Paris 対面
警察病院―。遺体安置室の扉の前には既に多くの捜査官が詰めかけていた。マルセルの到着に気づいたメグレが中に入るよう促す。
「モーリスだ。顔を合わせてやってくれ」
部屋の中には中央にストレッチャーが一つ。覆われた白い布から、胸板、両腕、両足のシルエットが確認出来る。頭部部分を覆うシートに手をかけ、ゆっくりと捲るとそこには何十年も苦楽を共にしたモーリスがいた。その顔は、遺体安置所のライトが青白いせいで余計に生気が無いように見える。
「モーリスさん…」
突如いなくなった尊敬すべき上司がいきなり現れたと思ったら、もうその身体には魂が吹き込まれていない。遺体を目の前にしてもマルセルは現実をすぐに受け入れられなかった。
「死因は射殺。あとモーリスの体内からはコカインの陽性反応が出たそうだ」
部屋に入って来たメグレが言った。心臓一発、即死。公園で見つかったキリタニと一緒だ。メグレの後ろにはいつの間にかヨシムラもいた。
「心臓一発。キリタニ殺害と同一犯の可能性がありますね」
「あぁ。それにしても残念だよ。モーリス自身も薬物に手を染めていたとはな」
「発見者は誰ですか」
「近所の住人だ。早朝ゴミを出す時に人が死んでいると通報があった。駆けつけてみたらモーリスだったっていうことだ」マルセルの問いにメグレが答える。
「メグレ警視」
後方から若い職員がメグレに声をかけてきた。
「モーリス警視の奥様が到着しました」
「わかった。通してくれ」
メグレの許可を得た職員がモーリスの妻を安置室の中までアテンドしてきた。
「あなた!」
モーリス夫人が目の前におかれているストレッチャーに覆いすがる。マルセルにはそれが、妻が全ての事柄や攻撃から夫を守っているようにも見えた。モーリスを覆っているシートを両手で力強く握る。悲しさか、悔しさか。こちらのほうに振り返った夫人の顔は鬼のような形相で、口をパクパク動かした。
「しゅ、主人を…」
モーリスを返せと言いたいのだろう。しかし夫人はそれ以上、何も口にすることは無くただただ黙ってメグレを見つめた。
「誠に残念です。パリ警視庁とモーリス警視の名誉にかけて犯人逮捕に全力を尽くすことをお約束します」
メグレの言葉が乾いて聞こえた。
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