第18話 こじらせな片思いはややこしい?

 昨日の笹倉会は初めてながらにして終始ひやひやものだった。笹倉の反応を見るに、もっと和気あいあいとした集まりになると思っていたはずがまさかの展開。


 揉めるのを分かっていなかったのか、メンバーとして認められている意味が不明の野上の行動によって一触即発な場になるところだった。


 しかし、昨日に関しては牧田の機転が良かったかもしれない。それと、意外にも村尾が男を見せた。教室では女子に対しまるで存在感を出していなかった奴がなかなかどうして。


 あの場を収められた男がまさかの村尾とか。


 もしかしたら笹倉の気持ちが揺れ動くきっかけになったかもしれないと思うと、俺的に何とも言えなくなるが。


 そんな笹倉が誰に片思い中なのかは置いといて。


 昨日の時点で評価が爆上がりなのは間違いなく村尾だ。村尾を警戒してた牧田が警戒を解いたくらい、男を見せたのだから。


「おはよう、笹倉」


 昨日のことはともかく、笹倉にはきちんと挨拶をしとく。


「……はよ、幸多くん」


 あれ?


 何か朝から機嫌悪い?


 もしやまた下駄箱に変なのが入っていたりするんだろうか。


「さ、笹倉……また問題でも起きてるのか?」

「問題……。そうですね、大問題ですね」


 俺の言葉に笹倉は呆れた表情をしながら俺をじっと見ている。


 やはりそうか。


 去年は違うクラスだったから気付くはずも無かったが、彼女は朝の登校から気を病む問題が起きている。だからかもしれないが、俺の記憶している笹倉からかつての快活な少女っぷりが全く感じられない。


「ちなみにどんな問題? いつもの差出不明のラブレター?」

「幸多くんです」

「へ?」

「幸多くんが大問題です! 気づいてないんですか?」


 俺を見つめていたかと思えば、笹倉から感じられるのは気合いの入った鋭い眼差しだ。


「幸多くんって、一日経つとすっかり忘れて一途に決めたことをやめちゃう男の子なの?」

「へ? 決めたこと?」


 昨日は笹倉会があって、村尾が大活躍して――俺が何か大決心した日か?


「あーえー……っと、俺に分かるように優しく教えて頂けるとありがたいなぁ……なんて」

「……私、幸多くんには十分な優しさを提供してるんですけど、足りないんですか?」

「そんなことはないけど……そうじゃなくて、何が問題なのかを教えてくれるとありがたいなーと」

「また頭を撫でられたいとかです?」


 そういう意味じゃないんだが。


 間違いなく俺にムカついてるのは確かなのに、その答えがまるで分からない。


「おっはよ、幸多くん! それと、お姉ちゃんも!」


 昇降口で早くも気まずい空気になりそうなところで俺にとって救世主が現れた。特に連絡は取ってないが、一応彼女という関係になっている青夏と朝に会うのは初めてだ。


「せいちゃん? せいちゃんが早い時間に来るなんてどうしたの?」

「んー特には? 強いて言えば、幸多くんの顔を見に?」


 何て分かりやすい行動。


 俺的にまだ青夏と交際している気が全然しないのに、この子はごく自然に気持ちを出してくるから本当に凄いって感じなんだよな。


「そ、そうなんだ……だよね」


 そして、俺と青夏の関係性を知らない笹倉が何となく納得してるのが不思議に思える。元々俺を妹に紹介するとか言ってたし、仲が良くなるのを望んでるっぽいから多分それで理解してるんだろうけど。


「あーそうそう。幸多くん」

「うん?」

「お姉ちゃんのことはちゃんと下の名前で呼んであげるんだぞ? わたしを呼び捨てにしてるくせに、お姉ちゃんには笹倉呼びとか、それって本っ当にあり得ないんだからね! いい?」

「――あ」


 思わず声が出た俺を見る笹倉が、少しだけ安心したような表情を見せている。


 ……つまり。


「あ、秋稲あきねさんだよな?」

「うっそ、お姉ちゃんの名前、今の今まで忘れてたってこと!? 幸多くん、いくら何でも酷くない?」

「そうじゃなくて! いや、えっと……秋稲さんって呼ぶのが正解だよね? 秋稲さん……」

「うん。今はそれで合ってます」


 一つ下でなおかつ一応彼女になっている青夏を呼び捨てにするのはともかくとしても、学校の中で笹倉を呼び捨てで呼ぶのは名字くらいしか出来ない。


 少なくとも今の俺が笹倉の下の名前を呼び捨てする資格はまだないはず。


「寂しいですけど、せいちゃんの方が上なので今はそれでいいですよ、幸多くん」

「そ、そうか。今は秋稲さんで合ってるんだよな、ははは」

「そ、そうですよ。あはは……」


 朝の昇降口で俺と笹倉は何を確かめ合っているんだろうか?


「幸多くんって全然自覚ないんだね。ま、お姉ちゃんもだけど~」


 そう言うと、青夏が俺の耳元に近づきこっそりと耳打ちをしてきた。


「どっちもなんだけどさ~片思いこじらせすぎ! 本っ当、ややこしくしてるよね~」

「ん? んん?」


 それはどっちのことなんだ?


「……せいちゃん! 私たちもそうだけど、そろそろ教室に向かわないと駄目だからね?」

「それもそっか~! それじゃ、またねお姉ちゃん! それと幸多くんも!」

「お、おー。またー」

 

 朝から元気な子だな。おかげで助けられたけど。


「幸多くん。教室、行こ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る