悲しみの舞

1話完結 悲しみの舞 中途半端は危ないよって話

その家には必ず髪を染めてはならない。黒髪のままでいろ、という言い伝えがある。元を辿ることもできない遥か昔からの言い伝えである。そんな薄気味悪いものをなぜ、律儀に守っているのかと思えば、染めた者は軒並み若くして亡くなったからである。

しかし今は令和。さすがに信じる者は少なくなってきた。でもおばあちゃんが悲しむから...と泣く泣く諦めていたのがこの家の娘さん。ブロンドの髪、赤色のインナーカラー、それに合わさるプラチナのピアス。かたや私は黒髪一色。

それを不審に思った者がひとり。ミステリー小説が好きな眼鏡をかけていた彼だった。少しは役に立つかと娘さんは彼に相談してみたのだが、彼はむしろ目を輝かせて快く受けた。そこからはトントン拍子。聞き込みに古い文献探し、まるで二時間ドラマの探偵とその助手もとい聞き役という組み合わせだった。そして辿り着いたのは蔵から出てきた古い文献。平安からの姫の髪。彼女は美しい黒髪だった。艶やかな萌黄の袿に桜の小袿が見事に合っていて、古い巻物で色褪せながらも娘さんの頭には美しく蘇った。

彼は提案した。君の美しい黒髪をさらりとたなびかせて舞を舞ってみたらどうか、と。舞なんてできない、ならくるくる回るだけでいい。この黒髪は永遠だ、髪を染めても変わらない。あなたのおかげだ姫君よ、とお祀りしたらお許しくださるかもしれない。確かに納得。娘さんは誰もいない彼だけが控える大広間で、桜色の訪問着を羽織って裾は床に垂らしたまま、扇子を持って思うままにくるくる回った。舞っている間に気持ちよくなってきて、さらりと黒い髪をたなびかせる。やはり黒髪に桜は良く似合う。互いが互いを引き立てあって、まさにあの姫君の再来かと思わせる。見事だ。回ってるだけで扇子をひらめかせているだけなのに。

そして姫に感謝をして、満足してその夜、眠りについた、はずだった。

真夜中、ベッドの上から女が見下ろしていた。裂けた口を歪に、髪を振り乱して狂乱していた。髪はぼさぼさだった。見知った姫の黒髪は見る影も無い。桜色はどす黒く染まり、所々にその桜が垣間見えた。まさかとはおもいつつ、でも考えられるのはあの姫だった。そして、美しいはずの姫が鬼の形相で娘さんの髪をぶちぶち引きちぎってきたのである。がしっと一束掴んでは力任せに引っ張る。もちろん痛い。身体は引きずられベッドから落ちた。反抗すると、果ては包丁でざくざく切り刻んだ。真夜中に、ぶちぶちぶちぶちやめてやめてと響き渡る。

「お前は、私に見せつけるような下手くそな舞 を舞った。ああ羨まし、恨めしことよ。」

朝、鏡で自分の姿を見た時の衝撃は計り知れない。ぼさぼさで、至るところがざっくり切られて抜けて頭皮が見えているところもちらほら。汗でじっとりとしていて、艶のある黒髪なんてどこにもなかった。慌てて彼に電話をかけた。彼も同じ目にあったようで誰も彼もが混乱していた。お前か、無駄知恵を授けたのはとか叫ばれたそうだ。なんで、あれだけ祈りを捧げたんじゃないの!ちゃんと同じ桜色の着物を羽織って!なにが、なにがいけなかったの!!と電話に向かって泣き叫ぶ。

やつが言っていた言葉を思い出す。頭に焼き付いていた。舞が悪かったのか。


違うのである。時は姫君が生きていた頃に遡る。彼女の髪は、縮れて茶髪だった。今で言えばおしゃれのひとつだが、彼女の時代ではあまりにも醜い。ハブられ陰口を言われるのはまだ良い方で、無理やり晴れの場に引き出され笑いものにされたこともあった。その恨みから姫は病に伏せり、笑われながら馬鹿にされながら目を閉じた。こんな思いは自分で断ち切らねばと悔しさと優しさにまみれながら。唯一の良心は、巻物として残す絵には美しい黒髪として描かれたことである。それもまあ、一族にこんな醜い者がいると知られたら末代までの恥、という悲しい理由からであった。

それからである。姫君は、この家の者にはそんな思いをしてほしくない。その一心でこの家の娘子には黒髪、それも美しい黒髪を与えるよう祈っていたのは。

しかし、娘さんたち彼女らはその思いを踏みにじったのである。姫を唯一慰めた同じ色の桜の着物を簡単に気持ちよく羽織り、美しい黒髪をたなびかせて、舞を舞った。そこまでは良かったのだ。しかしその理由は我慢ならなかった。姫は嬉しさ、優しさ、を飛び越えて激高した。なんだそれは、馬鹿にしてるのか、と。まるで見せつけるように舞って、そして私の想いを踏みにじって髪を染めるための踏み台にしたのか。

私の思いはどうなった。祈りとはなんだ、それに私が持てなかったその黒髪で舞うなんて、自分のやったこととはいえ羨まし、羨まし、苦労も知らず黒髪を捨てようと気持ちよく舞うなんてああ苦し妬むだけではこの思い果たせぬ思いやりを持ったわたしが間違ったくやしいこれなら恨み果てるべきだった。

中途半端に探るべきではなかったのだ。これからどうなるかわからない。幾年も続いた祈りが怨みに変わったらどうなるか。この元凶になった娘さんは怨まれ続けるのか。余計なことをしてはいけないよ、という何もしらない子どもらの教訓として、今日も笑われながら語られるのかもしれない。いや、いずれは怨むのはこちら、娘さんの番かもしれない。彼を怨み笑う子どもらを怨み、そしてまた繰り返すのかもしれない。姫君と娘さんの舞は、悲しい、悲しい舞としてより美しく語りの中で舞い続けるのである。

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悲しみの舞 @usiosioai

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