第24話 近況報告の行方

 副店長の相沢さんが、制服姿で店に出てきた。これでボク・陽葵さん・陽菜さんの3人はバイトを上がる事ができる。


「みんなお疲れ様。今日あった事は、あたしじゃなくて未来ちゃんに言ってね。起きてるから」


「今は…ですか?」

陽菜さんが尋ねる。


「うん。さっきまで机に伏せて寝てたから起こしたのよ。おでこの赤みとよだれの量から察するに、そこそこ寝たんじゃないかしら?」


店長さん、何度も眠いって言ってたな。お疲れ様です。


「みんなの話を聴けばシャキッとすると思うから、後はよろしく。陽菜ちゃん」


「わかりました。…では」


ボク達は相沢さんに一礼してから、スタッフルームに入る。



 スタッフルームに入ると、店長さんは立った状態で腕をブルブルさせている。…相沢さんが言ったように、おでこが本当に赤い。


「あっ、みんなお疲れ~」


「店長もお疲れ様です。一体なにしてるんですか?」


「腕のしびれをとってるんだよ~。机に伏せて寝ると、手と腕を下にするからしびれるよね~」


「それわかる~」

陽葵さんが同調する。


そんな状態になるって事は、長く寝た証拠だ。陽菜さんを頼りにしてるからできるんだな。


「…んじゃ、更衣室にコウモリが出た後の話を聞かせて」


「店長。コウモリじゃなくてクモです…」


陽菜さんがツッコんだ後、店長さんはパソコンがあるデスクの椅子に、ボク達はもう1つの机周りにあるパイプ椅子に座る。


この報告が穏便に済みますように…。一応心の中でそう祈っておく。



 「わたしのクラスメートが来店したので、採寸しました」(21話参照)


そのクラスメートの名は道芝さんだ。


「ほうほう。採寸はうまくいったの? ぴよちゃん?」


「もちろんです。しかし、別の問題が出まして…」


「別の問題?」


「その採寸の時に、陽菜も脱がされたんだよね~」


「何でまりまりが知ってるの? もしかして外で脱いだ?」


「違います!! 試着室でやりました! お姉ちゃんが盗み聞きしたんです!」


「それ、朝日君も聞いたからね」


陽葵さん、別に言う必要なくない?


「あっくんの気持ちわかるな~。私も試着室に男の人が2人入ったら、聞き耳立てちゃうかも。昔を思い出すから」


「昔ですか…?」


どうやら陽菜さんも知らない情報のようだ。


「高校の時、友達の影響で一時期“BL”にハマってたんだよ。懐かしいな~」


「店長、だったんだね」


「失礼だよお姉ちゃん!」


「そんな訳だから、あっくんが百合好きでも私は気にしないからね」


「はぁ…」


勝手に百合好きにされた…。でもムキになって否定すると、逆に怪しまれそうだから黙っておこう。


「問題はそれだけかな?」


「いえ、他にもあります。採寸中の声を偶然聞いた通行人の男性が、店の近くのベンチに座って様子を窺ってまして…」


「ぴよちゃんかクラスメートの子が、めっちゃエロい声でも出した?」


「わたしは出してません! 美桜ちゃんです!」


「わざわざ店の近くで待ってたなんて、良い声だったんだろうね~」


「朝日君もそう思った感じ?」


「ボクに振らないでよ、陽葵さん…」

確かに印象に残ったけどさ。


「そんな事があったから、アタシが陽菜に言ったの。採寸中だからこそ起こる会話や音を聞いてもらって、お客さんを呼ぶのはどうだって」


「まりまりは面白い事考えるね~」


「えへへ、そうかな~?」

機嫌が良さそうな陽葵さん。


「別に褒めてないと思うけど…」


陽菜さんのさりげないツッコミが厳しい。


「まりまり。呼ぶお客さんは、男の人なの? 女の人なの?」


店長さんはターゲット層を知りたいようだ。


「最初に思い付いたのは男の人かな。でも女の人もイケそうだね」


「お姉ちゃんのアイディアはともかく、男女兼用の商品があると女性も喜ぶと思うんです。選択の幅が広がりますから」


女性が苦手な場合があるかもしれない。陽菜さんの言う通り、可能性は広がるだろう。


「確かにそうかも。ぴよちゃんはちゃんと考えてるね~。偉いよ」


「ありがとうございます」


「母さんが言ってたけど、今の時代は男の人も『美』を意識するから、化粧品や日傘を使うのは珍しくないって」


その話はボクも聴いたな。(16話参照)


「まりまりのお母さんは良い事言うよ~。私も色々考えないと」


下着屋に置かれる男女兼用の物…。一体何が最適なんだろう?



 「話がちょっと脱線したかな? 他には何かなかった?」


「実は…、吉井さんが来たんです」

さっきの事を思い出したのか、陽菜さんの表情が暗い。


「あのおばさん、年下の男の子が好きだってあいちゃんから聞いたな~。あっくんは大丈夫だった? ぴよちゃん?」


「全然大丈夫じゃなかったです…」


「朝日君にウエストを採寸させたし、お尻をに擦り付けてたよ~」


「店長。朝日さんと吉井さんは、2人きりにさせないほうが良いです!」


「でもな~、あの人は下着をたくさん買ってくれるんだよね~。売り上げにいっぱい貢献してるから、機嫌を損ねたくないよ…」


「しかし、吉井さんの行動は目に余ります。もしエスカレートしたら…」


この話、うまくまとまるのか? どちらの言い分もわかる。


「あっくん。良かったらこれからも、あのおばさんの相手をしてくれないかな?」


「店長。何のつもりですか!?」

陽菜さんは納得してないようだ。


「だって、店の経営は慈善事業じゃないんだよ? 売らないと潰れちゃうんだから」


「それはそうですが…」


正直なところ、ボクは陽葵さん・陽菜さんに比べて役に立つ見込みはない。男目線の下着選びはニーズが少ないし、不審者の声がけもほとんどしないと思う。


ボクが頑張る事で、常連の吉井さんを引き止められるなら…。


「店長さん。ボクにどれだけできるかわかりませんが、吉井さんの相手をします」


「あっくん、本当にありがとう!」


「朝日さん。気になる事があったら、絶対誰かに相談して下さいね」


「わかったよ」



 近況報告が済み、ボクと陽葵さんは陽菜さんの着替えの前に荷物を取り出す。今日は彼女達の家に寄らないけど、先に帰る気にはならない。


ボクに出来る範囲で“マコール”に貢献できる方法を探そう。何があるかな…?


そんな事を考えてる内に陽菜さんが着替え終わったので、ボク達は店長さんに挨拶してから、バイトを上がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る