第40話 陽子さんと吉井さんの関係

 “マコール”の更衣室で陽葵さんに後、ボク達は一緒に出る。


「朝日ちゃん・陽葵ちゃん。ずいぶん長い着替えだったわね~」


デスクワークしている相沢さんが手を止めてから、ニヤニヤしながら言う。この感じバレてるな…。音は聞こえなくても、時間で予想できるか。


「まぁね」

陽葵さんは特に気にせず答える。


「バイト終わった後だから、何も言うつもりはないわ。…気を付けて帰るのよ」


「は~い。お先に失礼しま~す」


陽葵さんに続いてボクも言ってから、スタッフルームを後にする。



 吉井さんの件を陽菜さんに伝えるため、家にお邪魔するボク。…玄関で靴を脱いでる最中に、陽子さんが渡り廊下に来た。


「おかえり、陽葵・朝日くん」


「ただいま。母さん、陽菜は部屋? お風呂?」


「リビングにいるけど、何か用なの?」


「うん。あの子に言いたい事があってね」


「ふ~ん。声かけてくるわ」


「お願い」


陽子さんは一足先にリビングに向かった。ボク達も続こう。



 リビングに入ると、陽菜さんはテーブルの椅子に座って待っていた。ボクは彼女の向かいに、陽葵さんはボクの隣に座る。陽子さんはキッチンだ。


「お姉ちゃん、話って何?」


「あのおばさんの事でちょっと」


「吉井さんの事で、わたしが力になれるとは思えないけど…」


「逆。アンタじゃないと無理な問題なんだよ」


「はぁ…」


大きいため息を漏らしたのは陽子さんだ。明らかにこの話に対してだよな?


「母さん。日曜日のファミレスで思ったけど、あのおばさんのこと絶対知ってるよね? 教えてよ」


「わたしも教えて欲しい。できればだけど…」


「……仕方ないわね。話してあげる」


キッチンにいた陽子さんは陽菜さんの隣に座る。一体2人はどんな関係なんだ?



 「は、『私の会社の先輩だった』のよ」


今の言い方どういう事だ?


「あの人の旧姓は『春岡』でね。“春岡はるおか 恵美子えみこ”が、私の知ってるあの人なの」


そういえば、吉井さんから結婚してる事を聞いたな。(26話参照)


「あの人は、私とお父さんより2年早く新卒で入ったらしいわ」


つまり吉井さんは、陽子さん達より2歳上の41歳になるのか。


「私とあの人が話したのは数回だから、お互い良く知らないの。でも噂はよく聞いたわ。『大の年下好き』とね」


「今も昔も変わらないじゃん」


「だからあの時驚いたのよ。悪い意味で変わってないなって」


日曜日のファミレスでは、ボクぐらいの男性と一緒だったな。彼女の年下好きは筋金入りのようだ。


「もちろん、噂だけで人を判断するのは良くないわ。だから時間とタイミングが合う時に観察したんだけど、年下の男の人と話してばっかりだったわ。男癖は悪くても仕事はできてたから、誰も注意できなかったのよ…」


「お母さん。年下の男の人とよく話すって事は、もしかして…」


「そう。あの人はお父さんとも親しげに話してたわ。お父さんに限らず、男の人を飲みに誘うやり取りを何回見てきたか…」


「あのおばさんと父さんが2人きりになったらヤバくない?」


「多分、った事あるでしょうね。お父さんと付き合う前の事だから、私がとやかく言う資格はないわ」


そんな事があったら、陽子さんが吉井さんをよく思わないのは当然かも。


「私は結婚を機に仕事を辞めたの。いわゆる“寿退社”ね。それからあの人との接点はなくなったわ」


「んで、あの時のファミレスで再会したと…」


「向こうは気付いてなかったし、再会なんて言えないでしょ。そもそも、あの人が私を覚えているかどうか…」


そこまで言うのか。“年下の男以外眼中になし”って感じだったのかな?


「陽菜。あの人はよく“マコール”に来るの?」


「平均すると週3~4かな。バラつきはあるね」


「そんなに来店するなら、正社員を辞めて今はパートの可能性が高いわね」


「あれ? 父さんからそういうの聞いてないの? 元先輩が辞めたんだから、話しても良くない?」


「普通の関係ならあんたの言う通りね。でも言わないのは、お父さんにとって後ろめたい事があるからだと思うわ」


やっぱりはあったと考えるべきかな。回数は予想不能だけど…。



 「あの人について、私が話せるのはこれぐらいね」


「話してくれてありがとうお母さん」


「陽葵と陽菜は、あの人みたいにならないでちょうだいね」


「大丈夫! 朝日君以外興味ないから!」


「わたしも」


聞いてるボクが恥ずかしくなってくるよ…。


「ちょっと気になったんだけど、あのおばさんの旦那さんはどういう人なんだろう? やっぱり『類は友を呼ぶ』のかな?」


陽葵さんの疑問はもっともだ。そう考えると、とんでもない夫婦になるぞ。


「そうとも限らないわ」


「何で?」


「『遊びたい相手』と『結婚したい相手』は違うのよ。あの人が遊びまくるからこそ、真面目な旦那さんを選んだかもね」


「そんな事あり得る?」


「遊び相手がケチだとつまらないけど、一緒に生活するにおいてケチは短所じゃないの。交際と結婚の違いを理解しないと、夫婦生活は長続きしないわ」


「説得力あるな~」


「あんたの言うように『類は友は呼ぶ』夫婦もいるわね。何が正解かは、その人次第よ」


ボクのハーレムルートの正解は何だろう? そんな事を考えてしまう…。


「あの。朝日さんは20歳になったら、タバコを吸ったりお酒を飲んだりギャンブルしたいと思った事はありますか?」


陽菜さんは何で急にそんな事を訊いてくるんだ?


「お酒はちょっと興味あるかな。他の2つはないよ」


「朝日くんは堅実なタイプね。母親として安心できるわ」


「わたし、それらにだらしない人は嫌なんです。朝日さんなら大丈夫だと思いましたが、念のため訊いてみました」


真面目な陽菜さんらしいな。これからも彼女の期待を裏切らないようにしよう。


「ん~」

陽葵さんが腕を組んで考え込んでいる。


「どうかしたの?」


「アタシ達、何か忘れてる気がしない?」


「そういえばそうだね…」


ボクは陽子さんと吉井さんの関係を訊きに来た訳じゃないぞ。


「お姉ちゃん・朝日さん、頑張って思い出して! わたしはわからないんだから!」


そんなボク達を、陽子さんは微笑みながら見守るのだった。

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