第9話 へたれ男子を救ったのは妹だった件

 おいおい、本性をあらわすにしてもこんなすぐに出すのかよ。見た目が真面目女子なギャルは、実は想像を遥かに超える黒い女子だった――とか笑えないぞ。


「友達は友達だろ。それ以上があるのか?」


 上位だとか下位だとかをこの前牧田に言われてるけど、それはそれだ。


「だーかーらー! それって単なる自己満なわけよ! ズッ友で誤魔化してオトコ囲ってんの笹倉だけだし? 栗城っちもさー、友達って言葉で満足してないで気持ちとか素直になった方が良くない?」


 ふと野上の方を気にするが、こっちの話に全く関わってくる気配はない。それに引き換え、隣に座る花本は言いたいことを全て俺にぶつけている。


「囲うとかって違わないか? そんな光景見たことないぞ」

「あたしらから見たら、笹倉は上手いことやってんの! お友達で満足してキープされてる男子には分かんないだろーけど」


 ここで俺が笹倉を擁護すればするほど、俺が笹倉に密かな想いがあるってことを自ら打ち明けてるようなものだな。だからといって花本に言われっぱなしなのは悔しすぎる。


「でさー、自己満の栗城っちに朗報なんだけどー」

「朗報?」

「あたし、栗城っちならいいよー? だから、付き合っちゃえば良くない?」


 やはりそうくるか。


 一学期が始まったばかりで花本を良く知らないとはいえ、仮に一年の時から俺のことが気になっていたのだとすれば、花本にとって今が攻め時と考えるのは当然の流れだ。


「悪いけど、栗城。芽衣もわたしもあんたのことは中学の時から知ってるから」


 そんな花本へ何を言うか迷っていると、それまでずっと無関心だった野上が衝撃的なことを言い放つ。その発言と同時に援護されたい為か、花本が野上の隣に座り直している。


 俺の隣よりも味方の野上の隣の方が強気で言えるからだな。


「中学って……え? 二人とも同じ学校だったのか? ちなみにクラスは……?」


 同じ中学だったとか素直に驚く。ああ、だから俺が自己紹介した時に微妙な表情を見せたのか。


「あんたは違うクラスだから知らなくて当然。けど、わたしらは笹倉と同じクラスだった。だから笹倉のことは全部知ってるってわけ! それを知りながらも芽衣はあんたのことが好きって言ってんだけど?」


 花本の分かりやすい好意は見て分かるが、朝から今に至るまでの急激な変化で気持ちなんてついてこれるはずがない。別に本性を出したことに戸惑っているわけじゃなく、二人が笹倉を嫌ってることの意味が分からないだけだ。


「女子に好きって言われた気持ちに嬉しさはある。でも、何度も言うけど俺は花本のことはよく知らないからいい返事は出来ない」

「あたしも栗城っちのことは詳しく知らないけどね。だからこそ面白いし、楽しいと思うけど? お試しでも何でもいいからさー付き合っちゃおうよ?」

「友達止まりの笹倉なんか気にしないで芽衣と付き合いなよ? どーせ暇してるだろ?」


 モテ期とは異なるが、笹倉じゃない女子とお試しで付き合う――いや、無理な話だ。この場にもし安原がいたなら――あいつなら喜んで返事をするだろうけどな。


 しかし、笹倉へ気持ちを向けている俺が他の女子に気持ちを動かすってのは厳しすぎる。


「悪いけど、俺は笹倉……」


 きっぱりと拒否するつもりで身を乗り出して花本と野上に言おうとしたところで――


「――栗城先輩!! 栗城先輩ですよねー?」


 花本と野上が座っている席の真後ろから、見知った女子が声を張り上げた。


「……は? 栗城先輩? え、誰?」

「え、誰なの? 栗城っちの知り合い? っていうか、ネクタイの色が赤……ってことは、一年女子?」


 何という助け船。


 しかも、笹倉に関係することだからなおさら助かる。下の名前じゃなくきちんと呼んでくる辺りは流石だ。


 学食で会うのは初めてというか、学校で顔を合わせること自体始めてなんじゃないか?


「やぁ、青ちゃん! 奇遇だね」


 だが、俺はあえて愛称で呼ばせてもらう!


