第8話 黒歴史を持つ男子は事を運ぶのが下手だった
まともに雨を受けた俺だったが、筋トレと適度な肉を食べ続けてきたおかげで体調を崩すことなく朝を迎える。
今日と明日、学校に行けば休みが待っている。その期待もあって、雨の出来事などとっくに忘れ去っていた。しかし、笹倉のあの呟きは確実に俺の心を健やかにしてくれた。
学校で会ったらそれすら忘れていそうではあるものの、俺だけでも笹倉に笑顔を届けることにする。
そう意気込んでいたのに――
「――え!? 休み?」
浮かれ気分で廊下を歩いていた俺に、笹倉が欠席するという連絡を永井先生から直接聞かされる。何故俺にだけ真っ先に教えてくれたのかと訊くと、先生は苦笑した。
「笹倉さん、栗城のお隣さんだから」
「あ、まぁ、そうですね」
「だから先生の伝えたいこと、分かるよね?」
大体想像はつく。
「……つまり、使い走り的なやつですかね?」
「よく分かってるじゃない!」
機嫌を良くした永井先生の手が俺の肩に置かれた。
「他の生徒には頼めないことだけど、お隣の栗城なら……って思ってね。行ってくれるね?」
先生だから個人情報を把握してるのは当然のことか。そして、一年の時の担任でもあった永井先生の頼みを断れるわけもないけど。
「授業が終わったら寄ればいいんですよね?」
「そういうこと。忘れずによろしく」
一年の時からだが、永井先生は俺をやたらと頼りにしている感じがある。それも評価には全く影響の無い範囲で。
一見すると内申点だとかテストにいい影響を及ぼすことを期待出来そうだが、永井先生はああ見えてちっとも甘くない。それでも逆らうことはしたくないからこその頼まれだ。
「クリキチ~! おはよー!」
「えっ?」
席に着くと、花本が話しかけてきた。今まで通路挟みの隣でメモ紙会話しかしたことがない女子が、何故急に声をかけてきたのか。
しかもクリキチって誰だよ!
思わず俺は金縛りにあったかのように体を硬直させた。
「やだなぁ、まさかあたしのこと、知らないとかじゃないよねー?」
黒髪ショートヘアの花本はいたずらっぽく笑いながらまだ来ていない村尾の席に座り、顎に手を置きながら俺を見つめてくる。
何でこんな劇的に変わっているんだ?
昨日まではメモ紙だけのやり取りだったはずだ。
「その前に、クリキチって?」
「栗城っち! 略してクリキチ! 可愛くない?」
「略してないだろ……」
真面目そうだと勝手に思った花本は、メモ紙の内容をそのまま反映したギャルそのものだった。そして、何故か急激な態度変化で俺に対し積極的になっていた。
村尾がまだ来てないからいいようなものの、通路挟みの隣から移動して目の前にくるなんて想定外にも程がある。
「あれ? もしかして、芽衣ってすでに栗城に攻勢かけてる感じ?」
目の前の花本に気を取られていると、さらに別の女子が俺の真横に立っていた。顔を横に向けると、俺の首の動きよりも先に花本の横に立ち、俺をジッと見ていた。
……迫力がある女子だな。
「ののっち! おは!」
「うん、おはよ。言ってること、合ってた?」
「そそ! 今日とかチャンス得たって思うし、いない隙に~って感じで!」
二人は俺を見ながら悪企みの話をしているようだ。一瞬だけ俺の隣の窓側を見る
すでに情報が洩れているのか、それとも女子の間で笹倉が休みだということを知らされたか。それを知って余裕を得たかのような表情だった。
俺に声をかけてきたのも、笹倉がいない内にといったところだろう。
「……野上だったか? 今の状況はどういうことだ?」
「どうもこうもないけど? 芽衣の素直な気持ちが朝から発散されてるってだけだし」
野上といえば俺が名前を名乗り、初めましてを言ったら眉間にしわを寄せた女子だ。笹倉メンバーに野上の名前は無いが、俺のことを知っているかのような態度だった。
「素直な気持ち?」
「ふん。そんなのすぐに分かれよ、栗城」
「分かるわけないだろ。話しかけられてるだけで分かったら苦労しないっての!」
どうやら野上は俺をよく思っていない。
対する花本はというと――
「――言っちゃっていい、いいの~? クリキチに、あたしの本当の気持ちを!」
メモ紙から好意のようなものを向けられている時から薄々気づいていた。だが、正直言ってこの女子のことは何も知らない。
まして、見た目こそ真面目女子なのに中身がギャルだなんて到底分かるわけもないからな。しかも援軍とばかりに野上にきつく詰められている。
だが、その最中に俺の援軍が現れた。
「えっ? あれっ? なぁ、幸多。おれの席ってどこだっけ?」
……援軍すらならないのか村尾は。
「そこだ」
堂々と村尾の席に座る花本に指差して、そこがお前の席だと教えてやった。だが、俺の指差しで自分が指名されたと勘違いしたのか、花本は一人で照れ笑いをしている。
何なんだこの女子は?
