2222年の発展

野元志唯

2222年の発展

 今日もいつも通り朝起きて、テレビをつける。

「こんにちは。2022年10月28日午前7時、SNニュースのお時間です」

 今日も、加工された、偏見に満ちたニュースが始まる。

「本日、またしても『第三次世界大戦から来た』と訴える、身元不明の男性が見つかりました。これは日本では五人目、世界では五十三人目となります。これに伴い、国連は臨時委員会を設置し、事態の収束に努めています」

 訳のわからないニュースに、人々は混乱する。世界は今、このニュースでもちきり。他の問題なんてこの世にはないかのように、他の問題を無視するかのように、全く同じニュースを永遠と放送し続ける。世界は常に、色々な問題で充ちているのに。まるで、臭いものに蓋をするかのように。


 私は今日も、当たり前のように学校へ行く。学校では、勝手に大人たちが決めたルールで子どもたちが操られ、大人たちの考えを押し付けられる。彼らは子どもの意見になんて聞く耳を持たず、大人の考えが全てだと言うように、私たちを洗脳する。人生は、とてつもなく窮屈だ。

 なぜ、私達子どもには選挙権がないのだろう? 頭のいかれた大人たちより、私のほうが遥かに頭が良いと思う。なぜ地球温暖化に対する対策をもっと進めない? このままじゃ世界の気温が上がって、取り返しのつかないことになるかもしれないというのに。国会は、何を呑気にどうでもいいようなことを議論しているのだ。考え方が昭和でストップしているおじさんたちに、一億二千万人の日本国民の未来を任せていると思うと、ぞっとする。もっと物事の本質をつくような、有意義な議論をしてほしい。

 これもすべて、日本が、政府が、腐っていることが原因だ。あんなおじさんたちに日本のすべてを任せていたら、この世界はもうすぐ滅びてしまう。


 私は学校を終えると、家ではなく、少し家を過ぎたあたりにあるトンネルへ向かう。そこが私達の活動拠点だ。

「みんな、今日も集まってくれてありがとう。今日は、自由計画実行に向けてのプランをもっと詰めていこうと思っている。計画実行日は12月25日のクリスマス。それまでには、世界中から年齢性別問わず協力者を募る必要がある。その方法について、なにか良い案はある?」

 私はみんなへ問う。

 今私は、ネットで出会った四人の日本人と、ある計画を立てている。この馬鹿げた政治を立て直すための計画だ。

 私達は、12月25日、反乱を起こす。社会に対する反乱だ。それまでに同志を世界中から集め、自由を訴える。

「僕達が集まったように、ネットで募るのが一番だと思う。そのためにも、大きな影響力を持つ人を味方につけ、その人に発信してもらうのはどうだろう」

 メンバーの一人である、男子大学生が言う。

「良いと思う! それができれば、多くの人がこの計画に賛同してくれるはず。でも問題は、影響力のある人に、私達の計画に賛同してもらう方法だよね。じゃあ各自、次の集まりまでに、その候補と交渉方法を考えてこよう」

 クリスマスが近づくのと同時に、私達の計画も、どんどん順調に進んでいく。私は集まりを終えると、そのまま家に帰る。


「ただいま」

「おかえり。今日も遅かったわね。部活?」

「うん。ちょっと疲れたから、先にお風呂入るね」

 私はいつも通り、嘘をつく。

 すると、いつもは優しく微笑んでくれる母が、眉間にシワを寄せた。

「なんでそうやって嘘つくの? 今までも、そうやって嘘をつき続けてきたのね。ねぇ、お願いだから、正直に話してよ」

 母は悲しそうな、怒っているような声で言う。私は色々と母に嘘をついているため、なんのことを言っているのかわからなかった。

「黙っていないで! 今日、先生から全部聞いたわよ。部活をやめたことも、クラスで孤立していることも。なんでお母さんに嘘つくの? こんな時間まで、どこで時間つぶしていたの?」

