第7話 雨に打たれた笹倉を運んだら幸運な音が聞こえた
……何だか気恥ずかしいな。
女子と違って男子のネクタイなんて適当でいいのに、笹倉から見て何かが気になったのか位置を直してくれている。
こういうさり気ない優しさがモテる要素なんだろうな。
「直りました! もう楽にしていいですよ、栗城くん。ふふっ、そんなに歯を食いしばるほど緊張したんですか? 顔、強張ってますよ?」
無意識にそうなっていたっぽいな。それを笹倉に知られてしまうとは恥ずかしい限りだ。目の前にいる相手が相手だし、仕方が無いかもだが。
未だに諦めることが出来ていない相手に心の内を知られるわけにはいかない――という意識が顔に出てしまったんだろうな。
それはともかくお礼は言っておかねば。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして! それで、下駄箱の件が気になりますか?」
気にならないと言えば嘘になる。
それこそ、月田みたいな男子が複数人いるという事実を知ると、気休めにもならないことを言うのはかえって危険になるからだ。
ネクタイを直してもらっただけで満足ということにしよう。
「笹倉。悪いけど、村尾の奴を先に行かせてる。だから俺、急がないと……」
「でも、まだ遅刻しそうな時間じゃないですよ? そんなに大事なお友達なんですか?」
そう言って笹倉は壁時計をチラ見しつつ、俺をジッと見つめてくる。
「大事な……って、まぁ、あまり男友達がいない俺にとってはまあまあな友達だ」
「それもそうですね。それで、下駄箱のことはいいんですか?」
「いや……」
同じクラスで隣の席の笹倉には逃げの言い訳が通じるわけがなかった。それなら下駄箱の件だけでも素直に訊いておく――というか、それが何なのか当ててやろう。
どうも訊いて欲しそうな気がするし。
「下駄箱の、あれはズバリ! 笹倉へのラブレターだよな?」
あれだけ分かりやすく溢れてきてたということは、男子達からのアレに違いない。スマートフォンで伝える方が楽なのに、手紙を使う手段も侮れないものがあるからな。
「はい。同じ人から何度も届いてる手紙なんです。書いてる内容はほとんど同じでして、中にはスマホで読み取る画像とかも添付されていたりして、ちょっとどうしようかなって思いながら結局何も出来てないんですよね……」
……違った。
単純なラブレターかと思ってたら、かなり闇深そうなやつだった。どうりで顔色が優れない気がしたわけだ。
その中の一通くらいは多分月田のも混ざっているだろうし、あとで注意しておくか。それ以外の手紙、それも読み取り画像となると決して簡単に解決出来ることじゃないな。
モテすぎているのも問題だったわけか。
「あー、えーっと……友達の俺に出来ることがあるなら、好きなタイミングで頼っても……」
「ありがとう、栗城くん。今はそれには及びません。なので、教室に向かいませんか?」
「そ、そうしましょう」
――つまり、現時点の俺は頼りたい友達じゃないわけだ。
誰にでも笑顔を見せる笹倉のはずなのに一年の時はまるで噂が聞こえてこなかったのも、もしかしたらそのラブレターが関係している可能性がある。
それに、俺とこうして話すようになったのも二年になってからだ。それこそまるで俺と一緒に目立つことを再開したかのように。
……とはいえ、一学期が始まったばかりだし今はどうにも出来ないな。友達レベルはよく分からないが、様子を見ながら接するしかない。
「遅かったな、栗城。トイレか?」
教室に入り席に着くと、早速前の席から村尾が振り向いてきた。俺とほぼ同じタイミングで自分の席に着いた笹倉を気にする素振りはないように見える。
笹倉も、前の席にいる牧田と楽しそうに話をしている。
「違うけど似たようなもんだ」
「……話違うけど、そろそろ恥ずかしがらずにメッセージを送ってきてもいいからな?」
メッセージというとグループのアレか。
「個人メッセージの方で?」
「チャットだとお前との恥ずかしいやり取りが見られるだろーが!」
「おい、やめろ」
何でそこで興奮するんだこいつ。
「軽い冗談だ。受け流せよ、
「……! 分かってるっての。同じクラスになったし前より話しやすくなったからな。後で何か書いとく」
言いたいことを伝えた村尾はすぐに前に向き直した。
そのすぐ後、念の為笹倉と牧田がいる位置を気にしたが、俺を気にすることなく話に夢中だった。隣の席や近くの席にいるだけなのに、俺だけ何かの罠に
そんな俺の怪しいメンタルを知ってか知らずか、右隣の女子からメモ紙が置かれた。
【おはよー! 栗城っち、元気なくない? フラれたかー? もしそうなら遊びいこーよ!】
「…………俺はいつもこんなもんだ」
「あ? 何か言ったか、幸多?」
「気にすんな」
どういうわけか、通路を挟んだ右隣の女子、花本は多分俺限定でメモ紙を渡してくる。口下手か陰キャなのかと思ったが、周りの女子とは普通に会話しているのを見ればそうじゃないことが分かる。
笹倉と牧田以外の女子の姿をまともに見ていないにしても、ぱっと見で判断すれば花本は至って普通の真面目そうな女子だ。
それなのにメモ紙の口調はギャルっぽいこともあって、どう接するのが正解なのか見当がつかない。
「よし、席に着いて! 授業始めるからー!」
あれこれ考えている間に、永井先生が教壇に立っていた。
メモ紙の花本に返事を返すことも出来ないまま、午前の授業が始まった。右隣の花本を見ることが出来ない俺の方こそ、陰キャ要素はたっぷりかもしれない。
朝の時点で晴天だったこともあり、傘なんて必要無いと思いながら登校してきた俺だったが、昼が過ぎた辺りから曇天模様に変わっていた。
気づくのが遅れたまま、放課後に突入する。
昇降口に来たところで俺を待ち受けていたのは、四月の不安定な天気にばっちり当たってしまったことだ。四月下旬は寒気の影響があるからまだ分かるが、まだ上旬のこの時季にまさかの強雨である。
そんな間抜けな俺のすぐ真横には、外の強雨を眺める笹倉の姿があった。
「笹倉、もしかしてだけど……お前も傘――」
「傘ならあります。それが何か?」
「くっ……」
まさかと思うが、俺に意地悪なことをするつもりか?