「……悪いけど、そこは村尾の席だ。そろそろどいてやるのが優しさだと思うぞ」
「おぉ! だよな? 間違いなくおれの席は幸多の前だよな?」
時間的に教室も賑やかになってきたところで、花本たちはようやく村尾の席を解放してくれた。
……村尾の席の解放はあくまで花本が自分の席に戻っただけに過ぎず、俺の不利な状況が変わるわけでは無かった。嫌な予感が的中し、昼休み時間になった途端に花本と野上に強引に誘われていた。
それも、両脇をがっちりと固められた状態で。
「クリキチ! それじゃ、行こっか!」
「わたしは芽衣の付き添い。だから、あんたは何も気にしなくていい」
「俺は気にするっての!」
女子二人と学食へ向かう俺を見ながら、教室に残った村尾と月田は現実を受け入れられないかのような絶望的な眼差しで俺を送り出していた。
学食へ着くと、野上は自販機でケーキを買ってすぐに俺たちの席を確保する。花本は俺の腕を掴みながら俺と同じラーメンを頼んでいる。
「別に逃げるつもりはないけど、何で腕を掴んでるんだ? 単なるクラスメイトだよな?」
「クリキチって意識するタイプ? これくらい、何てことないと思うけどー?」
「その変な名前もどうかと思うが」
「まーまー、いいじゃん! ののっちが席確保してるし、とりあえず座ろうよ」
俺が笹倉相手に苦戦している最中、花本はいとも簡単に俺に接触してきた。野上はその花本を応援しているようだが……。
席に着いた俺の隣には花本が座り、正面には野上が座った。
「とりあえず食べるか……」
「頂き~!」
「…………うん、美味しい」
冷めないうちにということで、ラーメンを頼んだ俺と花本は夢中になってラーメンを食べ終えた。野上は一人黙々とケーキを完食し、俺たちが落ち着くのを待っている。
昼休みの残り時間に余裕があるので、俺はすぐにどういうつもりなのか訊いてみた。
「で、本当のところ、何でいきなり俺に近づいてきた?」
野上は花本に目配せをしながら、自分は無関係と言わんばかりにそっぽを向いている。だが、誰かに邪魔されるのを警戒して周囲の生徒に睨みを利かせて威圧しているようだ。
野上とは対照的に、花本は体を密着させながら答えにくいことを訊いてくる。
「栗城っちってさー、笹倉秋稲のこと、いつも気にしてるっしょ?」
クリキチはやめてくれたか。
いや、それよりも、何で笹倉の話が出てくるんだ?
「……何のことだ? 笹倉を気にしてる? ……俺が?」
俺の反応に対し、さっきまで余裕そうに微笑みながら話していた花本の態度が一変する。
「バレバレなんだよねー。はっきりいってウザすぎなんだけど? あっちはどうだか知んないけど、友達とかで誤魔化してんのやめてくんない?」
おおう、マジか。
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