第2話 退屈だった男子高校生の日常に幸運を運ばれた

 昨日の夕方、中学時代に告白したことがある笹倉秋稲ささくらあきねが引っ越し記念品を持って挨拶にやって来た。


 笹倉秋稲。彼女は秀外恵中しゅうがいけいちゅうで欠点と呼べるものがなく、彼女にしたいナンバーワンとして男子から圧倒的な人気を誇っていた。


 誰にでも分け隔てなく優しく接することが出来る快活系女子で、クラスのムードメーカーだったこともあり、同性にも人気だったことを覚えている。そんな彼女から、何かを期待するしかないメッセージが届き、目覚めのいい朝を迎えた。


 クラス替えをされた初日でもあるのでどのみち早く家を出るつもりだっただけに、俺は身支度を整えて玄関ドアを勢いよく開ける。


「いっ――たぁーー!!」

「へっ?」


 何やら悲痛な叫びが通路に響き渡ったようなので恐る恐るドアの外を見てみると、そこには額を手でさすりながらしゃがみ込む笹倉の姿があった。


「えっと、大丈夫?」

「痛いじゃないですかー! 私、メッセージ送りましたよね? それなのに、何も気を付けずにドアを開けてくるなんてあんまりです」

「ご、ごめん! 玄関前って、まさかドアの前だとは思わなくて……」


 インターホンを鳴らさずに来た子だから昨日の時点で察しておくべきだったか。そうだとしても、意外におっちょこちょいなのかもしれない。


「まぁ、いいです。その辺り、ちっとも変わってないことが分かりましたから」


 笹倉の中では俺のイメージはわんぱく小僧で、中学の時から全く成長してないということだろうか。しかし、昨日の格好と違って制服姿な俺を見てもらえば多少は評価が変わるはずだ。