 良かった、計画のことはバレていないようだ。

 そのことに安心感を覚えながらも、私は、先生に対して、また怒りを覚える。私がクラスで孤立しているのは、意図していることだ。別にいじめられているわけではないし、友だちといる時間より、あの計画について考えるほうが大切だと思ったから、一人でいるだけ。そんなことも知らない先生が、先生自ら手を施すわけでもなく、ただただ親に言いつける。私は、ああいう、自分で考えるわけでもなく、面倒臭い問題は全て他人任せにする先生が、大嫌いだ。

「ちょっとぶらぶらしてただけだよ。」

 私はそう言って、そそくさとお風呂へ向かう。

「待ちなさい! お願いだから、ちゃんと話して。お母さんは、あなたが心配なのよ」

 うざい。こういう親がいるから、子供は一生自立できない。いつも親に縛られてばかりで、自分で考えて行動する権利を親が奪う。子供の思考力を、親が妨害する。

「じゃあ、もういいよ。こんな自由がない家、どうでもいいよ。出てくよ!」

 私はそう言って、家を飛び出した。母が何かを言いながら追いかけてくるのは聞こえていたが、40代の足が10代の足に勝てるはずがない。どんどんその声は遠ざかり、いつしか聞こえなくなった。それでも私は、ずっと何かから逃げ続けているかのように、ストレスを発散するかのように、泣くのを我慢するかのように、無心で走り続けた。もうこれ以上、あんな家にいたくなかった。


 数分走った後に見えたその景色は、見たことのない景色だった。高いビルが立ち並び、多くの人が行き交う。スマホも何も持たずに家を飛び出したため、自分がどこにいるかも分からないし、誰とも連絡を取れない。でも、警察に行って親元へ帰るのはどうしても嫌で、ただただそこをさまよった。

 しばらく歩くと、やっと人気がないところへ出る。そこは、さっきの場所とは打って変わって、全くと言っていいほど人がいなかった。

 道の先に、一人の男が見える。中年の、少し太った男だ。電子タバコを吸って、どこかを見ている。

「あの、ここってどこか、分かりますか?」

 男に、思い切って聞いてみる。すると、男はすごく驚いた顔をして、私から離れていく。

「どこに行くんですか?」

 私はそう言って、男を追いかける。

「や、やめてくれ、近づくな! それ以上俺に近づかないでくれ! 何でもするから、だから俺を殺さないでくれ!」

 男は、狂ったようにそう叫び、汗をだらだらと垂らしながら、ついには腰を抜かした。男の目は、恐怖に脅えている。男は、私が極悪人とでも言うように、私から逃げていく。ただ、ここはどこなのかを聞いただけなのに、私の言葉には耳も貸さず、私を見て、ずっと怖がっている。

「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 そう問いかけ近づくと、男性の顔はどんどん青ざめていき、この世の終わりのような顔をしていた。

 すると男は、ポケットから見たこともない、丸い物体を取り出す。そして、それを私に向ける。

「これしか道はない! 俺はもう、この世界で生涯を過ごす! ここで殺されるよりは、そっちの方がよっぽどマシだ!」

 彼はそう言って、その丸い物体についていたボタンを押した。

 その瞬間、そこからは、とてつもない光が飛び出る。誰だって目を開けていられないほどの光で、私もとっさに目を閉じた。すぐに収まると思ったが、なかなか収まらない。目を閉じている間は、地に足がついていないような、遠くへ飛ばされているような、今まで感じたことがない、不思議な感覚だった。


 数十分が経っただろうか。やっと光が収まって、私は目を開けた。

 意識が朦朧としている中、私の目の前に見える景色は、さっき見ていた世界とそう変わりない景色だった。立ち並ぶ高層ビル、多くの人が行き交う街。少し見えるものは違うが、雰囲気は変わっていない。どこか違う場所へ連れ去られたのだろうか。あの光は何だったのだろうか。あの男はどこへ行ったのだろうか。そんな疑問が頭に浮かぶ中、一人の警察官が話しかけてきた。