 ここで笹倉と俺が言ってしまうと嫌な予感しかしないからな。多分、笹倉妹も分かってて声をかけてきている。


「本当ですねー! 栗城先輩は……二人の女子に囲まれてお昼休みですかー? いいご身分ですね?」


 囲みって言葉を早速使ってくるとか、絶対後ろで会話を聞いてたな?


「いやぁ、た、たまには女子とご飯くらい食べることもあるよ?」

「へぇー? そうなんですねー」


 完全なる棒読みである。


「ちょっと、栗城っち。この子は誰?」

「俺の後輩ですよ」


 後輩であることは事実だしな。


「それは見たら分かるんだけどー、どういう関係の後輩とか教えて欲しいんだけど?」

「近所の馴染みの子……って感じかな」

「ふーん? まぁ、それはともかくだけど、返事がまだだよ? 当然訊かせてくれるよね?」


 当然のことなのか。俺がいい返事をすることを確信してる感じで訊いているな。


「栗城。ズッ友の笹倉とかどうでもいいから、黙って芽衣と付き合いなよ!」


 しかし、俺の曖昧な態度にしびれを切らせた野上から発せられた笹倉という名前は、笹倉妹にとってこの二人を敵認定するのに相応しい言葉だった。


「……ごめんなさい、先輩たち! 栗城先輩はすでに彼女がいますので、どれだけ気持ちを伝えても無駄だと思います!」


 ぬおっ!?


 何というデマを言い放つんだこの子は。


「……えーっと…………?」

「彼女って……え、誰」


 しかし、俺の心配をよそに花本だけでなく野上までもが笹倉妹の言葉に絶句し、言葉を失う程大人しくなってしまった。


 肝心の笹倉妹はドヤ顔で俺に笑顔を見せ、親指をぐっと立てている。


「そういうわけですので、栗城先輩をお借りしますね! さっ、先輩。彼女ちゃんのところに行きません?」


 彼女ちゃんって誰のことなんだ?


 とはいえ、せっかく助けてくれたわけだし二人の反撃が始まる前に離れてしまおう。


「じゃ、じゃあ、花本と野上。またな!」


 返事は返ってこなかったが、二人の強引な作戦は失敗に終わったと言っていい。


「あはははっ! おかしかった~!」

「はは、そうだね」


 笹倉妹と一緒に無事に学食から離れ、廊下を歩き続けたところで一息入れる為に立ち止まる。


「ふぅっ。さてと、幸多くん。幸多くんはわたしに何か言うことあるよね?」


 笹倉妹が無邪気に笑いながら俺に何らかの言葉を求めている。


「青ちゃんのおかげで抜け出せたよ。ありがとう!」


 そして、このお礼の言葉は俺の素直な気持ちだ。


「やっぱり絡まれていたんだ? あの二人が言ってたことってお姉ちゃんのことだよね?」

「ま、まぁ……そうなるね」


 姉っていうのもあるだろうけど、本人がいないところで悪く言われているのを聞いてた笹倉妹は俺に代わって怒りたかっただろうな。


「初めから聞こえてたわけじゃないんだけど、笹倉って名前が出てたので気になっちゃって、そしたらお姉ちゃんのことを悪く言ってるじゃないですか! 幸多くんの代わりにわたしが文句を言いたかったくらいですよ!」


 やっぱりそうだったか。


「それはそうと、お姉ちゃんは家で寝込んでいますので、幸多くんよろしくです!」

「先生にも頼まれてるから行く予定はあるよ」

「……その先生って言葉は、いらなくないですか?」

 

 弱っていた俺に料理を食べさせてくれた時と違って厳しいな。


「そうだね、ごめん」

「ところで、あの二人のどっちかと付き合うつもりがあるんですか?」

「まさか。俺のことが好きだとか言ってたけど、俺はあの子達のことをよく知らないからね。返事はしないし出来なかった……というより、寸でのところで青ちゃんに助けられたよ」

「予想以上にへたれなんだね。幸多くんって」


 手厳しいな本当に。


「何を気にしてるのかは分かんないですけど、適当に付き合っちゃえば良かったのに」


 そしてこの言葉も意外過ぎる。


「へ? え、何で?」

「だって、実際のところ彼女なんかいないじゃないですか」

「ぐふっ」


 助けてくれたはずなのに正確な答えを言ってくるとは中々だな。


「そこで提案です!」

「……うん?」


 笹倉妹は俺の正面に立ち、後ろ手を組みながら俺に何かを言おうとしている。


「わたしと付き合っちゃえば良くないですか?」

「――え」

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