 ……ってことで、家の鍵を閉めかけて笹倉に向き直った。


「どうかな? 制服姿の俺はきちんとしてると思うんだけど……」

「そうですね、よく知ってます。学校にいる時の栗城くんはちゃんとしてるんですよね」

「えっ? 感想も何も無かったり?」


 特に何の感動も得られなかったようだ。


「感想ですか? でも、初めて見るわけじゃないので特に驚きは……あ、もしかして妹に会いたかった感じですか?」


 違うクラスだったとはいえ、同じ学校にいればどこかで俺を見てるから新鮮さは無いか。学年が上がっても変わるのはネクタイの色くらいだし。


 てっきり、昨日のだらしない姿からのギャップ萌えでもあるのかと思っていたけどあるわけなかった。


「なぜそこで妹さんの話が?」

「会いたそうな顔してましたから。俺は先輩だぞ! って感じで」


 どうやら俺のイメージは良くないらしい。


「それはあまりに酷いイメージだな。俺、そんな意地悪そう?」

「はい。とっても」


 昨日の格好でかなり手厳しい評価が下されたみたいだ。


 はっきり物事を言ってくれるからそこまでしつこく反抗するつもりは無いけど、笹倉がいだく俺への黒イメージを取り払っていかないとやばいな。


「そ、それはともかく、俺、これから学校に行くんだけど……」

「そうですね。なるべく早く向かいたいなって思いました」

「それなら先に行っても構わないけど?」

「……一緒に行けばいいじゃないですか!」


 ああ、やはり。


 玄関前にいたから何となく予感はあったが、そういうことだった。しかし、お隣さんだからって一緒に登校するとかそんなうまい話があるだろうか。


 俺は思わず笹倉の前で腕組みをしながら首を傾げた。


「あれ? 私、何かおかしなこと言ってます?」

「いや、そうじゃなくて何で俺なのかと」


 それこそ笹倉には一つ下で新入生の妹がいるんだし、お隣さんになったからって俺と登校する意味はあまり無いと思われるんだが。


「ちなみに妹でしたらすでに登校してますよ。新入生ってレクリエーションとかで忙しいですからね」

「それで何で俺と?」

「だって友達なので!」


 あぁ、やっぱり友達枠での意味か。変に期待だとか意識してるのは俺だけだった。


「でも他の人が見たら噂されるかもなんじゃ?」

「友達同士で登校して何を噂することがあります?」


 確かにその通りだからもう何も言うまい。


「あーうん。じゃあ、行こうか」

「はい! 私、近道を知ってるのでそこからならあまり見られないと思いますよ」


 何だか朝から俺だけ勝手に意識して疲れた。


 笹倉の恋愛対象外で単なる友達なのは分かっているはずなのに、隣を歩いているだけで緊張してしまうのは何故なんだろうな。


 俺も知らない近道を通り抜けた結果、俺と笹倉は誰かに見られることなく学校にたどり着いた。


 二年目の私立文世高等学校。


 クラス替えによりこれから何度も使うことになる新たな教室には、一年の時には顔を合わせることが無かった面々がまだ決まっていない席につき、雑談に花を咲かせていた。


 笹倉はすでに俺から離れ、女子達の元へと駆け寄り話をしている。


 対する俺はぼっちではないものの、自分から積極的に声をかけるでもないので何も考えずに壁に寄りかかっていた。


「よっ! 栗城! 同じクラスになれたな!」


 すると、案の定向こうから声をかけてきた。


「一年の時は廊下と体育館と学食くらいでしか会わなかったからな。村尾は元気だったか?」

「それなりにな」


 笹倉に誘われたグループを少しだけ気にしてみたら、そこには村尾優生むらおゆうせいの名前があった。笹倉が言っていた戦友がまさに村尾だった。


 つまり、笹倉に告白したことがある仲間という意味だ。


「んで、お前って彼女は……」

「いると思ってないよな? そっくりその質問を返すぞ」

「だよなー! 笹倉リーダーのグループに入ってるお前が彼女を作れるわけがないよな」


 もしや昨日入会したグループって――


「――お友達同盟って意味か? あのグループは」

「それは知らんけど、今のところ分かるのは同じ中学だった奴しかいないってだけだな」


 女子の名前も見えたし、無傷の戦友だけでは無さそうだな。


「よーし、みんなとりあえず近くに座って!」


 村尾と話をしていたら、担任の社会科教師である永井可織ながいかおりが教壇に立っていた。永井先生は俺の一年の時の担任だったので馴染み深い。


「一学期は予め決まった席で授業を受けてもらうから、先生のところに置いてある箱から紙を持って席に着くように」


 どうやら永井先生のやり方は健在らしい。一学期は先生が決めた席で、二学期からは話し合いで席が決まる。


 そのせいか極端な席順になることは無く、ハーレム席を作ることは出来ない。まあ、どんなイケメン男子がいても女子を周りに固めるのは他の男子が許さないけど。


 そして紙に記載されていた席、幸運にも窓側の後ろ寄りの席に着席すると、腐れ縁のような奴が近くに集まった。


「振り向いたら栗城がいた件。ま、よろしくな!」

「あんまり振り向かなくていいぞ」

「努力しとく」


 前の席には村尾、一番後ろの席には一年の時に同じクラスだった安原龍やすはらりゅうの姿があった。


 ……といっても、安原は俺にあまり関心がないようで俺の隣に座っている女子ばかり見ているようだ。村尾に気を取られて隣の女子を気にしていなかったが、安原の反応ですぐに判明した。


「こんにちは、栗城くん」

「……どうも、笹倉さん」


 相変わらず笑顔の破壊力が半端ない。


 村尾は戦友だから笹倉のことを今さら気にすることは無いが、安原はもちろん笹倉の前後の女子はこぞって笹倉に声をかけている。


 笹倉の前後の女子は初めましてな女子っぽいので、一応声だけかけておくことにした。


「どうも、初めまして。笹倉さんの隣の栗城です。近所なので何かあったら……」

「……は? 初めまして? まぁいいけど。笹倉さんの後ろの、野上のがみのの。適当によろしく」


 初めましてだよな?


