ズッ友宣言をしてきたお隣さんから時々優しさが運ばれてくる件

遥 かずら

第1話 快活系女子が黒歴史を運んできた

 「ごめんくださーい!」


 高校二年目の春、すなわちクラス替えが発表された四月初旬の夕方頃。


 俺は家に帰るなりすぐに、Tシャツとパンツ姿というラフな格好で適当な動画を見ていた。親が長期にわたって家を空け、ほぼ一人暮らしになったのをいいことに完全に気を抜いて寝そべられるからだ。


 そんな気の抜けた時間帯、インターホンではなく誰かの声が玄関から聞こえてきたこともあって、何の注意も働かせずにそのまま玄関のドアノブに手をかけた。


 ……というか、インターホンを鳴らしてくれたら良かったのに。


「はいはい、今出ますよっと」


 出てみると、そこには一人の少女が立っていてすぐさま俺に箱を手渡してくる。


「これどーぞ!」

「えっ?」

「引っ越し記念の菓子折りです。今まで別棟だったんですけど、めでたくお隣に越してきたのでその記念です」


 引っ越し記念で菓子折りって言ってるけど、それって最近のことじゃないのでは?


 隣で、しかも角部屋に業者が出入りしていたらさすがに気付くわけだし。


 ……というか、この子はもしや笹倉さんなのでは?


 笹倉秋稲ささくらあきねは、中学の時に初めて告白をした相手だった。しかし初手からズッ友宣言をされたことで俺は恋への道を閉ざし、黒歴史が刻まれた。


 笹倉が同じ高校にいたかどうか気にしていなかったが、この地区にいたなら同じ高校に通っているのは必然。


 俺が住んでいるマンションはいくつかの棟に分かれていて、そこそこ距離が離れている。笹倉が言うように、今まで別棟に住んでいたということは同じ高校に通っていても正直言って気づけるかどうか。


 それに一年の時、同じクラスであればすぐに分かったはずで、そういう意味でも急に近くに来た感じがある。


「あれ、引っ越しって最近? それに菓子折りなんて、そんなもの貰っていいんですか?」

「別棟から移ってきたのは結構前でしたけど、春先は家のことで忙しくて挨拶出来なかったんです。気持ちですので、どうぞ受け取ってください」


 なるほど。落ち着いたから挨拶回りをしているのか。


 それなら拒む理由は無いな。


「じゃあ、ありがたくもら……」

「……っていうか、相変わらずのわんぱく小僧くんですね!」

「へ?」

「そんな格好で私を出迎えるなんて、やっぱりいたずら好きというか……あの頃のこともきっとからかい半分で――」


 ――いきなり何を言うかと思えば、わんぱく小僧?


 中学生時代でもさすがにわんぱく小僧と呼ばれたことなんて一度もないのに、俺を誰かと勘違いしているのでは。


 それとも、もしかして目の前の彼女は笹倉ではなかったりするのか?


「……ちょっと言ってる意味が分からないけど、そういう君は笹倉秋稲?」

「え?」


 俺からの質問に彼女は少しだけ驚いた表情を見せ、そのまま大人しくなってしまった。


 あれ、違うのか?


 かつての俺の告白により、笹倉秋稲とは少なくとも中学卒業までは友達だった。しかし当時からかなりの葛藤を繰り返した記憶がある。


 友達という言葉に安心していいのか?

 

 ずっと友達という言葉に騙されてるんじゃないのか?