「君、ここで何をしているんだ? 親はどこにいる?」

 いつもなら、もうこの年齢になれば一人でいてもそんなことは聞かれないのに、何故か話しかけられた。

「いえ、なんでもないです。ただ、ちょっと一人で出かけているだけです」

「何を言っているんだ。君の年齢で一人で出かけるなんて法律違反だぞ。21世紀じゃあるまいし」

 警察官が、そう呟いた。

 21世紀じゃない……? 警察官のその目は、冗談を言っているような目ではなかった。

「ここって、21世紀じゃないんですか?」

 私は戸惑いながらも、そう聞いた。

「は? 君は何を言っているんだ。障がいがあるなら障がい者センターに戻りなさい。ここは君がいていいような場所じゃないよ」

「じゃあ、今は何世紀ですか? 西暦何年ですか?」

「23世紀の2222年だよ。ほら、今年の2月22日に、猫記念日として、全世界で猫の仮装をしたのを覚えていないのか?」

 2222年……? そんな……ここは200年後の世界ということなのか?

 私は信じられなかった。この状況を素直に受け入れられる人はいないとは思うが、たとえその状況を受け入れたとしても、2222年の世界と2022年の世界が大して変わっていないことが、信じられなかった。

 夢だとしても、センスのない夢だ。200年後と今が変わっていないことなんて、あるわけがない。私は試しにほっぺたをつねった。ほっぺただけでなく、自分で自分を殴ったり、電柱にわざとぶつかったり、色々と試行錯誤を重ねる。それでも、その夢は覚めなかった。

「何をしているんだ。こいつ、やっぱり障がい者だな」

 警察官が、私をどこかへ連れ去ろうとする。

「あ、な、なんちゃって。嘘ですよ。全部演技ですよ。実は私、女優を目指していて、ちょっとあなたを騙してしまいました。ごめんなさい。親はあっちにいます。ちょっと離れちゃっただけなんです。ごめんなさい」

 私は得意の嘘をついた。おそらく、このまま戸惑っていても「障害者センター」なるところに入れられる。それはなんだか嫌で、私は演技をした。

「なんだ、そういうことか。まったく、警察官を騙すなんて、悪いやつだ。これからは気をつけるんだぞ。じゃあ、親のところまでついていってやるから、案内しなさい」

「あ、それは大丈夫です。一人で行けるので。では!」

 そうやって逃げようとすると、警察官に引き止められる。

「だめだよ。第三次世界大戦後、未成年の子供が一人で出歩くのは禁止っていう決まりができただろう。君はそんなことも知らないのか?」

 どういうことだ。この200年の間に、まさか、第三次世界大戦が起きたのか?


「第三次世界大戦? あれ? 何でしたっけそれ? 私、歴史が苦手で、教えてくれませんか?」

「君、本当にこの時代の人か? 全く……。2022年12月25日、第三次世界大戦が起こっただろう? 原因が、たった一人の少女からだったなんてことは、ひどく有名な話じゃないか」

 2022年12月25日……たった一人の少女……。私は、その先が聞きたくなかった。なんとなく、嫌な予感がした。

「当時15歳だったある少女が、名前は『鈴木暗花』と言ったかな。その少女が、当時有名だった、人に酷い言葉を放ち炎上させて人気を獲得するタイプの、当時では『毒舌キャラ』と呼ばれていたらしいが、まあ、そのタイプの著名人を味方につけて、政府へ反乱を起こす『自由計画』をというもの世界に広めたんだ。当時のネットは何も規制がなかったから、そこは好き勝手言っていい場だった。それで世界各地でその計画が進み、ついに12月25日のクリスマスに、全世界でその計画が実行された」

 やっぱり.......全く同じだった。私、鈴木暗花が計画していたあの自由計画が、世界の歴史に刻まれていた。自分の思い通りになったことに少しの嬉しさは感じたが、それよりも、怖かった。自分が考えた計画が実際に実行されていて、それがまさか、第三次世界大戦にまで発展してしまったなんて、信じられなかった。

「今の時代なら『毒舌キャラ』ってやつも、ネットで好き勝手言うのも、政府へ反乱を起こすのも禁止されているっていうのに、200年前は本当に野蛮な時代だったよな」

 でも、何故だろう? 私が、歴史に残るほど訴え、第三次世界大戦まで起こしたのに、世界は何も変わっていない。怖いくらい、変わっていない。

「それで、その計画は、始めはただのデモだと思われていたが、それをきっかけに同じ意見を持つ人が増えて、そこから第三次世界大戦へと発展して行ったんだ。国と国との争いじゃなくて、考えと考えの争い。その時、自由計画側は、その少女を中心として、新しい装置を開発したり、動くこともままならない老人たちを虐殺したり、なかなか非道な手を使って戦ったらしいよ」

