第37話 将来へのヒント

 火曜日を迎え、大学の講義は2周目に入る。陽葵さんと出会ってちょうど1週間経つのか。こんなに濃密な1週間は、これからの人生で訪れる事はないだろう…。


昨日の月曜日は、1つも陽葵さんと講義が被らなかった。顔を合わせたのは学食だけだ。その時に彼女から「日曜日に2回抜いたし、今日はゆっくりして」と言われたので、家にも寄っていない。


ボクが寄ったら彼女をにさせるかもしれない。ボクも同様だから、たまにはこういう日も必要かも。


そんな事があった上に“マコール”は定休日だから、陽菜さんには会っていない。2人を同じように接したいのに、高校生と大学生の違いがそれを阻む。


何とかなれば良いのに…。なんて事を考えながら、待ち合わせ場所の陽葵さんのマンション前に向かう。



 待ち合わせ場所に着いたものの、陽葵さんはまだいない。待たせるより良いか。


「お待たせ」


携帯をいじってる時に陽葵さんの声が聞こえたので、顔を上げる。


「全然待ってないよ」


「朝日君。昨日よね?」


「もちろん」

もし抜いたら、彼女を裏切る事になる。


「なら良いや。バイトが始まる前にお願いね♡」


「わかってるよ」


今日は陽葵さん・陽菜さん姉妹のシフトになる。ボクは休みだけど、2人を満足させるために行くつもりだ。彼女達のモチベーションに繋がるからね。



 1限の講義室に入ったボクと陽葵さんは、隣同士で座る。…人はまばらだから、小さい声で話しても問題なさそうだ。


「アタシと朝日君の関係は、この時間・この講義室で始まったよね」


「うん」

彼女も当然覚えているか。


「どれか1つでもズレてたら、アタシ達は会わなかったかもしれない。そう考えると運命感じるな~」


「そうだね」

この出会いを予言してた占いがあったら、今後も信じると思う。


「これからもアタシと陽菜をよろしく♪」


「こちらこそ」



 1限と2限の講義が終わったので、ボク達は学食で昼食中だ。先週の“履修登録変更期間”と違い、2周目からは本格的に講義を受ける事になる。


そのせいか、陽葵さんは少し疲れた様子を見せている。


「人はもっとシンプルになるべきだと思うんだよ」


「陽葵さん、急にどうしたの?」


「だって思ったより講義が難しくてさ~。つい気になって…」


2周目はウォーミングアップに過ぎない。今の段階でつまずくと厳しいかも…。


「難しそうな“子作り”すら実は簡単なんだから、楽させてほしいよね~」


「子作りが簡単? とてもそうは思えないけど…」

特に女性はいろいろ大変なはずだ。


「細かい事を考えなければ、だけじゃん? これぐらい単純に考えれば良いんだって!」


同調するべきか悩む内容だな…。


「アタシは陽菜と違っておバカだからさ~。難しいのはちょっと…」


「でもそんな事言ってたら、大学を卒業できないよ?」

厳しいかもしれないけど事実だ。


「わかってるって。だから朝日君、勉強を含んだアタシの調教お願い♡」


「普通に『教えて』と言って…」

一緒の講義は力にならないと!



 昼食を済ませた後、ボクと陽葵さんは“マコール”に向かう。陽菜さんは6限の後からなので夕方勤務になる。時間の都合がつきやすいのは大学生ならではだ。


…“マコール”に着き、ボク達は誰もいないレジカウンターのそばを通って店の奥に入る。


「あれ? あっくんは今日シフト入ってないよね?」


スタッフルームに入ってすぐ、ボク達に気付いた店長さんが驚いた様子を見せる。


「陽葵さんと陽菜さんのためです」

ここで嘘を付く必要はない。


「まりまりはともかく、そこでぴよちゃんが出るのは何で? もしかして二股?」


「店長惜しい! 実は…」


陽葵さんがボク達3人の関係について詳しく話す。


「ハーレムか~。あれって漫画だけの話だと思ってたよ」


確かに現実味がないかも。幸いな事に、店長さんから嫌悪感は感じられない。


「あっくん。ハーレムは長く続ける気なの?」


「はい。陽葵さんと陽菜さんが望む限り、ずっとです」


「アタシは望んでるからね♡」


「そうなると『就職』がターニングポイントだね~」


大学生になってまだ2週間しか経ってないのに、もう就職の話か。全然考えてない…。


「あっくん達には自営業が向いてるかも。異動や転勤がないから、3人ずっと一緒にいられるよ」


「朝日君、そうしようよ!」


陽葵さんは乗り気みたいだけど、簡単な話じゃないのは分かっている。一体どうすれば?


「明らかに不安そうなあっくんには“フランチャイズ”がオススメ!」


「フランチャイズ…ですか?」


「そう。本部にお金を払わないといけないし、制限もあるけど、ノウハウをもらえるの。これがありがたくてね~」


「店長、今のはどういう事なの?」


ボクも陽葵さんと同じように引っかかっている。今の言い方はまるで…。


「この店もフランチャイズなんだよ。知らなかった?」


「そうなの!? 初めて知った」


「ボクもです…」


「あれ? 言ってなかったっけ? ごめんね~」


この話、陽菜さんは知ってるのかな?


「本部にお金を払ってるから“マコール”という商標が使えるんだよ。勝手に使うとアウトだから」


ボクには難しい話だな…。昼食の時に陽葵さんが文句を言っていた気持ちがわかる。


「あっくんとまりまりはまだ1年だから、焦る必要はないよ。今年中に考えをまとめれば良いんじゃないかな?」


就活は2年の秋頃にやるのを、高3の時に聞いた事がある。まさかこの時期に将来の事を意識するなんて…。



 「まりまり。もうそろそろ着替えてくれる?」


「は~い。朝日君、今はHできないね」


店長さんの話で時間が無くなったからな。でも良い話を聞く事ができた。


「2人共、更衣室でる気だったの? お盛んだね~」


今思うと、やらなくて良かった気がする…。


「朝日君、また明日」


陽葵さんはそう言って、更衣室に入って行く。さすがに彼女のバイトが終わるまでここに居続ける訳にはいかない。時間があまりにも長いからな。


「あっくん。少しずつでも良いから、考えておいてね」


「はい。貴重なお話、ありがとうございました」


「良いの良いの」


ボクは店長さんに一礼してから、スタッフルームを後にした。

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