前半戦

 早朝から始まった今日のぶんの撮影が終わり、俺は「おつかれさまでした✨」と言ってさっさと帰ろうとするサキガケの首根っこを掴んでラーメン屋に入店した。撮影所の最寄りにあって、フォワード本編の撮影期間中によく来たふたりの思い出の場所だ。


「お洋服の首回りが伸びちゃうじゃないですか!」


 店員に案内されて、ボックス席に座るなり、サキガケは文句を言ってきた。無理矢理で悪かったな。


「こうでもしないと、付き合いの悪いサキガケクンは帰っちゃうからさ」

「ボクにはボクのプライベートがありますので✨」

「今日という今日は、化けの皮を剥いでやるからな」


 魁泰斗は死んだ。俺と向かい合って「オニーサンはしつこいですね✨」と不敵に笑っているコイツは、どう考えてもニセモノだ。魁のフリをして、望月勝利を演じている。セリフを完璧に暗記していて、監督の無茶振りには「わかりました✨」と応じて、共演者にも気配りのできるいいヤツ。ニセモノなのに。


 俺以外は、疑うことをやめている。

 俺だけが認めていない。


「単刀直入に聞こう。泰斗のマネをして、何を企んでいる?」


 俺の質問に、店員の持ってきたおしぼりで手を拭きつつ「サキガケとして、この映画をクランクアップさせて『仮面バトラーフォワード』のファンのみなさんにお届けするのが、ボクの役目です✨」としたり顔で答えてくれた。すなわち、悪意はない、と。


 魁泰斗が演じる望月勝利を見たいファンは、俺を含めてごまんといる。その願望は叶わない。けれども、俺を誘ってきた監督をはじめとして、プロデューサーたちはそうは思っていない。十周年を迎えた『仮面バトラーフォワード』の記念作品が作れればいい。だから、よく似たニセモノを見つけてきたわけだ。


 ファンがどう思うかは、作品が世に出てみないとわからない。撮影開始の情報がどこかから漏れていて、ネット上では『主人公はどうなる?』の声は後を絶たない。


「泰斗のマネをするお前は、一体何者なんだ?」

「その話は長くなるので、ごはんを食べてからにしましょう✨」

「話してくれるのか?」


 意外だった。あくまで「サキガケです✨」を押し通すのかと思いきやだ。


「なんだかんだと聞かれたら、答えてやるのが世の情けと言いますし✨オニーサンには教えておかないと、ずっとモヤモヤしっぱなしでしょうし✨」

「……心を読まれたみたいで、気持ち悪いな」


 コイツの言うとおりだ。俺はモヤモヤしている。コイツが泰斗として馴染んでいくのが、嫌だ。誰かに胸の内を明かせば、少しは気が晴れるかもしれないが、俺が納得していないのを知られてしまうと、現場の雰囲気が悪くなってしまうのではないかという懸念がある。


「ボクはオニーサンのこと、好きですよ✨好きだから、オニーサンにはボクを好きになってもらいたいです✨オニーサンのほうから、こうやって仲良くなる機会を作ってくれたことに感謝します✨」

「好きになってもらいたい、ねぇ」

「はい!」


 この表情ひとつとっても、本当にそっくりだ。生き別れの双子の弟がいる、とは聞いていない。俺の知らない場所でクローン技術が進歩していて、泰斗のクローンが作られて、その一体が俺の前にいる、と言われたら信じる。


「すいません、味噌ラーメンと」


 何にする、と向かいのサキガケを見やる。泰斗は熱い食べ物と野菜が苦手だから、ラーメン屋に入るとつけ麺もしくはチャーハンと、ギョウザを頼んでいた。筋金入りの野菜嫌いなのに「ココのギョウザは野菜を感じずに食べられる」と喜んでいたのを思い出す。野菜を感じない、ってなんだよな。


「ギョウザをください✨」

「だけでいいのか?」

「じゃあ、飲み物のコーラをください!」

「メインは?」

「帰ったらごはんを用意してくれている人がいますが、ココで食べ物を注文しないのは礼儀がなっていないと思われてしまいますので✨」


 ああ、なるほど。さっさと帰ろうとするのには、そういう理由が。


「今の同居人は、魁泰斗を知らない?」

「知っていますよ✨大ファンだったそうです✨」

「……騙しているのか?」


 サキガケは店員の持ってきた瓶のコーラを氷の入ったコップに注ぐ。コップの中身の半分が泡になった。ヘタクソか。


「ボクはボクの正体と目的を、ともに暮らしている人にお話ししましたが、聞き入れてもらえませんでしたよ? 騙してはいません✨」

「あいつらみたいなものか。泰斗の姿であることに、意義がある」

「そうなんでしょうね✨」


 店員はコーラ一本に対して氷の入ったコップを二個用意してくれていたので、サキガケはもう一個のコップにコーラを注いだ。こちらも泡ばかりになった。


「飲みますか?」

「いらない」

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