 ……などと、自問自答をしていた日々の記憶。


 あくまで自分の心に聞いてみただけで笹倉本人に本音を訊いたわけじゃないから何とも言えない。何せ、何も起きることなく中学を卒業していたというのが俺にとっての黒歴史なのだから。


 あまり思い出したくない黒歴史を、こうも容易く運んできてくれるなんてさすがすぎる。ずっと友達のはずなのに笹倉が俺を覚えてないのが何よりの。


 俺からの質問にずっと口を閉ざしているようだし、こうなれば初めての告白者&かつての友達第一号として強気な態度のキャラで思い出させてやろう。


「ふ、ふははは! よくぞ参ったな! 沈黙状態に陥っているのなら聞かせてやろう。わが名は……」

栗城くりき幸多こうたくんですよね?」

「そ、そうです」


 ……まさかのフルネームで覚えててくれたとは。そして俺のキャラ作りも一瞬で終わってしまった。覚えていたなら先に言って欲しかったな。


「ところで、栗城くんはお一人で住んでるんですか?」


 俺の動揺などお構いなしに、笹倉は別の話に切り替えてきた。


「一応親もいるけど、ほとんど一人暮らしみたいなものかなと」

「へーそうなんですね! ウチは家族暮らしなんですよ。でも、ウチの親も忙しいみたいなので妹と家事を交互にしていて結構忙しくて。今度、妹にも紹介させますね」


 なるほど、俺の家と似た感じか。家事は俺だけでやらないといけないけど。


「妹さんはいくつくらい?」

「一つ下ですね」

「同じ文世ぶんせい?」


 私立文世高等学校に通って二年目になる。クラス替えがされたので、当然ながら同時期に新入生が入ってきていることになる。

 

「はい。一年生で入って来ました。やっぱり、後輩女子にワクワクする感じですか?」

「……いや、そんなことは」

「とりあえず栗城くんのわんぱくっぷりを撮っていいですか?」


 そう言うと、笹倉はすぐにシャッター音を鳴らして俺を撮影していた。


 今の格好ってTシャツにパンツ――まさかそれを撮られた?


「えっ、ちょっ!? だ、誰に見せるつもりで?」

「妹です」


 それこそ新たな黒歴史が刻まれてしまうじゃないか。紹介される前、しかも新入生にだらしない姿を見せてしまっては取り返しがつかない。


「ごめん! それだけは勘弁を! それに今の格好はわざとじゃないから」

「え? わざとじゃなかったんですか? てっきりからかい半分で出てきたのかと……」


 だから俺のことをわんぱく小僧って呼んだのか。


「わんぱく小僧って俺のあだ名?」

「そうですよ。中学の時、散々からかってこられたので」

「……からかって? え、いつ頃?」

「それは自分で思い出してください。わざとじゃないのなら、せめて下だけでも何か履いてきて欲しいです。そうじゃないと、妹に見せられなくなりますから」


 見せるのは本気だったんだ。


「着替えてくるから、その間に他の部屋へ挨拶に行って来てもいいよ」

「え? 行かないですよ。菓子折りと挨拶は栗城くんだけなので」


 菓子折りなんか持ってくるからてっきり挨拶回りでも行くのかと思っていたのに。それはともかく、俺は急いで中へ戻りとりあえずジャージ姿になってみせた。


 ジャージ姿になった俺を、笹倉は何故か残念そうな表情で写真を撮っていた。


「……よし、と。オッケーです!」

「それは良かった」


 しかし、まさかずっとお友達宣言の笹倉がお隣さんになるとは。もっとも、同じ高校だからって中学の時のように気軽に話しかけたりするのは難しいと思われるが。


「そういえばなんですけど、私、栗城くんと一緒でした」

「一緒?」

「それもとぼけるなんて、やっぱりわざとなんですか?」


 うーん、分からない。


 何やら頬を膨らませて軽く怒りを見せているけど、一体何が一緒なのか。


「しかもなんですけど、隣で一緒に確認してたんです。名前があったので嬉しくて顔を見たのに全然声もかけてくれないので、一年生の頃からずっとからかわれているんだなって実感しちゃいました」


 隣で確認、それでいて声をかけないうえ一年生の頃から続いている。


 もしや、クラス替えの発表のことか?


