第10話 姉妹そろって何故か口を開けて待っている

 付き合っちゃえばいい?


 何を言うかと思えば、冗談が上手い子だな。


「さ、さすが青ちゃん! さっきの彼女発言で傷ついた俺を慰めてくれてるんだね?」


 笹倉の妹だけあって機転の利かせたことを言ってくれる。


「冗談じゃなくて本当ですよ。それに、幸多くんとわたしが付き合っちゃえばあの面倒そうな女子に絡まれることが減ると思うんですよね。そう思わないですか?」


 本当に俺と付き合うつもりなのか?


 笹倉妹の言うように、仮に俺が誰かと付き合ってる姿を見せれば花本からの誘いや野上からのちょっかいも消えていく可能性はありそうだが。


 しかし、そうなると笹倉姉との関わりをどうしていくつもりなのか? いくら妹でも、あの姉にバレずに交際できるかは甚だ疑問だぞ。


「青ちゃん。お姉ちゃんには俺とのこと何て言うつもりなの?」

「え? 言わないですよ? 別に公表しなくても良くないですか?」

「そ、そうなの? でも流石にバレるんじゃないかな……」

「幸多くんって体を鍛えてるくせに、案外心配性なんだね。それとも、わたしじゃ釣り合わなかったりします?」


 ううむ。まさかの真面目な話で戸惑いが半端ない。しかし、後ろ手を組みながら結構真剣な眼差しで俺を見てくる笹倉妹は本気っぽいんだよな。


 この子の提案を無下には出来ない気がするし、そもそも笹倉姉が休みなのをいいことに俺を誘い出した花本たちとは全く違う話でもあるし俺も決意すべき時だろうか。


「そんなことないよ。青ちゃんがいいなら俺も構わないよ」

「本当ですか! そっかー、言ってみるもんなんだなぁ。じゃ、そういうことでよろしくです! そろそろ教室戻らないとなので、幸多くんまたね!」

「へ?」


 まだ急ぐ時間でもないのに付き合えると分かって満足したのか、笹倉妹はあっさりと俺の前からいなくなった。


 笹倉妹の提案を受け入れたのは気まぐれとかでもないにしても、友達の笹倉姉じゃなくて妹と付き合うとか、ちゃんと付き合えるのか?


 でも、今はなるようになると考えるしかないかもしれないな。


「栗城。ちょっといいか?」


 教室に戻った後、授業が始まる数分前くらいに安原が俺の背中をつついて声をかけてきた。俺は後ろに振り向いて、安原の話を聞くことにした。


「んで、何?」

「バイトの話、覚えてるだろ?」

「あーそうだったな。決めたのか?」

「……オレ、実は先にバイト始めたんだわ。その方が栗城も受けやすいだろうと思ってな。少しだけオレが先輩になるけどいいよな?」


 五月の連休から始めるつもりで話を聞いていたバイトの話だったが、どうやら安原だけ先に始めてしまってるらしい。


 大量に募集中ならともかく、確かに先にどっちかがバイトを始めていれば後から入る俺はやりやすくなる。


「どういうバイト?」


 恐らく接客だと思うが、シフトに融通が利く方が助かるな。


「アミューズメント施設ってやつ。カラオケとかボーリングとかダーツとか色々ある。そこなら、女子とか誘いやすいだろ?」

「女子を誘う前提なのか」

「そういう楽しみもあった方がやる気出せるだろ。オレらがバイトしてれば、割引とか受けられるしな。やるだろ?」


 前に話を聞いた時にやるって言ってたし断る意味はない。


「じゃあ頼む」

「うし。栗城の面接日とか調整してもらうから、もうちょっと待ってくれよな!」


 安原からのバイト話を終えたところで、授業が始まった。いい感じに時間調整が出来た感じだ。


 昼休みに俺にちょっかいをかけてきた花本、そして花本を援護した野上は笹倉妹の登場によってすっかり大人しくなっていた。


 メモ紙はもちろん、俺に直接話しかけてくることもなかった。笹倉妹というより、彼女がいるかもしれないという話で考えを改めている可能性がある。


 どうなることかと思ったこの日だが、大した問題も起きずに終われそうだ。ホームルームを終え、教室を出ると永井先生が手招きをしていた。永井先生のあとを追って、教員室に入る。


 言われなくても逃げないのに、信用無いな。


「これとこれ、それとこの用紙くらいかな。中身を見るのは駄目だぞ? 栗城」

「見ませんよ。個人情報ですよね?」


 個人情報書類があるから教員室に呼ばれたのか。どうりで少し堅そうな人しかいないと思った。

 

「そういうこと。それじゃ、よろしく!」


 お知らせ的な用紙に加え、個人的な書類が入っているらしき封筒をカバンに入れ、教員室を後にした。別に先生の用事が無くても笹倉の家に行くつもりではあったが、問題は――。