 警察官が、皮肉混じりにそう言う。

 私が、もう二度と戦争はしないと誓ったはずの日本で、世界大戦を起こしてしまっていた。そんな気は、微塵もなかったのに……。正直、自由計画は、少し自分が訴えて、政治が少しでも変わってくれればそれでいい。そう思っていただけなのに。

 それでも歴史上では、私が、とても悪いことをした、極悪非道な人間になっていた。第三次世界大戦で多くの人を虐殺した、殺し屋になっていた。

「まあでも結局は自由計画を支持する人が多くて、自由計画が勝ったんだけどね。それが、第三次世界大戦だよ」

 え? 結局は、私が、私の考えが、第三次世界大戦で勝利した? じゃあ何故、あたかも鈴木暗花が悪者と言うように、皮肉っぽく言うのだ。

「じゃあ、その少女は英雄だったってこと? 世界を変えた英雄? じゃあ、何で今の世界は200年前と何も変わっていないの?」

 私は思わず聞いてしまった。

「君は本当に何も知らないんだな。そんなわけないだろう。ただの平凡な少女が考えた自由計画なんて、どうやって実現できるというのだ。理想は良かったが、現実は、そんなに上手くは行かない。少女は初の全世界リーダーとして改革を進めたが、自由とかプラスチックゴミの削減だとか、少女の理想をどんどん叶えて行ったら、その分どんどんまた大きな問題が出てきた。

 人の自由をすべて認めたら、それで不自由になる人も出てきてしまうし、プラスチックゴミに関する法律を制定したら、人間が今まで当たり前にあると思っていたものの値段が、今の何倍にも上がってしまう。だからそれで、人々から、不満の声が多く上がってしまったんだよ。何かを得れば何かを失う。そのバランスの中で、今まで丁度よく社会は成り立っていたのに、それが、一人の少女の勝手な理想で壊されたんだ。

 実際、自由計画を支持した人のほとんどが、政治のことを何も知らない無知な若者で、新しい世界を作るなんて到底無理だった。それで世界は大混乱に陥り、結局はまた、そのたったの五

 それで地球が滅びようとも、今までが幸せだったんだからいいじゃないか、僕らにとって住みにくい地球にして地球を守るよりは、そっちのほうがいい、って考える考え方だよ」

 信じられなかった。私が理想と思っていたことは、今この世界では非道なことになっている。警察官の言い方は、まるで鈴木暗花を、私を、迷惑がっているような、呆れているような、馬鹿扱いするような、そんな言い方だった。この世界では、私は悪者として存在している。そう思うと、辛くて仕方がなかった。

 なぜ? 私は自分の正義を貫いて、自分が正しいと思ったことに真っ直ぐに突っ走っただけなのに。すべての人に自由を、権利を持たせようと思っただけなのに。何かを得れば何かを失う? じゃあ我慢すれば良かったの? 私は自分の意見を言っただけなはずなのに。自分の意見を言ったら世界の悪党になるって、そんなの酷すぎる。私は、そういう押さえつけられた世界を変えたかった、それだけなのに。

「じゃあ、その少女は? そのあと、どうなっちゃったの?」

「そんなの、死刑に決まっているじゃないか。こんなに世界を混乱させて、こんなに多くの人を殺して、結局は何も果たせなかったんだぞ。そんな無駄な戦いを始めた人をどうして助けることができるというのだ。でも、まったく愚かだよな。子供なんて、無力でなんにもできないっていうのに、そんなことも知らないで勝手な行動をして、世界中を巻き込む大戦争を起こして。

 まあ、それに賛同する人もどうかと思うし、そんな馬鹿な考えをする子供を作り出した社会も社会だ。そしてそれから、未成年は一人で出歩いてはいけなくなったんだよ。それからは、ネットの使用も成人を超えてからで、必ず顔と名前と住所を公開した上で発言する決まりができたんだ。そのおかげで、誰も傷つくことはなくなって、平和な世の中だよ。全く、匿名でなんでもかんでも発言ができていたなんて、200年前が信じられないね」

