第26話 吉井さんとあの人の繋がり
開店してすぐ、常連の吉井さんが来店した。ボクのシフトの時に来たのは偶然? それにしてもタイミングが良すぎるような…。
「陽菜ちゃん。すごく驚いてるわね」
「まぁ…。まるで朝日さんがいるのを知ってるような様子でしたので…」
ボクも同じ印象を抱いた。これはどういう事だ?
「もしかしてストーカー!?」
「お姉ちゃん、いくら何でも失礼だよ!」
「“いくら何でも”も引っかかるけど違うわよ。陽菜ちゃんのお姉ちゃん」
ボクと吉井さんの接点は“マコール”以外にない。本当にわからないぞ。
「実は、佳代さんに教えてもらったの」
佳代さんって誰だっけ? パッと思い付かない。
「相沢さんがどうして…」
陽菜さんのつぶやきで思い出した。2人は店員とお客さんの関係なんだから、商品の事以外は話さないのでは?
「私達の家はマンションでね。隣同士なの」
「そうなんですか!?」
陽菜さんも知らない新情報のようだ。当然ボクと陽葵さんも初耳になる。
「私の事、色々聴いてるでしょ? それは誰から教えてもらったかしら?」
そういえば、吉井さんがマッチングアプリを使ってる事を話したのは相沢さんだ(15話参照)。踏み込んだ内容だったのは、知り合いだからか。
「今の時代、個人情報保護とか守秘義務とかがあるから詳しく訊けないの。佳代さんも忙しいから、連絡が取れる時に『ぼくのシフトについて』訊く事にしたの」
何でそこでボクのシフト? 他に訊く事あるでしょ?
「良かったね朝日君。家の場所とか携帯番号は知られてないみたい」
家に吉井さんが来たらホラーだよ…。
「安心して。もしその2つを知っても、何もしないから」
「…本当のところはどうなんです?」
吉井さんに疑いの眼差しを向ける陽菜さん。
「1回ぐらいは、携帯に連絡しちゃうかも♪」
本音が出たな。ボクの個人情報は、相沢さんにかかっている。
「今の話、相沢さんに確認して来ます!」
陽菜さんはそう言って、スタッフルームに向かって行く。
「私だって、佳代さんやぼくに迷惑かけてるのはわかってるわ。だから下着をたくさん買って貢献するのよ」
そういう問題? なんか違うような…。
「朝日君。昨日店長が言った事を思い出して」
ボクに耳打ちする陽葵さん。
店長さんも貢献について言っていたから、吉井さんの話は嘘じゃない。なら今のボクにできるのは、彼女の機嫌を取って多くの下着を買ってもらう事だ!
「会えるか・好みに合うかわからない男の子より、ぼくの方が良いわ~。さすがに毎回は厳しいけど、買える時はどんどん買うからね」
「ありがとうございます」
接客が苦手でも、これぐらいは言わないと。
「陽菜ちゃんのお姉ちゃん、ぼくを借りるわ」
「了解です! ごゆっくり」
個人的にゆっくりはしたくない…。
「それじゃあ…、試着室に行きましょうか。ぼく♪」
吉井さんに手を引かれ、連れて行かれるのだった。
先に試着室に入った吉井さんに手招きされたので、恐る恐る入るボク。
「今日は私が、いろんなところをマッサージしてあげるわね」
昨日は彼女のお腹周りを揉んだっけ。血流を良くして脂肪を減らすとか…。
「いえ、遠慮します」
スタッフがお客さんに何かしてもらうのは変だよね?
「遠慮しなくて良いの♪ 今日はちゃんと買うから安心してちょうだい」
やはり押しが強く、ボクにはどうにもならない。だったら…。
「他の方には秘密でお願いします」
「わかってるわ。まずは肩を揉むわね」
「はい…」
ボクは試着室内で座り、吉井さんに背を向ける。…彼女は宣言通り揉み始めた。
「ぼく、気持ち良い?」
「はい…」
小さい頃、父さんの肩を揉んだのを思い出す。
「良かったわ。…ねぇ、ちょっと訊いて良い?」
「何ですか?」
やっぱり住所・電話番号を教えて、とか?
「陽菜ちゃんとお姉ちゃん、どっちが本命なの?」
「えっ!?」
予想外の質問が来た。
「あら、変な事訊いたかしら? そんなつもりはなかったのに…」
仮に変じゃなくても、この人が訊いてくるとは思わないよ。
「2人をそういう風に見てません…」
これが今のボクにできる、精一杯の回答だ。
「…わかったわ、今度はぼくの番ね。私に訊きたい事ある?」
こういう時は、ボクも何か質問するべきだな。どうしよう?
「じゃあ、ご結婚はされてるんですか?」
これしか思い付かなかった…。
「してるわよ。佳代さんもね」
なのにマッチングアプリを使ってるのか。何でだろう?
「夫婦関係にも色々あるの…」
あまり詮索しないほうが良さそうだ。それぐらいボクにもわかる。
「肩はこれぐらいにするわね。次はどこが良い?」
「もう十分です。本当にありがとうございました」
「そう? これからまた、下着を選ぶのを手伝ってね」
「はい…」
ボクと吉井さんは試着室を出た。
「朝日さん、大丈夫でしたか?」
試着室を出て早々、陽菜さんに声をかけられた。陽葵さんは…、早くも1人で見知らぬお客さんの接客をしている。凄いな~。
「大丈夫だよ」
「さっきの話、相沢さんに確認しました。どうやら本当みたいです」
「基本的に、お客さんと従業員が知り合いなのは話す事じゃないからね。陽菜ちゃん、佳代さんを悪く思わないでちょうだい」
「もちろんわかってます」
「これからぼくに、下着を2着選んでもらってから帰るわ」
「…わかりました。わたしは何もしませんが、ご一緒します」
前回の下着選び同様、吉井さんが選ぶ2~3着の下着の中からボクが選択する流れを2回繰り返した。陽菜さんは何も言わず、見守るだけだった。
「また来るからね、ぼく・陽菜ちゃん」
そう言って、吉井さんは店を後にした。
「朝日君、やっと終わったみたいだね。お疲れ」
タイミングを見計らった陽葵さんがボク達の元に来る。
「ありがとう」
「あのさぁ、さっきも昨日みたいにエロい事やったんだよね?」
「やってないよ」
どうしてそう思うかがわからない。
「嘘付いちゃって~。あのおばさん言ってたじゃん。『ぼく、気持ち良い?』って」
そこだけ聞くと、勘違いされてもおかしくない。
「朝日さん。さっき大丈夫って言ってましたよね?」
この流れはマズイ。何とかしないと!
「誤解だよ。ボクは吉井さんに肩を揉んでもらったんだ。本当にそれだけ」
「お姉ちゃん。『肩』って何かの隠語なの?」
「さぁ? 聞いた事ないな~」
吉井さんと話す時は言葉に気を付けないと。そう誓うボクであった。
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