第12話 笹倉さん家にいつになく緊張感が漂っていた日
「す、好きって? 俺が笹倉秋稲を?」
俺の分かりやすい動揺に笹倉妹は真顔で頷いている。
さっきの食べさせる順番の意味って、これを確かめる為だったってことか?
しかし、それだけで判断したわけでもなく結構前から勘づいていたっぽい言い方だ。
「どうなんですか? それによってわたしも動き方を変えるつもりがあるんですけど……」
「どうって……でも、どうしてそう思ったの?」
「幸多くんがお姉ちゃんを優先するって気持ちが分かりやすかったからです」
やはりさっきのやつで見極めていたんだな。
「青ちゃんには悪いけど、素直に答えるつもりはないよ」
「じゃあわたしと本気で付き合ってくれるんですか? それこそ、お姉ちゃんの目の前でいちゃついたりするって意味です」
てっきり笹倉妹の付き合う発言は冗談半分な言葉だと思っていた。提案とか言ってたし、花本と野上から逃す為に適当についた嘘だとも。
それなのに目の前の笹倉妹は俺をじっと見つめ、緊張してるのか微かに唇を震わせ、さっきまで食べていた甘い果物の香りと相まって、可愛さの魅力の高まりさえ感じる。
「……どうなんですか? 幸多くん」
今の時点で究極の選択肢には至らないが、笹倉妹――
幸いにして笹倉は家の中で休んでいる最中。まだ友達としてのレベルが上位に達していない今なら、自分の恋愛的な経験値を上げるいい機会かもしれない。
もちろん青夏とは遊びで付き合うのは許されないし、変な言い訳も通用しないのは分かっている。それなら俺が出せる答えなんて一つしかない。
「……えーと」
しかしそう簡単に言葉に出来るはずもなく。
「あははっ! 幸多くんって、本当に仕方ない人だね。嘘がつけないっていうのは分かっちゃった」
「ま、まぁ……うん」
ばればれだったな。
この場合の俺は優柔不断として思われてしまうんだろうか?
「んー……。まぁ、いいや。とりあえず、わたしと付き合っちゃおう! そしたら堂々とわたしのお家に入ることが出来るし、お姉ちゃんに会うことも出来るしね。細かいことは後にして、それでいいよね?」
言いながら青夏は両手を重ねながら、同意を求めるかのように俺を見つめながら笑顔を見せる。
不甲斐ない俺の為に、今すぐの結論を求めるのはやめてくれたって意味だよな?
「い、いいよ、それで。その、恋人っぽいことを具体的にやるわけじゃないんだよね?」
「どっちでもいいよ。幸多くんがしたいならね」
「ははは……」
「今はいいけど、次から笑って誤魔化すのは禁止だからね? いい?」
「は、はい」
一つ下の女の子に諭されるとは。
流石、しっかり者の笹倉の妹ってところか。
「じゃ、明日の学校でまたね、幸多くん」
「またね、青夏ちゃん」
「しばらく青ちゃんでいいよ。じゃあね!」
少し照れくさそうに舌を出しながら、青夏は自分の家に入って行った。
俺がはっきり言えないのも予想してたな。本当にしっかりしてる子だった。それに、姉に向けられている誰かの好意は妹からは分かりやすく見えるものなんだろうな。
つまり、密かな思いは抑えておく必要がある。
……気を付けないとな。
俺が自分の家に戻った直後、笹倉家の中はちょっと張り詰めた空気が漂っていた。
「お姉ちゃん……もしかして、聞いてたの?」
青夏が玄関のドアを開け閉めして靴を脱ぎ、リビングに目をやろうとすると目の前にいたのは秋稲だった。
「せいちゃん……付き合うって、栗城くんのことは本気なの?」
「んーまだ分かんない。付き合ってみないといい人なのか悪い人なのか分かんないし! 何で?」
「好き……なの?」
「それも分かんない!」
秋稲の不安そうな表情と質問に対し、青夏は答えをはぐらかしながらはっきり答える気を見せていない。そんな妹の態度に対し、秋稲は口元に手を置いて言葉を詰まらせている。
「そ、そうなんだ……?」
「お姉ちゃんはわたしが幸多くんと仲良くするのが嫌?」
「……ううん、嫌じゃない……けど」
「そっか。そんなことより、お姉ちゃんまだ寝てた方がいいよ。ほらほら、ベッドに移動移動!」
上手く言えない姉に対し、妹は姉の背中を押してゆっくり休ませることに成功した。
「お姉ちゃんの優しさはちゃんと届いてるから、心配しなくていいと思うよ! だから、ゆっくり休んでね! おやすみ!」
「……ん。そうだよね。お休み、せいちゃん」
俺が自分の家に帰ってしばらく経った頃。
――――――――――
【マキタチフユさんからカーストBグループに招待されました】
……ん?
これって、グループチャット通知か?
しかも笹倉に招待されたところと違うグループっぽいな。既に笹倉グループに入会してるのに何で別グループに招待されるのか意味が分からないが、無視すると後が怖そうだし行くしかない。
「えーと、栗城だけど」
「遅い!! さっさと入りなよ。あんただけなんだから」
「牧田千冬……だよな? 俺に何か言いたいことでも?」
「秋稲の具合は?」
「だいぶ良くなったっぽい」
牧田なら個人的に聞いてそうなのに俺に訊くとか、何でこんな回りくどいことをするんだ?
「あ、そう。ならいい」
「ああ……」
「本題だけど、あんたの前の席の男子のこと、どれくらい知ってる?」
俺の前の席というと、戦友第2号の村尾ってことになるが。
「俺と同様に笹倉秋稲に告白してズッ友宣言された友達だけど? それがどうかしたか?」
「そいつ、気に入らない。だから栗城だけ秋稲に近づくのを許す」
「……へ?」
「今はそれしか言えない。とにかく、また後で話をする時はすぐにここに来い! じゃあな、栗城」
――――――――――――
何だって?
村尾が気に入らないとか言ってたけど、あいつが何かしたのか?
全く、個人的にグループに招待しといて言ってることが意味不明なのはやめてくれっての。
「あっ、あの、栗城くん……笹倉です」
そうかと思えば今度は笹倉から個人メッセージか。
「栗城だけど、どうした?」
「栗城くん。明日はせいちゃんをよろしくお願いしますね」
「え? あ、うん」
まさかだけど、付き合うとか何とかを教えたんじゃないよな?
「それとね、来週はきちんと行くから、だから……あの、いつも通りよろしくです」
いや、言ってなさそうだ。
寝る前にメッセージを送ってくるけど、本当に気を遣ってくれてるだけなんだろうな。
「こちらこそよろしく。ゆっくり休んでいいから!」
「栗城くん。ありがとう。せいちゃんも私も、栗城くんを――」
「……え?」
「 」
寝落ちたか。
雨に打たれただけとはいえ、体は弱っていただろうし無理をさせすぎたか。
明日は休み前の学校だし、まずは青夏と話をしてそれから色々考えないとだな。
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