 とても怖くなった。私さえいなければ、この世界はこんなに縛られなくて済んだのに。こんな世界より、200年前の世界のほうがよっぽど幸せだ。そう思った。


 すると遠くから、サイレンの音が聞こえてくる。一台じゃない、複数台のパトカーだ。

「事件かな? 珍しい」

 そう警察官がつぶやくと、その音は、どんどん大きくなる。遠くから、パトカーが見えてきた。どんどん私に近づいてきて、通り過ぎるのかと思ったら、そのパトカーは、私の目の前に停まる。

 中からは、盾を持って防護服を着た人達がたくさん出てくる。その後に、強面のおじさん達も出てきた。

「おい! そこの女! 鈴木暗花! 今すぐ手を上げ、そこから一歩も動くな!」

 出てきたおじさんは、何故か私の名前を呼ぶ。

「あ! 小柱刑事! どうしたんですか? 鈴木暗花って、どういうことですか?」

 どうやらそのおじさんは、刑事らしい。

「お前! なんでそこにいるんだ! 今すぐそいつの前から離れろ! こいつは世界を第三次世界大戦に巻き込んだ、悪魔なんだよ!」

 そういうことか。何でかは分からないが、恐らく、私の存在がバレたのだろう。第三次世界大戦を引き起こした悪党が、この世界にいる。だから、私を捕まえようと、いや、殺そうとしているのだろう。

 私はそう思うと、とてつもない恐怖に襲われ、私の体からは今まで出たことのない量の、大量の汗が出てきた。足はガクガクと震え、なんだか目から涙も溢れてくる。

 おじさんの後ろでは、多くの人々が避難を促されている。近くにいたその警察官も、何が何だか理解できていない様子だったが、私から離れていく。

 私がおどおどしていると、急にそのおじさんが、私に拳銃を向ける。それと同時に、防護服を着た人たちも、私に拳銃を向けた。私の目の前には、無数の銃口が広がっている。

「なんで? 違うの、違うから。そんなつもりじゃなかったの。世界を救いたかっただけなの。ほんの出来心だったの」

 私は必死に弁解する。

「あの時の君もそうだったらしいな。そう言って必死に命乞いをした。でも、お前のやったことはそんな言葉で許されるようなことではない! さっき、時空を超えてこの時空にやってきた侵略者がいると通達が入った。侵略者の名前は、まさかの鈴木暗花。お前がどうやってこの世界に来たのかは知らないが、どうせまたこの世界を混乱させて、自由計画を再開させるなんて目論見だろう! でも、この世界ではもう時空を超えることも、時空スイッチの使用も禁止されているのだ! さっさと大人しく時空スイッチを差し出せ! さもないと、お前を今すぐ撃つ!」

 意味がわからない。時空スイッチ? 時空を超える? そんな物持ってもいないし、時空だって超えたくて超えたわけではない。ただ、知らない人に、よくわからない光を浴びさせられただけだ。

「時空スイッチなんて知らない。私、本当にそんな気はなくて、本当に、もう絶対自由計画のことは口にしないし、自由計画は実行しないから。大人しく生きるから。だからお願い。許して。お願いだから殺さないで」

 私は、息を荒げながら、必死になって、震える声で言った。


 その瞬間、どういうことか、急に私の目の前の景色が暗くなる。そして、すぐに明るくなったと思ったら、目の前に広がる景色は、全くの別世界だった。

 周りは、多くの建物が壊され、倒れ込んでいる人や何かに怯えてる人、武装している人などが、私の目に映る。

 戦争中。それは、戦争を経験したことのない私でさえも分かった。その光景を見ているだけで、そこに自分がいるだけで、なぜだか心が痛み、辛くなった。

 ここはもしかして、第三次世界大戦中の世界だろうか。

 そこには、さっきまでいた刑事のおじさんも、無数の銃口もなかったが、ただただ、残酷な景色が広がっていた。

 また、時空を超えてしまったのだろうか。でもそれは、初めて時空を超えた時の感覚とは完全に別物で、まるでドラマのシーンが変わるかのような感覚だった。

「あの、今って西暦何年ですか?」

 一人の男性に聞く。

「は? 何を言っているんだ。今は西暦2222年」

 険しい顔をして、男性は答える。それは、私が聞いたから険しい顔になった訳ではなく、その前からずっと、その顔をしているようだった。

 2222年? 時間は変わっていないのか? じゃあこの景色は? 場所が変わった? 戦争をしているのではないの?

