Okinawa 攻撃
12月9日—。誘拐犯が指定した日付まであと1日。仲間に確認を取ったところ、知事は頑に新聞記事への掲載を拒否しているという。具志堅にとって、このスキャンダルはもちろん大きなダメージだ。自分の孫より自身の権力の保持を選択したことになる。ここは香苗夫人の覚悟に期待するしかない。
仲間は孫娘が誘拐された日の、学校から自宅までの道のりに設置されているありとあらゆる監視カメラをしらみつぶしに調べると言っていた。
佐倉は自分に出来ること、自分にしか出来ないことを考えた結果、河村修一が言っていた楠国際大学の真栄城学長を訪ねることにした。事件が昭和52年の3億円事件と繋がりがあるのなら真栄城は何か知っているのかもしれない。
昼間は満車に近い状態の楠国際大学の駐車場も、夜に近づくと車の台数はまばらになってくる。真栄城のアポイントは河村修一を通して取っていた。電話口での反応はかなり感情的に怒り狂ったと河村から聞いている。無理も無い。昔のスキャンダルが明るみに出る可能性があり、そしてそのことについて素性のわからない男がいきなり訪ねてくるというのだから真栄城も気が気でないだろう。
事務室を訪ね、アポイントを取っている旨を職員に伝えるとあっさりと学長室の場所を教えてくれた。
学長室の扉は佐倉が思っていたより簡素なものだった。コンコン、とノックすると「入ってくれ」と中から声が聞こえた。顔を見なくともその声は重厚な人柄や外見を想像させる。
「失礼します」
部屋に入ると先代の大学の創設者、真栄城の父親の肖像画が壁に飾られているのが目に入った。そして正面には、机に座ったままの真栄城がいる。その睨みつけるような視線は招かれざる客を十分に納得しないまま迎え入れていることを示していた。
「はじめまして。佐倉と申します」
「貴様か。河村の会社に出入りしている探偵風情というのは」
「半分正解で半分誤りがありますね。探偵風情なのは認めますが、うちの店に出入りしているのは河村社長のほうですよ」
「屁理屈はいい。何の用だ」
「おわかりでしょう。昭和52年の3億円事件についてですよ」
真栄城の攻撃的な視線や口調は想定済みだった。前もって真栄城の写真や経歴を調べていたのも助けになったかもしれない。佐倉は落ち着いて対応することが出来た。
「河村社長が教えてくれました。あなたが昭和52年の3億円事件の実行犯の1人であると」
「あの男、余計なことを」
「知事の孫娘が誘拐されたことはご存知で?」
「知っている」
「犯人の要求については」
「それも聞いている」
「具志県知事は犯人の要求である事件の公表を頑に拒否さているようです」
「そうだろうな。あいつは自分の保身しか考えない男だ」
「あなたはどうなんです?事件の公表について抵抗は無いのですか」
「勘違いするな。誘拐犯のターゲットは具志堅だ。私が口を出すことではない」
「あなたも実行犯でしょう?」
「それがどうした。そんな昔の話、とっくに時効だ」
「では明るみになっても問題ないと?」
「いいか小僧。俺は具志堅と違って何もそんなことは怖くない。この大学も私が創設したわけではないし、学長の仕事も嫌々引き受けただけだ。事件について私のことが明るみになってこの大学の評判が下がろうが知ったことではない。私は失うものはないんだよ」
「殺人については?」
佐倉は確信的に、相手の心臓を抉るような質問をさらりと投げつけた。真栄城の目つきが一瞬にして変わる。
「どうやら貴様は勘違いばかりしているようだな。桐谷を殺したのは私ではない」
「でも共犯みたいなものでしょう。実行犯は誰であれ3人が桐谷さんを殺した。3億円を奪った後に」
「違う!私は殺してない」
「人殺しは大抵そう言いますよ」
やはり殺人までは認めないか。当然の反応だろう。
「では、一体誰が殺したんですか?」
「それは貴様に関係ないことだ」
「では質問を変えましょう。奪った3億円はどうされたんですか?」
「それも関係のないことだ」どうやら真栄城の心変わりを期待するのは無理らしい。
「無駄足だったみたいですね」
「そのようだな」
「最後に一つ」
「何だ?」
「河村さんの娘さん、河村杏奈がこの学校に入学して接触はしましたか?」
「一度だけこの部屋を訪ねて来た」
「何の目的で?」真栄城はフッと笑った。
「警告だよ」
「警告?」
「あぁ。『私がこの学校に入った意味を、あなたは間もなく知ることになります』とな」
「それはいつの話ですか」
「ついさっき。30分前だ」
「え?」
その時、大きな音と共に何かが佐倉の顔に刺さった。ガラスの破片。同時に一気に熱を感じた。床の上で何かが激しく燃えている。火炎瓶だ。
「くそっ」
佐倉は瓶が投げ込まれた窓まで駆け寄る。何者かが、いやおそらく杏奈がこの部屋を狙っているのか。窓の外を見ると、大きな音に気づいた何人かの人間がこちらを見ている。佐倉は注意しながら、しっかりと全員の顔を確認した。見覚えのある人間はいない。
振り返ると真栄城は自分のジャケットを振り払い、どうにかして火を消そうと躍起になっている。しかし文字通り焼け石に水の状態で、火は真栄城の頑張りとは裏腹に更に勢いを増す。
呼吸が苦しくなり煙で目を開けるのも辛くなって来た。火の勢いが強く扉まで近づけそうも無い。
「佐倉さん!」
突然、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き慣れた声。扉が開かれ、そこには消化器を手にした太田が立っていた。
「ナイスタイミングだ、太田」
「それがそんな余裕も言っていられないんですよ」
言いながら太田は消化器の安全栓を引き抜き、ノズルを火元に向けて薬剤を放出する。
「ここだけではありません。他の建物も燃え始めています」
「何だと!」
太田の言葉に反応したのは真栄城だったが、その表情は秒ごとに苦しさが強まっている。太田の持っている消化器ではこの火の勢いを完全に消すことは難しそうだ。しかし部屋の中を充満していた黒煙は少し薄れて来た。
「よし!早く出て!」扉の前の火を鎮火させ、逃げ場を作った太田が叫ぶ。
「太田、来い!」真栄城を支えている佐倉に一緒に担ぐよう促された太田も、部屋の中に入る。すると両肩を担がれた真栄城が囁くように呟いた。
「杏奈の母親だ。母親を探すといい」
「今は喋るな!」
真栄城を諭しながら、やっとの思いで廊下に出たと思った瞬間、大きな爆発音が聞こえた。
「5号館!一番、生徒が多く集まる場所です!」太田が叫ぶ。
「太田、この人を頼む。救急車を呼べ!」
「わかりました!佐倉さんは?」
「その5号館へ行く!」
「危険ですよ!」
「杏奈がいるかもしれないだろう!」
太田と真栄城を残し、佐倉は駆け出した。階段を駆け下り、外に飛び出すと想像以上の光景が待っていた。若者達が一斉に我先にと走っている。防災訓練を見ているかのようだ。
しかし一人ひとりの顔には傷がついており血が流れている。訓練ではない。間違いなく現実世界の出来事だ。
ドンッ!更なる爆発音が響いた。音がした方向を見ると一番大きな建物が目に入った。黒煙が、龍が昇るかの如く空へ向かっている。一番生徒が集まる場所。太田が言っていた5号館…。
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