横からでも分かる笹倉の口角上がりですぐに判明した。
完全にからかわれた――と。
「あー、あのー……」
「何ですか? 花本さんに気のある栗城くん?」
「え……?」
「ですから、通路を挟んだお隣の花本芽衣さんが気になって仕方が無い栗城くんですよ」
隣の席だから当然見られていたのは分かったが、全然俺を気にしていなかったじゃないか!
いや、メモ紙を机に置かれてる時点で気づかれてしまうな。
それにしたって、ただのお友達にこんな分かりやすい嫉妬を教えてくるものなのか?
この冷や冷やな間も笑顔を見せてくるが、実は嫉妬深い女子なのでは。単なるお友達にここまで分かりやすい嫉妬はしないと思うんだけど。
「笹倉さんは俺の……」
「お友達ですけど?」
「ですよねー」
「……ついでに言うと、お家がお隣さんで学校の席もお隣さんです」
俺のことが好きなお友達という生易しい笑顔じゃないな、これは。
しっかり者で快活系な笹倉のことだ、お隣さんとして生活の乱れは気を付けろという意味が込められているに違いないやつだ。
すでにお隣の家に本人が知らぬ間に部屋にいたという前科があるし、その線で間違いない。
「ごめん、俺が悪かったです」
「何を謝るんですか? 別に気にしないですよ? 誰と誰が意識するだとか、どうでもいいことですから」
とても気にしていないように見えないんだが。
「一応言っておくけど、俺は花本さんをよく知らないからな? メモ紙だって向こうが勝手に……」
「……もういいです!! 栗城くんがちっとも身近な友達のことを分かろうとしないってことは理解しましたから!!」
「えっ、あっ!?」
まるで長いこと付き合ってきた恋人が別れ話をしてるかのような空気だった。そして、笹倉は傘を開かずに強雨の中を猛ダッシュして行ってしまった。
これは――どう考えても恋へのフラグを立てるチャンス。
そして、ただの友達のはずなのに笹倉が俺をかなり気にしているようにしか思えないうえ、分かりやすくその行動と態度を見せていることだ。
真相は不明だが、傘持ちの笹倉がずぶ濡れになるのは非常によろしくないので、俺も急いで追うことにした。
「おい、幸多っ! 傘ならあるぞっ……て、聞こえるわけねーか。あいつ、おれと同じでまだ諦めてないのか?」
昇降口から慌てて外に出た俺に向けて誰かの声が聞こえた気がしたが、今はとにかく笹倉に追いつくことが優先だ。
文世高の通学路は舗装が整っているが、全てじゃなくたまに水たまりに当たる。だが、笹倉を目視で捉えるまでは足下なんて気にする余裕はない。
靴下にほぼ冷たさを感じた辺りで、ようやく前方を歩く笹倉の姿を見つける。速度を下げ、自分の足下を見ると、ものの見事にずぶ濡れ状態だった。
俺が追いかけてきたことに気づいた笹倉は、これまたずぶ濡れ状態で俺を恨めしそうに見ている。
「わざわざ追いかけて来たんですね、栗城くん」
「あんな分かりやす……あからさまに飛び出して行ったら、追いかけるだろ! 友達なんだから」
「あぁー……そうでしたね。友達でしたね」
元々朝の時点で体調が悪そうに見えたが、雨に濡れた笹倉はさらに酷い状態に見える。俺も同じ状態だけど、もし具合が悪いならこのまま立ち尽くすわけにはいかない。
すかさず笹倉の前に出た俺は、その場にしゃがんで笹倉におんぶしてくるように指示をする。
「……本当に本気ですか?」
笹倉の言葉の意味が全く分からなかったが、おんぶするのに嘘も何もない。ってことで、細長い腕を俺の肩にかけさせ、そのまま身を預けてもらった。
「本気以外に何かあるのか?」
「……なる…………ほど。はぁっ……じゃあ、いいです」
すでに体力の限界がきていたようで、俺におんぶをしてきた笹倉は疲れからか言葉少なだ。笹倉を背負う中、傘が無いせいか雨粒の音がまともに耳に響き続けた。
あとは自分らの家に戻るだけ――の中、雨音に混じって耳元に聞こえてきたのは、「諦め……てないのは、幸多くんだけじゃない……」という声の音だった。
もしやこれは俺にとって幸運な音なのでは?
……などと浮かれながら、笹倉を家に送り届けた。
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