「今って、戦争中ですか? どういう状況なんでしょう?」

「君は記憶障がいか何かなのか? 今は第三次世界大戦中だよ。前に、とある少年、日下部蓮ってやつが、独立宣言を出しただろう? 人々が独立して暮らせるようにって。それから、その宣言で感化された人たちと現政府との、第三次世界大戦が始まったんじゃないか」

 男性は、ため息混じりにそう言った。

 日下部蓮? 独立宣言? そんなの知らない。

「第三次世界大戦は、私が、鈴木暗花が自由計画を立てて、2022年のクリスマスに起こったことじゃないんですか? なんで2222年に第三次世界大戦が?」

「は? 誰だよそれ。そんなの知らないね。2022年なんて遠い昔に自由計画? なんだそれ。あの時代は、本当に平和だったらしいよ」

 どういうことだ? 意味がわからない。何故か、2222年に、2022年に起きていたはずの第三次世界大戦が起きている。

 もしかして、時代が、ずれたのか……?


 私が、もう自由計画なんてやらないと言ったから、銃口を向けられたあの時、そう誓ったから、自由計画は歴史上から消え去った。私がもう自由計画を訴えないと決めたから、大きな歴史が、この世の中から一つ消えた。

 でも、また違う時代に、一時代遅れて、自由計画と同じようなことが起こっている。私の知らない人が、知らない場所で、同じようなことを訴えて。

 それ以外、この状況を説明する方法が、見つからなかった。


 どこからか、ウーウーと音が鳴る。

「空襲警報だ!」

 誰かがそう叫ぶと、皆は、やせ細った体で、防空壕まで逃げ込んでいく。

 皮肉だ。皮肉でしかない。第三次世界大戦は、いつかはどうせ起こっていたであろうことだったのだ。些細なことを原因にして皆が立ち上がり、始めは自分たちの正義を訴えていただけなのに、そこで、誰かの正義と誰かの正義がぶつかって、争いが始まる。そして無理やり勝敗をつける。人の価値観に、正しいも正しくないもないのに、どうにかしてその善悪を決めようとする。それが戦争になって、どれだけの人を傷つけようとも。人々は、自分の信じる道を貫いて、自分の思う平和を求めて、戦い続ける。

 そしていつか、その少年、日下部蓮は恨まれるだろう。第三次世界大戦を起こした極悪人として、私のように。それは皆で決めた道なのに、皆は誰か一人を悪者にして。日下部蓮が、全人類の敵となって。第三次世界大戦の全責任を負って、殺されて……。


 そう思いながら、私も皆が逃げ込む防空壕へ走った。

 すると、ポケットの中に、何かがあるのを感じる。何も入れたはずがないのに、何かが入っている。

 防空壕へ逃げ込んだ後、ポケットのチャックを開けて確かめてみると、そこには、あの丸い物体が入っていた。私にとてつもない光を浴びせたあの男が持っていた、あの丸い物体が。

「お前、それ時空スイッチじゃないか! どこで手に入れたんだよ、俺にも教えてくれ!」

 一人の青年が、私に話しかける。

 もしかして、これが、あの刑事のおじさんが言っていた時空スイッチなのだろうか。

「あの、時空スイッチって何なんですか?」

「は? お前マジで言ってるの? これのことだよ」

 青年は、私の持っている丸い物体を指しながら言う。

「時空スイッチは、この第三次世界大戦で特大の新型原子爆弾を使用した後に、何らかの原因で自然に発生したもの。もっと簡単に作る方法が今研究されてるらしいけど、それを使えば、時空を飛ぶことが出来ちゃうんだよ。どれだけの時空を飛べるかは、時空スイッチを押す長さによって変わって、自分に使うことも人に使うこともできるらしい。あ、でも、もし人に使ったら、その時空スイッチの所有権は、使われた側になるけどね」