「栗城先輩~! 探しましたよ~」


 問題は本気かどうか未だに分からない、笹倉妹との交際関係だ。笹倉の見舞いに行くことに問題は無いのに、何で妹とそうなってしまったのか。


「わざわざ二年の教室に来たの?」

「そりゃあ来ますよ。先輩に会いに来たんですもん!」


 といっても、廊下で俺を待っていたっぽいが。


 ……別に付き合ってなくてもこの子なら嫌じゃないんだよな。看病(or援護?)された恩もあるし、本心はどうか分からないにしても、話しやすさが半端ないし。


「一応訊くけど、お姉ちゃんが教室にいても来れるの?」

「んー……流石に行かないかな。だって、幸多くんに会いに行ったとしてもお姉ちゃんが真っ先に声をかけますもん。そうなると幸多くんはわたしに声すらかけられないと思うんですよねー」

「ははは……お見通しってわけね」

「教室じゃなくても会えるし、そこは気にしなくていいですよ」


 ……俺だけ変に焦ってる感じだな。


「それじゃ、幸多くんは先に行ってていいよー」

「一緒に帰らないの?」

「軽く食べられるものを買ってから行こうと思って」


 そうか、看病的な食べ物も必要か。


「俺も行こうか?」

「ううん、幸多くんは先に行っちゃっていいよ。そんな重たいものでもないしすぐ帰るし」


 軽いものなら確かに俺まで行くことはないな。そういうことなら先に顔を見せておこう。流石に追い出されることは無いだろうしな。


 ……ということで、笹倉家の前に到着。


 隣に自分の家があるというのも便利というか何というか。ラフな服に着替えて、笹倉の家のインターホンを鳴らした。


「……はい。どちらさまですか?」


 対応する声はいつもと変わらないけど、少しだけ掠れているようにも聞こえる。


「えーと、俺です。隣の栗城幸多」

「…………上がってください」


 勝手にインターホンを鳴らすなとか怒られそうだったが、そこまで回復はしてないみたいだ。通されたリビングは何も手つかずで、何かを口にした様子は見られない。


 外はそれほど涼しくないが、部屋の中を暖かくしていたようで少し汗ばむ程度だ。


「面倒なので入れましたけど、何ですか~……?」


 もう俺を家に上げるつもりは無かったみたいだな。


「あぁ、これ。永井先生から頼まれたプリントとか」

「ありがとう……ございます」

「お隣さんだし、問題無いよ」

「そー……ですよね。意地なんて張ることないのに、どうして……かな」


 さっきまで寝ていたっぽく、笹倉の受け答えが若干弱々しく感じられる。


「熱とかは?」

「それは無いかなぁと……疲れちゃっただけ~なんです」


 熱を出して寝込んでいた訳じゃなさそうで良かった。そうじゃなくてもあれだけ雨に打たれた状態で全力疾走なんかしたら体に堪えるだろうな。


「ただいま! あっ幸多くん、来てたんだ!」

「やぁ、青ちゃん」


 不自然にならない会話すぎる。


 文世ロードで栄養ドリンクといった軽めのものを買ってきたようで、すぐに開封して笹倉姉に飲ませ始めた。


 俺の時もそうだったが、笹倉妹は面倒見がいい子なんだな。


「はふ~……んっ、ん。うん……甘くて美味しい」

「そんな慌てなくていいよ、お姉ちゃん」


 笹倉妹はスプーンを使って、姉に蜂蜜を飲ませている。


 あぁ、そうか。俺も何か飲料水とか買っておけばよかった。部屋が暖かいせいか喉が渇き始めているのに何も出来ていないし、ほとんど笹倉妹に任せてしまっていたな。


「ふぅ~。ちょっと元気出た」

「お姉ちゃん無理しすぎ! そばにいるんだから、頼ってよ! わたしもいるし、幸多くんもお隣にいるんだよ?」

「そ、そうだぞ! 連絡してくれたらすぐ何かするから遠慮しなくてもいいぞ」

「……ん。今度からそうする。ありがと、幸多くん……」


 うっ!?


 笹倉が俺のことを下の名前で呼んだのか?


 雨の時にも聞こえたが、弱ってると細かいことに気を遣わなくなってしまうみたいだ。明日には戻ってると思うが、これはこれで感動しそう。


「良かったね、幸多くん」


 そして、何故か笹倉妹が俺を祝福している。


「それじゃあ、お姉ちゃん。耳を貸して」

「……ん。なぁに?」


 何やら俺に聞かせられないことを話したいのか、笹倉姉妹は二人で内緒話を始めた。しかし、すぐに終わったようで二人とも俺の顔を見つめだしている。


「うん? な、何?」


 何か企んでるっぽいが、笹倉姉の顔はここに来た時点で赤らんでいたから判断出来ない。

 

「お姉ちゃんもしてもらおうよ!」

「さっき言ってたこと? ほ、本当に?」


 何やら動揺してるが、何をするつもりだろうか。


「幸多くん。お姉ちゃんとわたしに、テーブルの上に置いてあるカットリンゴを食べさせてください!」

「栗城くん……お願いします」


 二人は俺の目の前で口を開けて、食べさせてくれるのを待っているようだ。


 これって、俺に与えられたご褒美なのでは?

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