Paris 疑問
モーリスの遺体と対面した後、マルセルとヨシムラ、メグレは警視庁内の会議室の中で向かい合っていた。
「まさかモーリスがこんな形で見つかるとは」
「モーリス警視も心臓一発。ナスリと同じですね」
やり取りをしているメグレとヨシムラに、マルセルはモーリスの遺体が見つかった時から抱いていた疑問を口にした。
「本当にキリタニを殺したのはモーリス警視なのでしょうか」
「私も同じことを思っていました」ヨシムラも同意する。
「しかしマルセル、モーリス警視は君に電話で自白したのだろう?」
「はい、確かに。でも…」
「心臓一発」ヨシムラがマルセルの心を読んでいたかのように続けた。そう、キリタニもモーリスも心臓一発の即死。同一犯の手口に思えなくもない。
「キリタニとモーリス警視の遺体から摘出された弾は一致したのですか?」
マルセルがメグレに尋ねる。
「いや、一致はしてはいない。ちなみにキリタニの遺体から摘出された弾は、警察携帯用の拳銃のものではなかった。だからモーリスは個人的に所有している拳銃でキリタニを射殺したと思っていたんだが」
「モーリス警視は独自のルートで拳銃を手に入れたということになりますね」
「モーリス警視なら簡単に入手は出来ると思います」そう指摘したのはヨシムラだった。
「どういうことかね?」
「はい、メグレ警視。厳密に言うとモーリス警視だけではなくメグレ警視、マルセル警部、私だってその気になれば入手出来ます。おわかりですか」
ヨシムラの言葉にマルセルは思考回路を働かせた。モーリスだけではなく、自分にもメグレ警視にもヨシムラにも入手出来る方法…。
「警察の押収品か!」メグレが口にする。
「そうです。押収品保管庫からの持ち出し。それも発砲済みのものではなく、例えば銃刀法違反のみで押収した拳銃を持ち出せば」
「弾痕も過去の犯罪で使われた拳銃と結びつくことはない、ということか」
メグレ警視の言葉にヨシムラは深く頷く。鋭い指摘だとは思うが、あくまでそれはモーリスが犯人という前提での推測だ。
「押収品リストから拳銃の紛失物があるか調べなければならないな」
「ええ。確かにヨシムラの推理を裏付ける為にもその必要性はありますね。確認します」
「あぁ。それと射殺した拳銃の発見を急がねば」
今度はメグレとマルセルの間にヨシムラが割って入る。
「日本の現金強奪事件の件も攻めてみる必要がありますね」
現金強奪事件…。確かに被害者であるキリタニや失踪したモーリス。それにキリタニとメールでやり取りしていたマエシロという人物を繋ぐのは、もうこの強奪事件しかないと言える。マルセルはモーリスが遺した写真の存在を2人に共有することを決めた。
「ちょっと2人に見てほしいものがあります」言いながらマルセルは内ポケットから写真を取り出した。
「写真?何ですか?それは」
若かりし頃のモーリスが含まれている4人組の写真。
マルセルから受け取った写真をメグレはじっくりと観察する。
「この左端の男はモーリス警視じゃないか」
「この人、どこかで最近見たことが」
メグレの横から写真を覗くヨシムラも反応する。ヨシムラはが指差したのは、意外にもネットで見たオキナワにある大学の学長であるマエシロではなく、別の人物のほうだった。
裏側に記載された順でいくと〈Kiritani〉のことらしい。
「写真裏側の記載によるとキリタニ。今回のパリレ・ブルーと同じ名前だ。時代的に親戚かもしれない」
「いや、そうではなくて…」
マルセルに促されたヨシムラはこめかみ部分を押さえて、記憶の糸を引き出そうと必死になっている。
「あ!」
ヨシムラはバッグの中から携帯を取り出し操作すると、やがてメグレとマルセルに画面を向けた。そこには白いヘルメットを被った制服姿らしき無表情の男の顔が映っている。
「誰だ、これは?」写真と画面の中の男を見比べてマルセルはヨシムラに聞いた。
「その現金強奪事件の実行犯とされる男の指名手配写真です。モンタージュ…。ここで言うと被害者の証言から作成されるコラージュ写真ですが…」
「確かに似ているな。よし。ヨシムラ女史、君はこの事件を探ってくれ。マルセル、君は凶器である拳銃の捜索とナスリから検出された薬物の線を当たってくれ。私は上層部に報告してくる」
2人に指示を出しメグレは一足先に会議室を後にした。
「マルセル警部、写真に映っていた1人は殺されたキリタニがやり取りをしていたマエシロのようでしたね」
「何だ、やはり気づいていたのか」
「ええ、1人はモーリス警視、1人はマエシロ、1人はコラージュ写真の男…」
「もう1人はキリタニの親族と思われる人物か」
「でもマルセル警部、私、あの写真を見てずっと違和感があるんです」
「違和感?何だねそれは」
「はい…」
ヨシムラの指摘した違和感。それを聞いたマルセルは、何故自分がそれを考えつかなかったのか頭を打たれたような気がした。と同時に、やはりヨシムラが冷静に物事を客観視出来ていると感じさせられた。
ヨシムラの指摘はこうだった。
「あの写真を撮影したのは誰なのでしょうか?」
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