俺がいろいろ作業してる間に土左衛門が二人組にいろいろ説明してくれた。一組に対して従業員二人っておかしいかな?




「仕事…できるんですね」

二人組が行ってから、ほとんど独り言のつもりではあるが土左衛門に向けて言った。


土左衛門にはバッチリ聞こえてたらしく「失礼しちゃうな〜」と怒られたが顔が明らかに喜んでいた。照れてんじゃねえよ…。


手続きであたふたしてる俺に対して、土左衛門はまあまあスマートに接客していた。

今まで一度も働いた経験のない俺と違って、もしかしたら土左衛門は過去に会社とかで働いてたのかもしれない。もしかしたら現役の社会人って可能性も――


いや。こんな奴いてたまるか。




次の客が来た。


今度は一人。帽子を目深に被った髭のおっさんだった。おっさんはすげえ声が小さくて全然何言ってるかわかんなかった。てかもはや何も言ってなかった。何もできず呆然と突っ立ってる俺の代わりに、土左衛門が全部やってくれた。なんでこの人の声聞こえんの?聴力化け物かよ。

あとありがとう。


おっさんがエレベーターに向かう途中、羽織ってるコートの背中に大量の赤い液体がついてるのが見えてビビった。血じゃありませんように。


土左衛門はそれを見て「わーお」と目を丸くしてました。



昼休憩のときに現人からドーナツもらった。何入ってるかわかんなすぎて怖かったけどまあ食った。聞いたところによると現人の手作りらしい。おえ。



しばらくして、次の客。


が、来たのだが。


…は?


よく見知った顔が入ってきて、あまりの衝撃に絶句した。


母さん。


明らかに母さんだった。


息子の俺が見間違うはずがない。この背丈、顔、髪型。どっからどう見ても母さんだった。



「ママ?なんで…」


一瞬俺の口から出た言葉かと思った。けど違うだろ。俺はママなんて呼ばない。あと声を出した自覚があまりにもない。


ということは…


横を見ると、目を見開いて驚いた様子の土左衛門が、俺の母さんと思われる人間のことを呆然と見つめていた。 


ママ?お前今ママって言った?


俺の母さんに?


「び…びっくりしたよママ!まさかこんなところに来るなんて」


いつの間にか土左衛門が喋り始めた。「ママ」と言われた女(どう見ても俺の母親なのだが)は不審そうに眉を顰めて土左衛門を見た。そりゃそうだろ。だってお前の母親じゃないもん。


俺は小声で母さんに声をかけた。


「母さん、なんでここに来たの?俺言ってたっけ、ここで働くって」


そしたら俺もゴミを見るような目で睨まれた。

なんでだよ!


「あの…」


母さんがようやく口を開いた。やっぱり声も母さんだ。



「さっきからなんなんですか…?ママとか母さんとか。気色悪いんですけど。早く手続きとかしてください」


嘘だろ。じゃあアンタは何なんだよ。


土左衛門も俺も唖然としてしまった。

はじめてこいつと気持ちを共有したかもしれない。すげえ嫌だけど。


頭真っ白なまま手続きをしたので多分何個かミスあると思う。このときばかりは土左衛門も使い物にならなかった。


母さん(本人曰くそうではない)がフロントを去ったあと、俺と土左衛門は数分間何も言わずただ突っ立っていた。



「おかしいな…ママ数年前に死んでるんだよね」

土左衛門がぽつりと呟いたが、俺は聞こえないふりをした。



しばらくして現人が来て、今日の仕事はこれで終わりだということが告げられた。


魂が抜けたみたいになってる俺達を見て現人は不思議そうな顔をしたが、特に何か聞かれることはなかった。




今日から七日間泊まる部屋に入って、とりあえず何も考えずにベッドにダイブする。

一人部屋でよかった。



なんか異常に疲れたのでもう寝ることにした。




寝る前に、母さんに旅行でもしてるのかとメッセ

ージを送ったら、何言ってるの?と返ってきた。



ついでに『ドッペルゲンガー 母親』と検索しようとして、やめた。バカバカしい。

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