 そうか。そういうことか。あの、私にとてつもない光を浴びせた男性は、第三次世界大戦から来た人。その時代は戦争中だから、まだ時空スイッチの規制なんて何もない。戦争から逃れてきた人達が、2022年、戦争が始まる前の時代へ逃げてきたのだ。

「それで、お前どこでそれ手に入れたんだよ! なんか噂では、闇サイトで高額な値段で密売されているらしいんだけど、俺まだそのサイト見つけられてなくてさ。早く密売されてるところを見つけて、どれだけの金を払ってでも、早くこの戦争の世界から抜け出したいんだよ! だから、お願いだから教えてくれよ!」

 その青年は、私に頭を下げる。皆は、よくわからない戦争に巻き込まれた彼らは、何をしてでもこの戦争から逃れたいらしい。

「これがあれば、2022年にも行けるの?」

 私は急に、元の世界が恋しくなった。自由計画が起こった後の2222年よりも、第三次世界大戦中の2222年よりも、元の2022年の方がよっぽど幸せだ。不満はあっても、一人でいられる自由がある。不満を誰かと共有する自由もある。それだけでも、幸せだ。

「うん。そのボタンを押したら行けるけど……ていうか、俺にもどこから手に入れたか教えてくれよ」

「ごめん。それは私もよく分からないんだ」

 私は、その青年に適当にそう言い返すと、すぐにそのボタンを自分に向けて押した。

 あの感覚が蘇る。目の前が強い光に照らされ、また、地に足がついていないような、遠くへ飛ばされているような感覚になる。


 数十分経っただろうか。私は、初めて2222年へ行った時と同じくらい長く、そのボタンを押し続けた。

 目の前は、あの男性と出会った、あの、人気のない場所だった。しかし、その男性はもういない。私が歴史を変えたから、あの男性の運命をも変えてしまったのだろうか。

 私はそばにあったゴミ箱に、その時空スイッチを捨てた。そしてそのまま、人気の多い場所に戻る。

 交番が見える。私はその交番へ、足を進める。

「あの、迷子なんですけど」

 私は、中にいた警察官にそう言った。

「その歳で迷子? スマホとかはないの?」

 私の歳で迷子と言うことを不思議と思っているこの世界に、少し安心した。

「すみません。私、何も持たずに家出をしてしまって、少し電話を貸してくれませんか?」

 そう言うと、警察官が貸してくれた電話で、母に電話をかける。

「もしもし、暗花だけど」

「暗花!? 本当に暗花なの? あなた、どこに行ってるの! もう、私がどれだけ心配したと思ってるの!! でも、良かった。電話かけてくれて、本当に良かった……。今はどこなの? 無事なのよね?」

 母は、泣きながら、怒りながら、ほっとしたような声でそう言った。

「今は交番にいるよ。無事だよ」

 私がそう言うと、母は今すぐ向かうと言って、しばらくした後、私がいる交番へやってきた。

「はぁ……良かった。暗花、良かった……」

 私の顔を見ると、母は走って私の元へ向かってくる。

 そして私を優しく抱くと、私の目からも、なぜか自然と涙があふれる。

「本当に、ありがとうございました」

 母は警察官にそう言うと、私と二人でお辞儀をして、一緒に並んで家へ帰る。しばらく歩くと、見慣れた街並みに戻っていって、その景色に、安心感を覚える。


 第三次世界大戦。それは、どうしても、何をどうしても、いつかは起こってしまうことなのかもしれない。私は、第三次世界大戦を一度起こした鈴木暗花は、自分の考えを表に出してはいけない運命なのかもしれない。この先どうやって生きていけばいいのか、自分の考えを根本から否定された私は、何のために生きていけばいいのか、それはまだ分からない。

 でも、未来を知った私は、なんだか、前より少しは強くなれた気がする。これからは、自分の一つ一つの行動に、責任を持って、行動できる気がする。私は、この強さを武器に、自分がどうやって生きていくべきなのか、まずはそこから、考えていきたい。

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