「同じクラス……だったりする?」

「……気づいてなかったなんて、軽くショックです」

「一年生の時は違ったはずでは?」

「同じではなかったですけど、見かけたら声くらいかけてくれてもって思ってました」


 ……少なくとも、俺は笹倉を見かけたことはなかった。おそらく笹倉も俺を見かけていなかったから今の今まで声をかけてこなかったんだろうな。


 中学の時はクラスのムードメーカーで誰に対しても笑顔で元気いっぱいの女子だったし、友達を見かけたらすぐに駆け寄って来てたはず。


「それは何というか、ごめん。笹倉の姿を見かけたこと無かった」

「い、いいんですけど」


 この態度だけで判断すると笹倉の方は俺に気づいていたっぽいな。でも声はかけてこなかった感じか。


 しかし、同じクラスになったうえお隣さんにまでなるなんて思わなかったな。ずっとお友達が継続しているなら教室で声をかけることを率先してやらないと文句を言われそうだ。


「同じクラスでお隣さんか。笹倉、これからよろしく!」

「もちろんです!」

「じゃあ部屋に戻るよ」

「あっ、忘れるところでした。すみませんもう一つ大事なことがありました!」


 お隣さんへの挨拶よりも大事なことがあったのに忘れていたようで、笹倉はかなり慌てる様子を見せている。


「栗城くんのスマートフォンでこの画面を読み取って欲しいんですけど……」


 笹倉が見せているのはスマートフォンの画面だ。どうやらそれを読み取れということらしい。


 もう一度部屋に戻って持ってくると、笹倉は画面を見せたままでずっと待っていた。


「……ちなみに何の読み取り?」

「お友達グループの入会です! 本当は明日教室に行ってからでも良かったんですけど、お互い忙しいのかなって思っちゃったので今のうちに出来たらなと」


 お友達という言葉に思わず手を止めてしまった。


「同じクラスの人のグループを?」


 一年の時と違う顔ぶれなのは違いないはずで、知らなかったり話したこともない人もいる。それなのにその段階からグループ入りすることには何となく躊躇してしまう。


 友達になることにはそこまで深く考えることじゃないとはいえ、最初から名を連ねることには苦手感が半端ない。


「安心していいですよ! 同じクラスのグループって言ってもまだ全員じゃないので! 栗城くんが知っている男子ばかりです。栗城くんは無傷の第一号男子……でしたっけ?」

「うぐっ」


 ……くっ、まさか本人から古傷をえぐり出されるとは。


 思わず胸を押さえてしまったじゃないか。無傷だから痛みなんてものはないけど。


 俺は笹倉秋稲に一番初めに告白した男子かつ、第一号戦士として名を上げた奴である。その後、次々とズッ友宣言をされた男子とは戦友になったが、それはあくまで笹倉だけに告白した男子に限った話。


 当時イケメンだった男子は戦友にはならず別の彼女を作っていたので、戦友と呼べる男子は一人くらいしかいない。


「多分ですけど、メンバーに栗城くんの戦友さんいますよ」

「えっ? あいつが?」

「はい。きっと。なので、安心していいと思います!」


 ……そうか。


 戦友かつ当時の友達がすでにメンバー入りしてるなら、連絡手段として入会しておくのもありかもしれないな。


「じゃあこれで読み取れたはずだから」

「……はい、オッケーです! 嫌だったらいつでも抜けちゃっていいので、これからよろしくお願いしますね!」


 そうは言うけど多分笹倉は悲しむはず。


「よろしく。既読つけるだけかもだけどいきなり抜けることは無いから」

「本当なら嬉しいです!」

「まぁ、俺、笹倉の友達だから」

「はい! それじゃ、栗城くん。明日からよろしくです!」


 笹倉とのやり取りがようやく終わり、明日に備えて俺は再び寝そべることにした。


 すると、すぐに――


「――明日の朝、栗城くんの家の玄関前で待ってます」


 えっ、個人メッセージでいきなり?

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