 まさか中学の同級生だったとかじゃないよな。笹倉の周りを固めている女子も容姿端麗な女子が多い気がする。


 そして前の席の女子に声をかけようとすると、笹倉も一緒になって声をかけられた。


 はっきりいって一年の時と違って自己紹介しなくてもいいのだが、隣と前後の席は話をする可能性があるのでとりあえず言うだけ言っておくことにしている。


 まして笹倉が隣になってしまった以上、その前後の女子は気を付けておきたい。


「こちら、お友達の栗城くんです」

「昨日グループに入った栗城?」


 初対面で早くも呼び捨てか。ちょっと強気そうな女子だな。


「どうも。栗城幸多って言います」

「あー。うちは牧田」

「コホン。彼女は牧田千冬まきたちふゆさんです。頼りがいがあるので、栗城くんも頼ってしまうかもですよ」


 あまりに塩対応なせいか笹倉から名前を聞かされてしまう。肝心の牧田はあまり興味が無いのか、首を上下に動かしているだけで俺に見向きもしない。


「牧田さん、恥ずかしがり屋さんなので気を悪く持たないで欲しいです」


 態度だけで判断すればとてもそうは思えないが。


「そうみたいだし、そうするよ」


 席順は永井先生が決めたことだから特別な意味はないと思うけど、それにしたっての席だな。


「ん? お前、一年の時同じクラスにいた栗城か?」


 笹倉の助けを借りた直後、安原がようやく俺に気づいた。


「まあな。前の席なんだからすぐに気づいてくれよ」

「いやー、栗城を見るよりもお前の隣の女子に目を奪われちまった! 悪ぃな」


 無理もない話だな。安原だけじゃなく、離れた席にいる他の男子も笹倉を気にしているし。それが俺や安原みたく間近な距離ともなれば夢中にならない方がおかしい。


「退屈な日常が変わりそうか?」

「それだ! 栗城も同じだろうが、オレたちの退屈な高校生活に幸運が運ばれてきた感じだ!」

「んでも、去年だって可愛い子はいただろ?」

「段違いだ! 目を引く女子はそう多くないからな」


 やはり笹倉の人気は高校でも健在だったわけか。


 去年は笹倉が同じ高校にいること自体全く気づかなかったから、当時の男子の人気は相当なものだったと推測できるな。


「席が落ち着いたようだから、残りの時間は自習にします。静かに過ごして次の時間に備えなさい!」


 言い方は厳しく聞こえるが、永井先生は割と厳しくなかったりする。そこがまたいいところだ。


 それはいいとして、さっきから視線を集めている気がするのは気のせいだろうか?


「モテモテじゃないですか、栗城くん」


 その視線の行方は俺ではなくどう考えても笹倉に注がれているにもかかわらず、笹倉は何故か俺のことだと思ってからかい気味なことを言ってきた。


 笹倉が声をかけてきたことで、後ろの安原からは妙な唸り声が聞こえてくる。


「俺はモテたことはないけど。笹倉はもっと自覚を持つべきだと思うぞ」

「自覚はあります」

「本当か?」


 自分がモテモテだということを自慢するタイプじゃないだろうけど。


「はい。だって栗城くんに告白を……」

「……悪かった! 俺の負けでいいです。それ以上何も言わないでください」


 これだから油断できないんだ。


 あくまで友達だからということで、笹倉は俺に対し言葉の武器を上手く使いこなしている。その武器が通路を挟んだ隣の席の女子にまで届いたのか、机の上にメモ紙を置かれた。


 【隣の子に告白しちゃう男子なの?】などと書かれている。


 むぅ、これは。大いなる誤解を与えてしまっているじゃないか。あらぬ誤解を受けられているようではこれから先も隣の女子から警戒を持たれる恐れがあるな。


 その警戒も兼ねて、俺は通路挟みの隣の女子に目を向けた。しかし、俺に見られることを想定していたようで顔を廊下側に背けられて顔が見えない。


「……そうじゃないのに」


 聞こえるようにわざと否定の呟きを向けると、またしても無言でメモ紙が置かれた。


 【じゃ、仲良くしていーよ! あたし、花本はなもと芽衣めい! 忘れ物したトキ、よろー】


 どうやら誤解は解けた模様。


 そして、笹倉側の女子よりも多分フレンドリーな感じらしい。だからといってそう簡単に女子と仲良くなれるわけはないだろうな。


「栗城くんって……浮気性なんですか?」

「へっ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る